表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖誕祭の魔法騎士  作者: 板山葵
ドレグニア王国革命編
34/43

牢獄での出会い

「しばらくここで待っていてね?」


 ティエリーの声がぼんやりと聞こえる。鉄格子の奥に入るよう指示され、アニェスは何の疑問も持たずに入口をくぐった。

 すると不意にパチンと指を鳴らす音が聞こえ、思考がクリアになった。その瞬間、拐われてから今までの情報が濁流のごとく頭に入り込み、アニェスは一気に状況を理解した。


「……っ! ここはどこ!? 何をさせる気なの!?」


 ガシャリと閉められた鉄格子を勢いよく掴み、噛みつかんばかりの勢いでティエリーに詰寄る。この堅牢な鉄格子さえなければ、本当に噛み付きたいところだ。


 ティエリーは手で耳を塞ぎ、迷惑そうに顔を顰めた。


「……っるさいなぁ。ここは響くんだからやめてよ。それに兄に対する敬語が抜けてるけど?」

「そんなことどうでもいいわ! 質問に答えて!」

「仕方ないなぁ。場所は教えられないよ。伯父上から少しは聞いたと思うけど、君たち魔法使いの卵ちゃんは、ただの人間を殺すために僕に使役されるんだよ。そのために、準備が整うまでここで待っててもらうの!」

「ただの人間……? うっ!?」


 『人間』と聞いた瞬間、アニェスの頭に鋭い痛みが走った。

 身体の自由が完全に奪われる直前、たしかに『人間を消せ』と言われた。そうしたら人間を消すことしか考えられなくなっていた。これもティエリーの魔法なのだろうか。だとすると、彼もグレーゲルのように精神操作ができるということだ。


 精神操作は、ある感情を引き出したり、記憶を植え付けたりすると、対象の人格に影響を与えてしまう、とグレーゲルは言っていた。

 ティエリーに操られていた時は、感情が奪われ、まるで操り人形になった気分だった。特定の感情を引き出されることも、記憶の植え付けもなかったように思う。そうするメリットがないからだ。単純に操られただけだろう。

 自分の人格には影響がないと分かり、アニェスはひとまず安堵する。


 しかし、幸か不幸か、今の人格のままで人間を殺すことになるらしい。 


「へぇ、覚えてるんだ」


 頭をおさえたアニェスを見て、ティエリーはせせら笑った。


「これは……使役は面倒だけど、魔法の方は一番期待できそうだね」

「っ……?」


 頭を抱えたまま説明を求めてティエリーを見るが、彼はうっすらと笑うだけで何も答えてはくれなかった。


「じゃ、ここでみんなと待っててね」

「ちょっ……!」


 アニェスは止めようと手を伸ばしたが上手く声が出せず、ティエリーは手を振って去っていった。




 足音が遠ざかると、次第に頭の痛みも消えて、冷静に考えることができるようになった。

 思考が鮮明になると、ふと首元の違和感に気づく。手で触れてみると、それはチョーカーのようだった。力を込めて外そうとしたが、ビクともしない。


「無理だね」

「……っ!?」


 外そうともがいていると、不意に後ろから声が聞こえた。アニェスは驚いて、勢いよく振り向いた。


 薄暗くてよく見えないが、奥に人影があった。

 壁にもたれて片膝を立て、そこに顎を乗せながらこちらを見ている。声は若い男性のようだ。


「ど、どなたですか……?」


 誰かいるとは露ほども思わず、あまりの驚きにアニェスの心臓はバクバクと音を立てる。


 恐る恐るその人に近づく。何だか前にもこんなことがあったな、と頭の片隅で考え、なぜか懐かしく感じた。

 しかし、不意に聞こえた声で思考が途切れた。


「君の従兄弟だよ。魔法使いの卵ちゃん」


 そう言うと、その人はゆっくりと立ち上がり、アニェスのチョーカーに触れた。アニェスはその瞬間、命を握られたように感じてピシリと固まった。警戒していたのに、手を伸ばされていたことに全く気づかなかった。


「いと、こ……?」


 触れられている喉を意識するあまり上手く息ができず、アニェスは途切れ途切れに声を出した。それに気づいたのか、目の前の男はスッと手を下ろした。急に体が楽になったアニェスは、息を吹き返したように大きく深呼吸をした。


「そう、さっきの君の兄に聞かなかった? ロッテンバーグ家の話」

「ロッテンバーグ……あっ!」


 そこまで言われて思い出した。

 マキシム・ロッテンバーグが魔女に産ませた子供。それが、ギヨームやアガータたち。

 この人はアニェスと同様、彼らを親に持つのだ。だから、アニェスの従兄弟にあたるというわけだ。

 つまり、二人はマキシム・ロッテンバーグの孫。


 同じ被害者で血縁関係のある相手ということで、アニェスは男に対していくばくかの親近感を覚えた。


「ということは、あなたも魔法を使えるかもしれないってこと?」

「そうなるね。ま、使ったことないけど」

「そうなのね。私も一度もないわ」


 目の前の男は、柔和な笑顔に似合わず、強い光をその瞳に宿し、アニェスをしっかりと見据えた。

 その光に若干怖気付きながらも、改めてその姿をまじまじと眺める。


 男は背が高く、ひょろりとした痩身で、近づいてよく見てみると、濃い茶にミルクを混ぜたような薄茶色の髪と初々しい木の実のようなくすんだ緑の瞳で、セクシーなタレ目と泣きぼくろが印象的な美丈夫だった。


