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第8話 宿屋で

魔力の使い過ぎで試合中に倒れてしまったシンシアは、公園で目を覚ます事はなく、結局エルダが抱きかかえて宿屋にまで運ぶこととなった。

宿屋は前日使用したところと同じだが、堂々と見せつけるフリーパス券によって、前日よりも何倍も綺麗で広い部屋に泊まる事が出来た。

夕食も、前日の様に食べられないという心配は全くなく、エルダに限らず、ポーラもヘレナも、食事を心待ちにしている。

お昼は食べていないので、余計に待ち遠しい。

シンシアをベッドに寝かせ、宿泊客専用の食堂に向かおうとしたとき、エルダ達の部屋の扉が数回叩かれた。


ヘレナ『・・・だれかしら?』


普段なら、このような場合にシンシアが対応するのだが、今は気を失って寝ているため、次点候補のヘレナに対応を任せる。

半分納得、半分不愉快な候補者は、扉を開く前と開いた後では、あきらかに表情と声の質が違う。


ヘレナ『あら・・・貴方は確か・・・。』


昼間、エルダの試合の前に顔を見たので知ってはいるが、名前は知らない。

彼は観客Aである。


エルダ『誰なんだ?』


部屋の外で名乗った昼間の男は、名前をマーティ・アリタリア・クリーブランドと名乗った。


マーティ『魔法の戦い、見させてもらったよ。』


エルダ『あんとき、見てたんだな。』


マーティ『当然だろう、その為に来たようなもんだからな。』


と、本来の目的をそっちのけで笑って答えている。


ヘレナ『で、なんのご用でしょう?』


マーティ『あぁ、魔法使いの女性・・・え~っと、シンシアとかいう名前だったな。彼女、倒れたままだろ?良い薬を持ってきたんだが・・・。』


ヘレナ『あ、でも、私達お金が無くて・・・。』


マーティ『金か、まぁ良いものを見せてもらったと言うことで今回は無料だ。』


ヘレナ『・・・本当によろしいんですか?』


一瞬の空白は、相手を警戒したものだったが、妻子持ちだと言うことも同時に思い出していた。

まったく無駄な空白である。

ともかく、それを受け取ったヘレナ。


ヘレナ『・・・これは?』


受け取った薬がなんであるかわかるはずがない。

怪し過ぎる灰色の液体が小さなビンに詰められているのだ。

飲み薬なのか付け薬なのかもわからないのは、初めて見るのだから当然だろう。


マーティ『それは魔力を回復する事のできる薬さ。飲むだけで良い。』


エルダ『でも、シンシアは気絶してるんだぜ。どうやって飲ませるんだよ?』


と、ただでもらったくせに図々しい。

だが、確かに飲み薬となれば問題である。

どうやって飲ませるのかといえば・・・。


マーティ『目が覚めるまで待てば良いじゃないか。』


まったくその通りだが、エルダは引かない。


エルダ『今すぐ飲ませるのかと思ったが?』


マーティ『そりゃ、気絶してても飲ませる事が出来るんなら効果はあると思うが・・・?』


エルダ『すぐに目を覚ましてくれないと困る・・・よな?』


ヘレナはすぐに応えなかったが、視線をポーラに向けた時にはすぐに反応が来た。


ポーラ『困る。』


何故困るのか、深く突っ込めば困るであろう単純な返答であったが、エルダは同意の頷きをする。


エルダ『やっぱり飯はみんなで食べないと美味しくないもんな。』


と言っている人間が最も早く食堂に向かおうとしていた事実が引っ掛かる。


マーティ『しかし、アレだけの魔法を修得しいるって事はかなり凄い魔導師の血を引いているのか?』


エルダ『シンシアって親も魔法使えたっけ?』


ヘレナ『さぁ?』


と、誰も知らないらしい。

村で魔法を使う者は殆どおらず、シンシアに魔法を教えた人物は村の人間ではなかった。

はっきり言えば魔法などと言うものがどうしても必要になったことなど一度もないのだ。


