第7話 魔法対決
太陽が傾き始め、空の一部が橙色に染まっている。
大会初日にして、予選会場を去って行った者は、すでに300人以上を越えている。
その中の一人に加えられるのか、明日もこの地に残るのか、それはこれから闘技台の上で決められる事だ。
一人の少女が、篩にかけられるべくその台に乗った時、相手の者から鄭重過ぎる笑顔で迎えられた。
見るからに"子供の姿"をした相手に、まわりからは『運のいい奴』といわれ、言われた者も否定しない。
鄭重過ぎる笑顔とは、お嬢さんを相手にすると同時に、場違いさを嘲弄していたのだ。
『俺のような無骨者の相手をして頂けるとは光栄の極み。』
直後、笑い声が響いた。
観覧席でも、"少女と野獣の戦い"に、多数の好奇の視線が寄せられている。
誰もが少女が負ける事を等しく予想しているが、逆の結果の場合、それはそれで面白い。
そして、最初から逆の結果を予想している3人の女性は、周りの笑い声にかき消され、闘技台へ声を届けることが出来なかった。
少女は係員から二枚の板と木の棒を渡されたが、受け取ったのは板だけだで、さっさと台の中央に向かって歩いている。
係員『本当に必要ないんですか!?』
ポーラ『いらない。』
振り向きもせずに答え、台の中央に立った。
ポーラの相手をする男は意味不明の行動に笑っている。
生粋の剣士である彼は、武器を持たない戦いを知らない。
当然、知識としては知っているが、武器を使わない為に発生するリーチの差を埋める事は出来ない、と信じているのだ。
対戦相手『これはこれは・・・俺も素手で戦わないといけない様だな。』
まわりの反応は案の定だった。
すでに勝ちが決まっているような試合で、武器を持たない少女相手に武器を持つ大人が殴りかかる事など出来るはずもないのである。
片手に持っていた木の棒を適当に投げ捨てると、大会委員の男を睨んだ。試合を始めろという無言の合図である。
委員は少女の方にも視線を向けると同じように無言で返ってきた。こちらは頷くという行動があった。
少し躊躇いながらも、委員の男は右腕を真っ直ぐと挙げ、叫んだ。
委員『始め!』
宣言は響かなかった。
試合を観る大半の者は、まだ笑っている。
それでも、闘技台の二人に聞こえれば十分である。
男は余裕を持って構えた。
そして予想をはるかに越える速度で攻撃が繰り出された。
ポーラの右腕が真っ直ぐに伸び、男の腹部を捉えたのだ。
姿勢を崩した男に、鋭く弧を描いた脚が突き刺さる様に、胸を突き上げると、重力を無視したかのように男の身体が宙に舞った。
観戦者達の予想すら出来なかった光景に、笑顔は一瞬にして消えた。
そして、ポーラを知る3人の女性は、それぞれの微笑を向けて闘技台を眺めている。
対戦相手『くっ、小娘が調子に乗っているようだな!』
へらへらとした笑顔も、度を過ぎた鄭重な言葉も、その男から奪っていた。
ポーラは観覧席で観ている3人の女性に視線を向けると、その中の一人が、不敵な笑顔で返すと、無言で右手を動かした。
拳を握り、親指だけを立てると、天を向いていた指は返され、下に向く。
意味を理解したポーラが頷きと同時につぶやいた。
ポーラ『ボコボコにするのね。わかったわエルダ。』
向き直ったポーラが対戦相手の男の姿を見た時、その右手には木の棒が握られている。
相手に無くて、自分に有る事を知った時、人の態度は大きくなる。
今のこの男がまさしくその通りだった。
対戦相手『よそ見するとは、どこにそんな余裕があるのかな。えぇ、お嬢ちゃん?』
その台詞に対してポーラは短く答えた。
ポーラ『・・・だから?』
この言葉は男の矜持を傷つけるに充分であったが、ポーラとしてはそこまで考えて言ったのではない。
ただ、普通に、思った事を口にしただけなのである。
対戦相手『カギの泣きっ面を見るのは俺の趣味じゃねぇな!』
男は棒を振った。
たんなる脅しである。それを見ても表情一つ変えないポーラは、積極的に接近攻撃を仕掛けた。
それに対した男も積極的に動く。
先ほどは相手を過小評価して見ていたが、多少は見る目を変えたのである。