「君、名前は?」

「アニェス。アニェス……ヴィスコンティ」


 躊躇いつつもその名を口にすると、目の前の男はあからさまに目を瞠った。


「これはこれは、ヴィスコンティ公爵令嬢でしたか」


 男は「たしか、もう社交界デビューしてたよな……」と呟いた後、ゴホンと咳払いをして「お初にお目にかかります」と慇懃無礼に礼を執った。それを見てアニェスはムッとした。


「引きこもってばかりで恐縮ですわ」


 もしかしたらこの人に悪気はないのかもしれないが、絶妙にコンプレックスを刺激され、嫌な言い方をしてしまう。

 案の定、男は呆れたように目を細めた。


「はあ、嫌味な言い方」

「……あなたのお名前は? そちらから聞いておいて、名乗らないなんて随分紳士的なのね」


 さっきまでは謝ろうかと考えていたが、男の飄々とした態度が何となく気に食わないからやめることにした。そして、さらに嫌味を重ねる。

 男は肩を竦めながら手を上げた。


「アラン・アルベール」

「アラン、アルベール……?」


 聞いたことのない名だ。

 アニェスの頭に浮かんだ疑問符を感じ取ったらしく、目の前の男、アランはため息をついた。


「アルベール男爵の長男でございます」

「これは……お初にお目にかかります」


 気まずくなり、スッと目を逸らす。そのアニェスの態度にアランは片眉を上げた。


「引きこもっているから知らないのでは?」

「……そうですね」


 紛うことなき正論に返す言葉もない。しかしこの男、先ほどから妙に神経を逆撫でしてくる。全面的にこちらが悪いのだが、挑発して怒った相手を悪者に仕立て上げるような、底意地の悪さを感じる。


 アニェスが無言でアランを睨みつけていると、彼はニッと笑った。


「敬語」

「えっ?」


 急にじっと覗き込まれてドキッとする。また何を言われるか分かったものではない。考えられるのは、「敬語、下手だな」あたりだろうか。

 アニェスは次に言われる言葉に身構えた。


 しかし次の瞬間、拍子抜けしてずっこけてしまった。


「なくていいよ。俺、十八だし。どうせこんな場所だし」

「えっ、たしかに……って、爵位だけならあなたが敬語になる立場でしょ! それは私のセリフ!」

「ああ、そうだな。忘れてた」


 そう言って、アランはまたニカッと笑った。

 さっきまで挑発的だった男の屈託のない笑顔に、アニェスは面食らう。今まで兄以外で、歳の近い異性とこんなふうに話したことがなかったから、唐突な友達のような態度にたじろいでしまった。

 これでは、ムキになって言い返した方が馬鹿みたいだ。


「何驚いてんの?」


 アランはアニェスにずいっと近づき、顔を覗き込んだ。


「べ、別に。同世代の知り合いがいないから、ちょっと慣れないだけ」

「ふぅん。そう?」


 アランは特徴的なタレ目を細めて、アニェスの頬に手を伸ばした。


 あともう少しで、手が頬に届く――

 そんな距離に迫る指先を見た瞬間、アニェスは急にグレーゲルの手を思い出した。そのせいでビクリと反応してしまい、それを見たアランはスッと手を引っ込めた。


「あ、ごめん。こういうのも慣れてないんだっけ?」


 アランはニヤリと意地の悪い笑みをつくる。その瞬間、アニェスは揶揄われたことに気づいた。


「べ……べっ別に!」


 過剰に反応したのが恥ずかしいやら腹立たしいやらで、咄嗟に妙な否定の仕方をしてしまった。顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

 今さら大人ぶって、別の男を思い出してドキリとしました、なんて言えないし、言っても信じてもらえないだろう。慣れていないのもまた事実なのだから、ここは意地を張る場面ではない。意地を張って否定すればするだけ格好悪く映るだけだ。

 アランのせいで、さっきからずっと調子が狂う。


「なんだそれ。別にって、そればっかだな」


 アランはおかしそうに笑った。


 初めてできた同世代の友達だからか。それとも彼の気安い雰囲気がそうさせるのか。アニェスはつかの間の安心感を覚えた。


 それでも――


「そう、ね」


 おそらく、数時間後か、明日か、はたまた数分後か、アニェスたちは操られて、魔法で人間を殺さなくてはならない。

 アニェスはふと、そのことを思い出した。

 ここでの出会いを喜べば喜ぶほど、次の絶望が深くなる。


 なによりグレーゲルともう二度と会えないかもしれないのが辛い。

 ダンスを踊った時の楽しそうな表情、アニェスを揶揄う時の悪戯っぽい笑み。それから、口づけの熱。

 思い出したら、どんどん溢れてくる。全てが懐かしく、もう手に入らないなんて――そんなの、あんまりだ。


「どうした?」


 アランが首を傾げて頭を撫でてきたが、それさえもグレーゲルの大きな手を思い出してしまい、涙が出そうになる。


 しかし、ここで気軽に話せる相手に出会えたのは僥倖だった。自分一人では何もできなくても、二人ならなんとかなるかもしれない。

 それに、ロッテンバーグたちは他に何人も従兄弟を集めているに違いない。人数が増えれば、魔法について詳しい人もいるだろう。ティエリーの魔法についても、何か分かるかもしれない。


 絶対にここを出て、グレーゲルとパエロニを食べながら笑い合うんだ。アニェスは、そう決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