マーティ『・・・わけわからん連中だな。まぁいい、元気になったら魔法の事を詳しく聞きたいと伝えてくれないか?』


エルダ『あぁ、わかった。』


エルダの反応は温かみがない。

この男の方も、特に会話を期待していたわけでも無く、さっさとエルダ達の前から立ち去った。

本当に何をしに来たのかわからない。

と、深く考えてしまうヘレナだった。


受け取った薬をどうやって飲ませるか。

ヘレナがそれを考えていると、ポーラとエルダがシンシアの横たわるベッドに近づいて・・・。


ヘレナ『・・・ちょっとなにを!?』


と言ったときには、すでにエルダが薬を口に含んでいた。

そして口移しで薬を飲ませる・・・。

それを横でポーラがじっと見つめている。

微妙な光景だ。


エルダ『すっげぇ、苦い・・・。』


ポーラ『良薬口に苦し?』


エルダ『だな・・・うぇっ。』


ヘレナ『あのねぇ・・・。』


と言いつつ言葉を失ったヘレナ。

なんと言うべきかわからない。

数拍の無音。


シンシア『う・・・ぅん・・・。』


エルダ『気が付いたかな?』


ポーラ『かな?』


三人三様で覗き込むと、シンシアの目がゆっくり開く。

そして、表情を歪ませた。


シンシア『苦い・・・。』


二人は大爆笑。

なぜなら、こんなシンシアの顏を見たことがなかったのだ。

ある意味、非常に珍しい。

目の前で笑っている二人をきょとんとした表情で見つめ、一人違う視線でこちらを見ている事にしばらく気がつかなかった。


ヘレナ『・・・どこか変わったところない?』


ゆっくり起きあがったシンシアが、自然な動作で自分の唇を指の腹で撫でる。

その後に応えた。


シンシア『えぇ・・・そう言われれば、なんともないわね。それに、なんで笑ってるの?』


そんなのわかるはずがない。


ヘレナ『キスしたのよ。』


シンシア『だれとかしら?』


エルダ『別にファーストキスじゃないだろ。』


シンシア『えっ・・・何でエルダが私に・・・?』


ヘレナ『薬を飲ませるのに口移しだったの。』


シンシア『くすり・・・?』


シンシアは、あの時の観客がこの部屋を訪れて薬を置いていったとは知らない。

気を失っていたのだから、当然である。

ヘレナの説明によって事情を知ったシンシアは、『お礼をしないと。』と呟いたが、ヘレナはあまりいい顏をしなかった。

なんとなく、信用できないような気がするのだ。


エルダ『まぁ、元気になったんならとっとと飯くいに行こうぜ。口の中が不味くて、早く忘れたい。』


ポーラ『食べたい。』


エルダ『食べれば忘れるさ。』


小さく笑って部屋を飛び出すポーラとエルダ。

ゆっくりと追いかけるヘレナとシンシア。

まだはっきりと状況を飲みこめていないシンシアだったが、空腹なのはみんなが同じで、複雑な表情をするヘレナも、早く食べたかったのは言うまでもない。

夕食時の混雑な食堂に侵入し、テーブルを一つ占領すると、久しぶりのまともな夕食に、心踊らせ、笑顔が輝く4人であった。




翌日の大会2日目。

どんよりとした雲を窓から眺めるヘレナ。


ヘレナ『今にも泣き出しそうね。』


と、そのままの事を感想にする。

軽い朝食はすでに終わっていて、エルダとポーラが試合に出場する準備をしている。

とは言ってもたいした支度はないのだが。


エルダ『今日もサクッと勝って、美味い飯を手に入れるぞぉ!』


ポーラ『おぉ~!』


と、少しポイントはずれているが気合十分の二人。

前日の試合で負けてしまったシンシアは出番がなくなってしまって、少し残念そうである。

不要な荷物は宿に預け、軽装で街を歩く4人。

前日はそれほど周りの視線を気にせずに歩いていたが、今日はとても気になる。

周りの視線の殆どはシンシアで、あの魔法対決はかなりの人の記憶に焼き付いている。

簡単には忘れられないのも納得できるほどの、凄い試合だったのだ。