予選試合では盾の使用は認められていない。それがポーラにとって有利に動いたのは、男が攻撃を受けるに、棒を使っている事だった。
使わない左腕で防げば反撃するだけの好機はあったのかもしれないが、そうしてしまったのはポーラの動きが速く、確実に受け止め様としていたのだ。
その為、ポーラは連続攻撃を繰り出した。
右腕、左腕。右足、左足。身体をひねり、勢いに鋭さを加え、反撃の隙を与えない。
防戦一方となった男は、悔しさに歯を食い縛りながらも耐えた。
まだ、大会1日目。ここで負けたとあっては、笑い話の種にしかならない。
それ以上に、剣士としての矜持が、無意識に耐える事を選んだのだ。
この光景は、観戦者達を視線を釘付けにした。
3人の女性でポーラの仲間である、エルダ、シンシア、ヘレナも、無言で見守っている。
ポーラは長期戦は苦手だった。
本人は自覚していないが、エルダは知っている。
理由はポーラの強さにある。
村でのポーラは、男達にとって異常なほどの強さで、一撃を受けた者は殆どがその場で倒れる。
その為に、長期戦の経験が無い。
そして、手加減を知らないポーラは、始まりから終わりまで全力で戦うのが癖になってしまったのだ。
小さな不安に襲われたエルダが大きな声で叫んだ。
エルダ『一気に叩け!』
その声すら観衆には無視される。視線は闘技台を離れず、声が響き渡った。
エルダの声を聞いたポーラの拳に力が漲った。
連続攻撃における素早さを重視した攻撃をやめ、一撃強襲の拳を叩き込む。
恐るべき破壊力を秘めた一撃は、受け止めた棒を破壊し、男の顎にヒットする。
しかし、男は倒れなかった。
顎の骨は完全に破壊しているはずなのだが、姿勢を崩さず耐え抜くと、初めて隙を見せたポーラに、折れた棒を叩きつけた。
ポーラは生まれて初めて、村の男達以外の男から殴られたのである。
ヘレナ『ポーラ!?』
隣に立つエルダの腕にしがみ付き、悲鳴に近い声をあげたヘレナは、倒れゆくポーラの姿を最後まで見る事が出来ずに、エルダの背中に顔を隠してきつく両目を閉じた。
仰向けに倒れたポーラは、胸の板が壊れた事を知ったが、すぐに立ちあがった。
しかし、ダメージはあった。今までに感じた事がないほど胸がズキズキとする。
表情には痛みがあるとは思えず、シンシアはほっと胸をなでおろしたが、エルダは表情を厳しくした。
ポーラの連続攻撃を耐え抜く体力と精神力。あの一撃を喰らった後の反撃。
エルダ『ちっ・・・なかなかタフな奴だな。』
だが、エルダの心配は杞憂に終わった。
ポーラも更なる反撃に備えて構えたのだが、相手の男は動かない。
繰り出した一撃をそのままに、彫刻の様に固まっているのだ。
周りから騒めきが起き、不思議に思った委員達が、そっと近づき、声をかける。
反応はなかった。
男は、ポーラの攻撃を受けた直後から気を失いつつあり、あの反撃も無意識に動いたモノだったのだ。
そう言うところで、剣士らしい矜持を守ったのだ・・・最初から過小評価する事が無ければ、勝てたかもしれなかったが。
数分後、ようやく委員の一人が宣言した。
委員『戦闘続行不可能と判断し、ポーラ選手の勝利とする!』
担架で運ばれる男などすでに眼中に無く、いつのまにか他の試合を見ていた者達も加わって、勝利した無表情の少女にあらゆる喝采が送られた。
実際の試合時間は5分少々と、少し長めで、見ている者達をこれほど満足させた試合は、大会初日にして初めての事だった。
勝利者として宿屋のフリーパス券を、さすがに少し頬を赤くして受け取り、投げつけられる称賛の声を背に、ポーラは闘技台を降りた。
ヘレナの魔法治療を受けながら、ポーラは、シンシアの笑顔と、エルダの褒め言葉を受け、予選会場近くの公園のベンチで休憩している。
試合の後、しばらくは胸に痛みを感じたが、今は治療のおかげかそれほど感じない。
ヘレナ『もぅ、ポーラが倒れた時は本当に驚いたんだから。』
と、試合をやっている以上、避けられる筈のない事に対して、ヘレナは愚痴をこぼしている。
エルダ『しかし、意外と強かったんじゃないのか?』
ポーラ『うん。村の男達とはちょっと違うね。』
