いつも彷徨い続けた、私の心 04
結局、何も話ができないまま、ペンションを後にした。にこやかに話す由子が、本当は椅子に座っていることさえつらいことも、顔色が悪いことを化粧で隠していることも、気づいてしまった。そろそろ、寝かしてやりたかった。それさえもきちんと伝えることができず、そそくさと出てきてしまった。私は、何をしに来たのか。何をしてやりたかったのか。
ペンションの横を通り抜け、久高島の見える海辺へ行ってみた。由子が好きだと言った久高島を見ていると、苦いものがこみあげてきた。俺に弱みを見せようとしない由子。
「少しは、甘えてくれてもいいのに。」
ただ、俺は、あの凛とした佇まい(たたずまい)に惚れたんだった。それが、いつの間にか、由子の笑顔でさえ遠く感じて、一緒にいるのに寂しくて、嫌気がさして一人になりたかったのだ。由子にとって、俺は、何だったのか。俺は、由子に愛されていたのか。そして、俺は由子を愛していたのか。
「貴文、すまない。私には、何もできなかったよ。」
彼が帰っていった。確かに限界だった。ベッドに倒れこんだ。もう無理だった。でも、最後まで笑顔でいれた。
「良かった」
ふーっと、眠りに落ちていった。
私は、彼と手をつないで、カベール岬への一本道を歩いていた。
―どこまでも、どこまでも、この幸せが続いたらいいのに。―
やがて、カベール岬へ着いた。岬から見える海がとてもきれいで、風が気持ちよくて、私は、彼の手を放して、海へ飛び込んでいた。どんどん遠くまで夢中で歩いて、ふと気づいて振り返ると、彼は、不安そうに見ているだけで、追いかけては来ない。わたしは、そのまま、気持ちの良い風を受けながら、沖へ沖へと歩いていた。
そこで、目が覚めた。
「私は、あの人と一緒にいたかったんじゃないの。」
苦笑いして、はっと気づいた。
―そうだ、手を離したのは、私だ。―
あの時、何で、離婚したくないと言わなかったのだろう。泣いてすがり付けば良かったのかもしれない。でも、しなかった。
―最初から、別れることを決めていたのは、私だ。―
「貴文、ごめんね。
私は、もっと貴方のことを、そして、あの人のことも、大事にしないといけなかった。
私は、私自身の頑なで(かたくなで)、独りよがりな気持ちだけで生きてきた。」
気づくと夕焼けが、部屋を赤く染めていた。
―寂しい。―
昨日までは、自分の人生の終焉は、これで良いと思っていたのに。
つーっと涙が頬を濡らした。
「もう、遅いわね」
その時、ドアが乱暴に開けられ、彼が入って来た。
太陽が沈む最後の瞬間、空を濃いオレンジ色に染める。
そのオレンジ色が彼の顔に当たって、輝いていた。
「由子、もう一度、やり直さないか!」
涙が溢れた。泣いたことのない私の、今までの人生のすべての涙がこぼれ落ちているのではないかと言うほど、泣いた。彼は、黙って背中をやさしく撫でてくれている。その背中が温かくて、また、涙がこぼれた。そして、しばらくしてやっとでた言葉は、
「ごめん、な、さい。」
だった。その意味を取り違えた彼が、はっと私を覗き込んで、ベッドの淵から、おずおずと立ち上がった。慌てた私は、
「違うの、違うの。今までの私のことを、あなたと貴文に謝りたかったの。」
彼のジャケットの裾を、震える手でつかんだ。そして、
「ありが、と、う。」
それだけ言うと、また、涙がこぼれた。それ以上、何も言えない私を察して、彼が、戸惑いながらもやさしく言った。
「わかったから、少し疲れたろう。ベッドに横になると良い。」
なかなか、言葉にできない自分がはがゆいけど、きっと彼は待っていてくれると思えた。彼の両手が私の右手を包んでいる。
―目が覚めたら、彼に伝えなきゃ。ずっと、一緒にいて欲しい。ずっと、一緒にいて欲しかったのだと。そして、愛していると、今度こそ、伝えたい。―
ホッと息を吐いて、私は、ゆっくりと瞼を閉じた。
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第46回 いつも彷徨い続けた、私の心 と検索してください。
声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。
よろしくお願いします