本人は途中で気を失ってしまったので、あまり良く覚えていないらしいが。


エルダ『これからは、勝つたびに注目されてくんだろうーなぁ。』


ヘレナ『それは当然でしょ。特に、同じブロックの人達は気になるはずよ。』


エルダ『でもなぁ・・・。』


と、少し不機嫌な表情で、エルダを見る数人の男達を睨み返す。

驚いてすぐに視線をそらしたが、シンシアはエルダのようなことが出来ない。

少なくとも戦闘モード以外では。

なので、見つめられると自分から視線をそらしてしまい、逆に余計視線を浴びる事になってしまっている。

それは、大会会場に近くなればなるほど多くなり、当然の事ながら、他の有力選手達も同じ様に多数の視線を浴びつつもここへ集まるのだった。



シンシアとへレナは控え室に入れない。

登録していないのと負けたのがその理由で、ポーラとエルダだけが中へ入ってゆく。

控え室とは言っても、大きなテントが幾つかあって、ブロックの文字が刻まれた看板が掲げられているだけである。

決勝トーナメントに進出すれば個人用の部屋が用意されるらしい。

それはまだずっと先の事なので、考える気にもならなかったが。


エルダ『あっ、あったあった。』


ポーラとエルダはブロックが別なのだが、同じ掲示板を探し歩いていた。

それは、プロック別に貼り出された予選のトーナメント表である。

一日目が終った二日目ともなれば、少しずつ対戦相手を意識するようになるのである。

エルダはAブロック。

ポーラはHプロック。

別のブロックの掲示板を別々の方向を向いて確認する二人。

ただ、対戦相手の名前がわかったからと言って、その強さまではわかる筈もない。

それでも、気になってしまうのは興奮の為か緊張の為か、微妙なところである。


エルダ『・・・どうやら、名前からすると男のようだな。ポーラはどんな感じだ?』


ポーラ『・・・女?』


エルダ『なんだなんだ、けっこう居るんじゃないか・・・女なんてほんのちょっとだと思ってたぞ。って、どれどれ・・・クリス・エンジェル・・・なんだコノ名前は?』


エルダが不思議がるのも無理はなく、クリスは普通に良くある名前であっても、エンジェルと言うファミリーネームは聞いた事もないのだ。

ポーラの半疑問系の返答も納得がいく。


ポーラ『本当に天使かな?』


エルダ『そんなわけないだろ。偽名じゃないかな。』


ポーラ『ギメイって?』


エルダ『・・・自分の名前に嘘を付くことだよ。多分。』


ポーラ『ふ~ん。』


説明が苦手なエルダと、説明の意味があまり理解出来ていないポーラ。

と言うことで、会話は止まってしまう。


エルダ『まぁ、とにかくだ・・・俺もポーラも、まだまだ試合が始まりそうもないって事はわかったし・・・決まったブロック以外には入れないし・・・一度戻るか?』


ポーラは、自分より身長の高いエルダの顏を見上げ、大きく頷いた。

そして、いそいそと選手控え室用のテントを横目に、外へ出てしまった。

試合の進行状況にも寄るが、開始予定時刻が、早い方でも11:15と書かれていたのもすぐに戻る気になった理由の一つだろう。

最悪の場合、昼飯抜きで戦うことにもなりかねず、できればそれだけは避けたかった。



4人揃った闘技場の観客席。

本日の第一試合が始まろうとしている。

予選ブロックのトーナメント表は観客席にはなく、闘技場の外にでかでかと貼り出されていて、今の時間は、殆どの観戦客がそちらに集まっている。

なので、観客席では応援に熱狂する声も少なく、はっきり言えば人は少なかった。


シンシア『二人とも頑張ってね。負けちゃった私が言うのもヘンだけど、これからの冒険には絶対に必要になるから。』


と、珍しくシンシアがお金の事を口にした。

無論、全員が自覚している事で言う必要はなかったのだが、改めて気を引き締めて欲しかったのだ。

二人は無言で頷き、ヘレナは無言で二人の瞳を見ただけである。