エルダ『しかし、明日からの相手は、最初から全力で来ることになるぜ。今日の事を知ってるからな。』
シンシア『・・・私の試合が残ってるんだから、あんまり脅かさないで欲しいわ。』
エルダ『シンシアだって、一度勝てばみんなの見る目が変わるさ。だからな、最初っから思いっきりやるか、明日の事を考えて少し手を抜くか・・・。まぁ、勝てなきゃ意味ないけど。』
ヘレナ『ガツーンと一発やっちゃって、戦う前から相手を恐がらせるってのもありじゃないかしら?』
エルダ『う~ん。それも良いかもな。だけど、シンシアに思いっきりやらせると・・・。』
エルダはこの町に来る前にワーウルフと戦った時のシンシアを思い出した・・・。そして、首を振った。
エルダ『思いっきりやったら、あの時の魔物とおんなじで、相手が死んじまうぞ。』
シンシア『・・・あのねぇ、いくら私があの時思いっきりやったからってね、試合でもそんな事できるわけないでしょ。』
と、小さな声で強く抗議したが、エルダとヘレナはこの時ばかりはシンシアの言葉を信じられなかった。
いざ試合が始まってしまえば、どうなるかなんて想像できる筈がないのである。
ポーラを見た相手が、勝てると信じて負けたのと同じように。
シンシア『私って案外信用されてないのね・・・。』
小さな声をより小さくして、少し悲しげな成分を含ませる。
ヘレナ『そんな事ないわよ。私達のお姉さんとして、みんな信用してるわ。』
ポーラ『信用してる。』
エルダも頷いたが、どこか納得できない表情をしている。
ヘレナ『・・・なぁに?珍しく難しい顔しちゃってさ。』
エルダ『いやね、魔法使いだっていたはずなんだよな?』
シンシア『ええ、登録所でも見たわ。』
エルダ『だよなぁ・・・。』
エルダは実際にその場面を見ていたわけではないので、魔法使いとして登録した選手の数がどのくらいいるのかはわからない。
しかし、その事について疑う事は全く無いのだが、どうしても納得できない事が一つあった。
エルダ『今日の試合で魔法を使った奴って見たか?』
という事である。
シンシア『そう言われてみれば・・・。』
ヘレナ『一度も見ないわね。』
エルダ『まさか、ハッタリで登録したとは思えないし、何か有りそうな気がするんだ。でもな、シンシアは魔法以外の戦いなんて無理だろ。さっきのポーラみたいに、棒を受け取らなくても良いわけなんだけど・・・。』
シンシア『武器を使えるフリをするって事かしら?』
ヘレナ『逆ハッタリね。』
ポーラ『逆ハッタリ。』
本当は魔法が使え無いくせに使えるフリをすることに対して"ハッタリ"と言っているので、逆ハッタリとは剣術に自信があるフリをするという事なのである。
言葉が少し変なのは、この場だけで意味が通じれば良いので問題は無い。
エルダ『・・・考えるのは、どーも苦手だな~。』
無雑作に頭を掻いたエルダが、重いつぶやきを落とす。
ヘレナ『苦手じゃなくて、無理なんじゃないの?』
と、珍しいエルダの姿に、ヘレナが軽く皮肉った。
エルダ『・・・うっさい。』
言った方も、言われた方も、笑っているのは冗談だとわかっているからだ。
そして、結局、その場で結論は出なかった。
議題を提出したエルダ自身が考えるのが面倒だと言うこともあったが、使えるフリをするほどの技術がシンシアになかったのである。
さらには、ポーラが勝利した事によって、宿屋のフリーパス券を入手し、シンシアは勝たなければならないというプレッシャーに圧し潰される事もない。
後は、試合が始まってから当事者が判断するのみである。
しかし、予定は大幅に遅れ、Nブロックの選手達が闘技台に登った時は太陽が完全に沈んでしまった。
松明やランプなどの照明器具を集め、闘技台を明るく照らし、昼間のような明るさを回復する事はなかったが、それでも安酒場の中にいるよりは明るかった。
闘技台に登る前、エルダの言葉を思い出したシンシアは、予選試合用の武器を受け取った。
2枚の木の板を身に付け、地上と闘技台との数10㎝の高低差を示す階段を登る。
続くように、同じ階段を登って闘技台に現れたのは、女性であった。
今大会初の女性同士の対戦である。