それだけで十分だと言うところに、この四人の絆の深さがうかがえる。


エルダ『しっかし・・・当分暇だけどどうする?飯食うにしても早過ぎる。』


ヘレナ『さっき食べたばかりだものねぇ。』


エルダ『しばらく暇だしさ・・・昨日着たやつ商人だったじゃんか、武器も売ってる言ってたし、ちょっと見てみないか?』


シンシア『そうね、お礼も言いたいし。』


ヘレナ『・・・。』


何故かあまり良い顏をしないヘレナに、エルダが気が付いた。


エルダ『なんか、まずいことでも有るのか?』


ヘレナ『まずいっていうか、なんかあの人、私達に近づいてきてる様な気がしない?』


エルダ『なんだそれ?』


ヘレナ『良い人ってのを演じてるような・・・。』


エルダ『そうか?別にふつーの奴に見えたけどな。』


ポーラ『みえた・・・かな?』


と、半疑問。


ヘレナ『ポーラだって、ちょっとは気になってるみたいじゃない。』


シンシア『それなら、こっちから会ってみればわかるんじゃないかしら?』


ヘレナ『・・・うーん。』


エルダ『とりあえず行くだけ行こうぜ。ここでくすぶってても何も面白くない。』


ポーラ『面白くない。』


それでもヘレナは敬遠気味だったが、シンシアに『いきましょ。』と言われれば、一緒に行くのである。

エルダ一人だったりポーラだったら、行くのをやめたかもしれないし、引き止めたかもしれないが。

とにかく、ヘレナの第一印象のとらえ方が悪かった為、変に、意識に残ってしまっているのだ。

と、ここで先頭を歩くエルダが立ち止まった。

振り返って3人に一言。


エルダ『なぁ、アイツどこで商売してるんだ?』


返答はなかった・・・。




それから30分後。

結局観戦席でくすぶっていたエルダ達は、目的の人物に会うことが出来た。

元々この大会に観戦に来ているのであれば、必ずここに来るはずである。

そう言ってここで待つ事にしようと提案したのはヘレナだった。


マーティ『やぁ、今日は4人揃ってるんだな。試合は始まらないのかい?』


近づきながらそう言ってきて、簡単な挨拶。

順番は逆だが、あまり丁寧なのも変な気がする。

そう思っているのはヘレナだけだろうか。


シンシア『昨日は薬をありがとうございました。何もお礼が出来なくてごめんなさいね。』


マーティ『気にする事はないさ、試合も十分楽しめたしな。』


と、笑顔で満足を表現する。

彼にとっての魔法は、炎と光の祭典だったかのように記憶に焼き付き、死ぬまで忘れないだろう。


マーティ『で、まさか4人で俺を待っててくれたとか?』


そのまさかだった。


エルダ『前、言ってたじゃないか。あんた商人だろ?武器を見に来いとかなんとか。でも、どこで店開いてるかなんてしらないからさ、待ってたんだよ。』


マーティ『それは、悪い事したな。女性に待たせるとは・・・。』


言葉にそんな事を付け加えるものだから、ヘレナは違和感を感じるのである。

他の三人は無防備すぎるとも思うのだ。

既婚者だと言う言葉も信じられなくなってしまう。


エルダ『んで、どこに店があるんだ?』


マーティ『店と言うほどしっかりしたものじゃないが、馬車の荷台を改造して店っぽくしてあるんだ。』


エルダ『・・・よく盗まれないな・・・バイトでも雇ってるのか?』


マーティ『バイトなんか雇わなくたって、俺は宿屋に泊まってるんだ。宿屋に任せてある。まぁ、俺がいなければ商売は始まらんがな。』


エルダ『ふ~ん。』


マーティ『まぁ、暇ならすぐ行くとしようか。面白い物も沢山あるしな。』


ポーラ『面白い物?』


マーティ『そう、面白い物さ。』


ポーラとエルダは、マーティが歩き出すと、ついて行く。

ヘレナはちょっと躊躇ったが、やはりシンシアに手を引っ張られて、ついて行くことになった。

なんとなく、ヘレナだけが子供っぽく見えるのはなんでだろう?




大きな宿屋。

エルダ達が宿泊する宿屋とはグレードがまったく違う事が、一見しただけでもわかるほどだ。

マーティが、一人宿屋の中に入って行き、数分後にこれまた大きな馬車で戻ってきた。

馬が三頭で一台の馬車を引いているのだ。

四人四様の表情で、馬車から降りてくるマーティを見ている。

まったく同じなところは、四人とも驚いていることだろう。


エルダ『人って見かけによらないなぁ・・・こんな金持ちとは。』


ポーラ『金持ち。』


マーティ『なんだ?鳩が水鉄砲くらったような表情かおして。』


ヘレナ『豆鉄砲じゃなかったかしら?』


エルダ『なんだそれ?』


マーティ『まぁ、なんでもいいや。後が店になってるから、入ってくれ。』


と、言われるままに後へまわる。

ちゃんと乗り込み易い様に、階段まで設置されている。

サクッと乗り込むエルダとポーラ。

遅れて乗り込むシンシアとヘレナ。

中は異常に広く、エルダ達の泊まっている宿屋の一部屋分よりも広い。


ポーラ『ぅゎぁ・・・。』


エルダ『ポーラが凄い驚いてるなぁ・・・。なんだ、ここが気に入っちゃったか?』


ポーラは小さく頷いて、壁に掛けられたいろんな服を見ている。

ポーラが見ているのは戦闘用の武具ではなく、一般に使われる普通の服である。

それでも、なかなか可愛らしい服もあり、目移りするばかりだ。


シンシア『これなんかポーラに似合いそうね。』


ヘレナ『この髪飾良いわね。』


と、エルダを除いた三人は、いつのまにか買い物を楽しむ・・・が、値段を見ると現実に引き戻された。

所持金がないのである。


マーティ『どうだい、なかなか良いものばかりだろう?』


シンシア『えぇ・・・とっても。』


マーティ『?なんで元気がないんだ。女性なら喜びそうな物だってあるはずだが。』


エルダ『さっきまでは喜んでたけどね。』


マーティ『???』


シンシア『私達お金がないんです。』


マーティ『あぁ、そんな感じだったな。でも、気にする事はないんだ。』


ヘレナ『それってどういう意味ですか?』


少しキツイ声になってしまうヘレナ。


マーティ『そんな警戒しなくても良いさ。いわゆる取引って奴だ。』


シンシア『取引?』


マーティ『そうさ、俺が見た感じアンタ・・・たしか、エルダだったな。』


エルダ『俺?』


マーティ『うむ。俺の見たところかなり強いと感じた。そうだな・・・決勝には行けるんじゃないかとも思う。』


エルダ『それがなんの取引になるんだよ。』


マーティ『それがなるのさ。まぁ、簡単な話だ。決勝からは自由に武器防具を選べる。そうなった時に俺の店の武具を使って欲しいんだ。』


エルダ『それだけ?』


マーティ『それだけだ。』


エルダ『意味がわからん。』


マーティ『そうだな、解かり易く言えば宣伝だな。』


ヘレナ『宣伝?』


マーティ『大会で優勝すれば凄い効果がある。戦士って言うのは、強い奴の真似をしたくなるものでね、優勝した奴が持っている武具を欲しがるものなんだ。その武器を私の店で売られていることが解かれば多くの客が来るのさ。』


エルダ『ふ~ん。商売って難しいなぁ。』


ヘレナ『でも、エルダが決勝まで行かなかったらどうなるのかしら?』


その心配は確かにある。

エルダはともかくとして、マーティは商人であり、そのような無駄な投資をするとは思えないのである。


マーティ『決勝に出れなかったらこの取引は中止さ。だが、俺の予想は外れる方が少ないぞ。』


凄い自信である。

その根拠も気になるところで、知りたくなる。


ヘレナ『どうして、そんなに自信が?』


マーティ『ちょっと昔の話だが、大会で大きな番狂わせがあってな。まぁ、俺に取ってはたいした番狂わせとは思っていなかったわけだが、荒れに荒れた決勝の試合で、殆どが勝つとは思っていなかった奴が優勝しちまったのさ。』