会場に集まっている男達の視線を釘付けにした理由はそれだけではない。
シンシアの対戦相手である女性は、防具と呼ぶにはほど遠く、普段着とは思えず、また、冒険をするような軽快な服装ではない。
鞣革製の胸当てと、腰から太股までをわずかな布で覆っているだけだ。多少の装飾が施されており、一般的には彼女の事を踊り子と呼ぶだろう。
その装飾が、照明の光に反射してわずかに輝き、観衆が騒めく。
更に彼女の容姿も、騒めきの起因の一部になりえるのに、充分な美しさがあった。
ルーシア『この騒めきは私のモノかしら?それとも貴女かしら?』
臆面もなく言い放った後、名前を名乗ると、右手を前に出す。
シンシアはそれに応じ、差し出された手を握り返した。
シンシア『勝負の結果は、お互いにわからないわ。』
ルーシア『・・・自信家ね。』
観衆に圧され、最前列にいても苦しい思いをしながら、闘技台を見つめる3人。
その中の一人、エルダが苦い表情をつくって隣のヘレナにつぶやいた。
エルダ『緊張してなきゃ良いんだけどな・・・。』
ヘレナ『うん。でも、あんまりにも緊張が見えなかったらやばいんじゃない?』
エルダ『戦闘モードに入ったら、俺でも止める自信が無いぞ。』
ポーラ『無い。』
ヘレナ『ちょ、ちょっと、あんた達に止められなかったらパニックになるわよ!?』
エルダ『・・・ま、シンシアを信じようじゃないか。勝っても負けても、さ。』
そんな事はエルダに言われるまでもなかったが、ヘレナの心配は別のところにあった。
それはシンシアが、エルダやポーラと違って、身体を鍛えているところを見たことが無いのだ。
魔法の勉強をしているのは知っていたが、普段は花の世話をしている事が殆どなのである。
攻撃を受けるにしても、耐えられるのかどうかわからない。
エルダとポーラも同じ心配はあったが、ここまで来て『痛いのが我慢できなかったら逃げろ。』とは言えない。
観衆の男達は、これから始まる試合の期待感を否応無く高め、無責任な声援を闘技台の二人に送っている。
観衆A『試合にかこつけて、相手の服なんて剥いじまえ!』
観衆B『脱げ、脱げ~!!』
観衆C『早く始めろ~!!』
観衆が何のを望んでいるのか、ポーラは理解に苦しんでいる。
答えを求めて視線を向けると、横のエルダは、観衆達の無責任な声に眉間にしわを寄せていて、ヘレナは声に出さないだけで、表情は怒っている。
エルダ『全く・・・男ってこれだからムカツクんだよな。』
ヘレナ『同感。』
エルダの吐き出した言葉は熱く、共感したヘレナの声には苦味が含まれている。
周りの声は一段と大きくなり、耐えられなくなったエルダが闘技台に向かって叫んだ。
エルダ『シンシア~!!一発、度胆抜け~!』
その声は掻き消されることなくシンシアの耳に届き、振り向いて視線を合わせると頷いた。
委員の一人が、観衆の声が大き過ぎる為、試合の開始を告げようと闘技台に登る。
シンシアと、対戦相手のルーシア。二人に声が届く所まで近づくと、右腕を真っ直ぐと挙げる。
緊張が高まると同時に、シンシアの表情が変わる。それは彼女に似つかわしくない表情。険しく鋭い視線。
ルーシアはいまだ余裕の表情で、シンシアを見つめている。
無雑作に棒を持った姿が、戦いの初心者である事を見抜いたのだ。
開始の合図を声に変え、委員が叫んだ。
委員『始め!』
試合開始直後。
闘技台の二人は動かなかった。
ルーシアは意図的に動かなかったのだが、シンシアは自分の意志とは無関係に動けなかった。
と、ルーシアは思っている。
ルーシア『緊張してるのかしら・・・。まぁ、可愛らしいこと。』
語尾には、表情に余裕の笑みを浮かべる。
ルーシア『ほら、貴女が何もしないから、観客は面白く無いって怒ってるわよ。』
言われたように、観衆の男達の無責任な声援は、罵声に変わっている。
しかし、無雑作な姿はかわらない。棒を持って構えているのではなく、ただ持っているだけなのだ。
ポーラ『ねぇ、シンシアはなにをしてるのかな?』
エルダ『さぁね。』
問われても、視線は闘技台の二人に向けたまま動かさない。
そして、シンシアも動かない。
ルーシア『いいかげんにして欲しいわね!』