シンシア『そう言えば、大会の優勝賞金の何倍もの額が当ったと言う話を聞きましたね。』


マーティはニヤリと笑って言った。


マーティ『それの当てた奴ってのが俺さ。』


さすがに驚く4人。


マーティ『でも、何年も前の話で、それ以来ここの大会は見にこなかったからな。魔法が見れるって言うんで再び来る気になったんだが。』


エルダ『なんかややこしい話だな。とにかく俺が勝てば良いんだろ?』


マーティ『うむ、その通りだ。』


ヘレナ『確かにそうなんでしょうけどね・・・。』


マーティ『別に難しく考える事はないさ。それに、これは決勝トーナメントが始まってからの話で、まだまだ何日も先の事だしな。』


エルダ『しかし・・・1リアもないと買物ってこんなに辛い事だったんだな。』


マーティ『・・・おれも商売人なんでな、無料でプレゼントってワケにもいかん。・・・そうだな、お前さんが決勝トーナメントに進出できたら、祝として好きなものを一人に一つやろう。あんまりたかい物は勘弁してくれよな。』


と言って笑う。

笑った後に、ポーラに袖を引っ張られるマーティ。


マーティ『ん?なんだい嬢ちゃん?』


ポーラ『私が決勝まで行ったらアレちょうだい。』


それを聞いて慌てて止めにはいるヘレナとシンシア。

さすがに図々しい。と思う。

だが、マーティは怒ったりせず、逆に大きな声で笑った。


マーティ『そうか、そうか。あの服は千年樹と呼ばれる木の葉っぱの繊維から作られた特殊な服なんだ。7000リアはするが・・・。』


シンシア&ヘレナ『7000リア!?』


二人とも思わず出た声だったが予想以上に大きかった。

7000リアと言えば、彼女達の故郷では家が建つのである。

物価の違いをまざまざと見せつけられた気分だった。


マーティ『うむ・・・確か、魔法に対しての耐性があったように思ったが・・・。って、嬢ちゃんは一回戦を勝ちぬいたのか?』


ポーラ『うん。』


あまりにも簡単に頷くものだから、マーティのほうが驚かされた。

続いて少し悔しがる。


マーティ『そうか、試合を見ておくんだったなぁ・・・。で、対戦相手は?』


エルダ『一介の戦士さ。普通に戦ってもポーラなら勝てる相手だな。』


マーティ『ほぅ・・・そいつは面白そうだ。そうだ、嬢ちゃん。手を見せてくれないか?』


ポーラは不思議に思いながらも素直に手を出した。

それをじっくり見るマーティ。

なんか異様だ。


マーティ『この手は、武器を持つ手じゃないな。それに子供の手ともおもえん・・・。』


ポーラの手を表にしたり裏にしたりして、なにか思案する表情になった。

だが、すぐに表情を元に戻すと、真面目過ぎるほどの表情へと移った。


マーティ『よし・・・良いだろう。嬢ちゃんが決勝トーナメントに残ったらあの服をやろう。それともう一つ・・・。』


ポーラ『ひとつ?』


マーティ『エルダと同じように幾つか道具を提供してやろう。ただし、優勝したらすべて買い取ってもらうがそれで良いな?』


エルダ『買い取るって・・・くれるんじゃ?』


マーティ『おぃぉぃ、俺もそこまでは出来ないぜ。一応商人だしな。それに、優勝すれば100万リア手にはいるんだ、合計で3万リア程度になるが安いもんだろ?』


エルダ『優勝しなかったり、道具を壊した場合は?』


マーティ『その場合は、返してもらう。例え壊れていてもだ。もちろん、弁償なんてさせんよ。半分は賭けだからな。』


半分以上では・・・と言いそうになったが無言でその場をやり過ごすヘレナ。

ちょっとドキドキのシンシア。

ワクワクしているエルダ。

自分で言ったことですら、どう考えているのかわかり難いポーラ。


マーティ『うむ。とりあえず仮としての取引は成立だな。』


シンシア『なにか、こちらがわがままばかり言ってる様な気がして申し訳ないです。』


マーティ『何度も言うが、細かいことは気にしなくて良い。それに、この取引の第一段階として、お前さん達二人には決勝に残ってもらわんと困る。そうだな・・・あんな狭い宿屋じゃゆっくり休めないだろ。なんなら俺が部屋を用意してやる。』


シンシア『そんな・・・そこまで面倒を・・・。』


マーティはシンシアが全てを言う前に態度で制止して、もう一度言った。


マーティ『何度も言うが、細かい事は気にするな。俺にとっても、お前さん達にとっても、決勝には残らなければならないんだ。その為ならなんでもする。いわゆる先行投資だ。』


エルダ『うーん。確かにあの宿屋は狭いモンなぁ・・・。』


ヘレナ『エルダ!』


エルダ『なんで怒ってるんだよ・・・。別に良いじゃんか、俺達にとっても不都合はないんだぜ?』


ヘレナ『そりゃ、そうだけど・・・。』


マーティ『何故かわからんが、どうして俺を信用出来ないんだ?』


ヘレナ『えっ!?』


マーティ『態度を見りゃわかる。俺にとって商売で、お前さん達は客だろう?どこか疑う点でもあるんなら、はっきりと言ってくれても良い。取引にミスがあってはまずいからな。』


そう言われると、ヘレナは何も言えない。

たんなる個人的先入観であり、素直に従えば、悪い事など何一つない。

第一、試合に出るのはエルダとポーラであり、自分は傍観者なのである。


ヘレナ『・・・なにもないです。』


マーティ『そんな、変な顏しないでくれ。俺が脅してるみたいじゃないか。あんた達はみんな美人だし、もう少し笑顔を見せてくれよ。』


そう言うから、ヘレナは見えない壁をマーティの前に作ってしまうのだ。


マーティ『・・・なんか、俺、変な事言ったか?』


と、マーティが話術の自信をなくしてしまいそうな雰囲気がそこにはあった。


エルダ『まぁ、その内ヘレナも納得するさ。約束・・・いや、取引は俺とポーラだし。宿屋を用意してくれるってのも乗ろうぜ。』


ポーラ『乗ろう。』


ヘレナは数瞬の空白ののち、頷いた。

マーティが一番納得出来ないのだが、それに付いてはこの後のエルダの言葉で解決している。

暇つぶしも終って、大会会場に戻ろうとした時、マーティがエルダに尋ねたのだ。


マーティ『なんで、彼女は俺を信用してくれないんだ?』


エルダは躊躇う事なくキッパリと言いきった。


エルダ『妻子持ちと言ったのに、会ったばかりの女に優しくするからだろ。』


その言葉に、マーティは深く納得したのだった。

ただ、エルダはいつの間にそのことを知ったんだろうと言う疑問には気が付かなかった。

ついでに、シンシアはお礼を言うのを忘れていて、マーティは魔法の事を聞くのを忘れてしまっている。

このことに気が付くのは後日となるのだった。




大会会場に戻ってきた5人。

ポーラとエルダは選手控え室に向かい、残ったのはシンシアとヘレナとマーティである。

意外にも試合の進行はスムーズで、大きな混乱もなく、時刻は11時を過ぎていた。

控え室のHブロックでは、ポーラが大会委員から名前を呼ばれ、闘技台に向かう途中である。

対戦相手のクリス・エンジェルと言う女性とは、この時はじめて見たのだったが、本当に天使と錯覚するぐらいの美しい女性であった。

ポーラを見てにっこり笑うと、2枚の板を装着し、予定時刻よりも早く闘技台にのぼって行く。

続くポーラは、頬に雫が当り、片目を閉じる。

泣き出しそうだった空は、我慢しきれずに大粒の涙を流し、二人が闘技台で向き合った時には、視界が悪くなり、薄暗く、両目をしっかり開けているのも困難なほどだった。

だが、その中でもひときわ目立つ金色の髪に純白のドレス。

快晴の青空に酷似した瞳。

この大雨の中でも、観戦者達を惹き付ける魅力が彼女にはあった。

それが、この試合の中でどのように影響するのかはまったくの不明であったが・・・。






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