痺れを切らしたか、叫んだ直後、シンシアに向かって突進する。
強く握った棒を撓らせ、振り降ろす。
だが、持っていた棒を相手に投げつけることによって、自分の身代わりにし、攻撃を退ける。
ルーシア『何を血迷ったか!?』
自ら武器を捨てた様に見えるシンシアは、馬鹿にされたと思う相手を無視して呪文を唱えた。
シンシア『火球円陣!』
それまで罵声を上げていた観衆達は息を飲んだ。
一瞬にして静まりかえる予選会場。
ルーシアは、なぜか嬉しそうだ。
ルーシア『・・・なるほど、魔法使いなのね。』
魔法を唱えた後、無数の小さな火の玉が発生し、シンシアの周囲に集まってゆく。
確かに一つ一つは小さいが、一斉に飛んできたら回避不可能に近い。
シンシア『狙点完了・・・攻撃・・・開始!』
真っ直ぐに伸ばした両腕。つくった拳から両手の人差し指だけを立て、相手に向ける。
そして、左右の人差し指を合わせると、火球がシンシアの周囲から離れ、互いに競い合うよう徐々に速度を増し、ルーシアに襲いかかった。
ルーシア『こいつは、まともに喰らったらヤバいね!』
正面から向かってくる無数の火球を避ける為、素早く横に移動する。
飛行を続ける火球は直線的な動きで、ルーシアが移動した後、その後で観戦していた者達に向かっている。
観衆D『うわゎぁぁあ!こっちに来る!?』
一人が恐怖に満ちた叫びを発すると、その男の周りにいた者も恐怖に襲われ、慌ててその場から逃げ出す。
一部をパニックにした火球の群れは、シンシアの二本の人差し指が示す方向が移動すると、ほぼ90度の角度で曲がり、ルーシアを背中から襲った。
ルーシア『ちぃっ!追尾魔法か!?』
襲い来る火球を視野におさめ、諦めたか防御の姿勢をとる。
群れをなす火球は、更に一点に集中し、巨大な一つの火の塊へと変貌すると、ルーシアの身体を包んだ。
観衆E『おぃおぃ!?燃えちまったぞ!?』
観衆F『服だけ燃えりゃ、楽しいんだがな。』
などと、当事者で無い分、台詞には緊迫感が有ったり無かったり、様々だ。
ヘレナ『ねぇ、まだ大丈夫よね?』
いろんな意味で不安になっていて、エルダの身体を揺すりながら問う。
ポーラは揺すられるエルダの腕にしがみ付き、それでも視線を闘技台に向けている。
エルダ『まだ大丈夫だ。今は冷静でいる。』
答えることは答えたが、エルダ自身、自分の言った言葉に自信が無い。
燃えあがった炎が徐々に弱くなると、おぼろげながら姿が見え始めた。
観衆達は再びしんとなり、視線を一点に向ける。
ルーシア『はあぁっ!』
突然、炎の中から声が聞こえたかと思うと、包んでいた炎は四散し、蒸発したかのように雲散霧消した。
現れた姿は、観衆をどよめかせるに充分だった。
闘技台を囲む照明器具によって照らし出されたルーシアの姿は、焦げ目一つ無かったのだ。
エルダ『あいつも魔法を使うらしいな・・・。』
エルダのつぶやきはポーラの耳にもヘレナの耳にも届いたが、完全に無視された。
特に返答を期待していたわけでは無いが。
ルーシア『ふぅん・・・。期待以上だけど、その程度じゃ私には勝てないわね。』
わざわざ右手に持っていた棒を左手に持ちなおすと、付いてもいない埃を払って、余裕を見せる。
シンシア『貴女も魔法使いなのね。』
ルーシア『正確に言って欲しいわね、魔法剣士って。』
さりげなく訂正を要求したルーシアは、もう一度、棒を持ちかえる。
ルーシア『もう、同じ攻撃は効かないわよ!』
再び先手を取って攻撃をしたルーシアは、足下に落ちている、元々はシンシアの武器を拾い上げると、すぐに投げつけた。
魔法にはそれなりの自信はあるが、直接攻撃に対する防御にあまり自信が無いシンシアは、周囲に残っている火球を自分の正面に集め、炎の防御壁をつくった。
エルダ『ダメだ!逃げるんだ!』
ルーシアの行動を読み取ったエルダが叫んだが、すでに遅い。
防御壁をつくった事によって、飛来する棒からは防いだが、素早く周りこんできたルーシアの攻撃を避けることは出来なかった。
的確な一撃はシンシアの右肩の板を破壊し、衝撃で倒れる。
仰向けに倒れたシンシアの瞳に鋭さが増した。
ポーラ『変わった。』
エルダ『あぁ、ヤバくなってきやがった。』
試合のルール上、ダウンした相手を攻撃することはできない。
相手が立ちあがるか、ギブアップ宣言するか、それまでは待たねばならない。
シンシアは、どうにか自力で立ちあがったが、足下がふらついている。
ルーシア『よく立ったわね。でも、もぅ諦めたほうが・・・。』
シンシアの鋭い視線に身の危険を感じる。
それは、エルダも感じた。
エルダ『暴走しはじめたかも!?』
ヘレナ『ちょっと、どうするのよ!』
エルダは闘技台で二人が試合中にもかかわらず、観覧席と闘技台を隔てる壁を乗り越え、シンシアに近づこうとしたが、先ほどと同様に間に合わなかった。
シンシアはひろげた両手を相手に向けてかざし、呪文を唱えてしまったのだ。
シンシア『・・・魔炎咆哮!!』
突然巨大な火球が発生したかと思うと、一筋の光がルーシアに向けて放たれる。
観衆達は何も言えず、叫べず、声援を送ろうと振り上げた拳もそのままに、眩い光に目を奪われている。
ルーシア『魔鏡壁!』
光に隠れて姿は見えないが、相手の声だけは聞こえる。
彼女の唱えた魔法は、一定時間、魔法を防ぐ事が可能なのだが、唱えた本人は防ぎ切る自信がなかった。
炎ではなく、高熱の光。
伸びる一本の太い筋。
攻撃魔法と防御魔法が衝突する。
そこに音は無い。物理的な衝突ではないために、輝く光の色彩と魔力熱が存在を主張する世界だ。
光の筋が、魔法によって創られた壁と、主張する魔力の力を示すべく鎬を削った。
突き進もうとする光。
行く手を遮る壁。
ほんの数秒の出来事なのに、見ている者達を魅了し、時間的感覚を失わせ、唾を飲み込むこともできない。
魔鏡壁に亀裂が入った。
詠唱者にしかわからないそれは、耐久力の低下を意味する。
ルーシア『・・・うっ。』
だが、突然の出来事は続く。
光の筋は一瞬にして消え去り、魔法を唱えたシンシアは、力なくその場に倒れた。
慌てて駆け寄ったエルダが、身を起こす。
ルーシア『なんなのよ、あんたは!?』
これからやり返そうとした時に、闘技台の外から現れたのだ。不愉快に思うのは当然だろう。
エルダ『悪いが、こっちの負けだ。もう動けない。』
そう答えると、近くの大会委員を呼ぶと、負けを伝えた。
実は、大会ルールで手を貸した時点で負けは確定している。
その事に大会委員が気が付かなかったのは、それだけシンシアの魔法が凄く、一瞬でも時間を忘れさせたのが原因だろう。
それでも、一応は選手の状態を確認する。
ぐったりとなったシンシアを一瞥した委員は、ルーシアの勝利を宣言した。
納得がいかなかった勝利者であったが、それでも満足の笑みを浮かべると、シンシアを抱きかかえて立ち去ろうとするエルダに声をかけた。
ルーシア『ねぇ、お仲間さん。私の勝利は疑い無いかしら?』
声の主に、身体の向きは変えずに視線だけ動かすと、半瞬の間をあけて答えた。
エルダ『・・・勿論だ。』
ただ、それだけの短い会話だった。
女性同士の試合が終わった観覧席では、初めて魔法を見た者達が喜びつつも、もう少し長く続いて欲しかったような表情をして、あちこちで雑談している。
他の闘技台でも試合が行われているのだが、観衆達の興味をそそることは無かった。
負けたとはいえ、アレだけの魔法を使う女性を、一目近くで見ようと押かけてくる男どもを実力行使で排除しながら、どうにか人目のつかない公園まで移動し、しばらく休む事にした。
すでに宿屋のフリーパス券を入手しているので、今夜の宿に困ることもなく、前日よりは余裕がある。
エルダ『う~ん。また、魔法の使いすぎだな。』
ヘレナ『疲労回復の魔法なんて使えないし・・・困ったわね。』
ポーラ『じゃあ、どうするの?』
エルダ『そうだな、しばらくはここで休んでみて、目を覚まさなかったら宿屋に行こう。』
ヘレナ『それしかないわね。すぐに目を覚ましてくれると良いんだけど。』
大会予選会場とは違い、この公園には灯りが無い。
夜空に広がる無数の星々と、月明かりだけが4人を照らしている。
大会1日目は、エルダとポーラが勝ち残るという結果を得たのだった。




