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第6話 アルタードの町

エルダ『ん・・・。』


エルダが目を覚ました時、記憶に無い風景が広がった。

あるはずも無い。そこは、アルタードの町の中にある宿屋の一室だったのだ。

窓の外はすでに暗く、今が何時なのか何日なのかもハッキリとしない。

ベッドから起き上がると、服を着ていなかった。特に慌てたりはしなかったが、これでは部屋の外に出れない。


エルダ『なんで裸なんだ・・・?って、考えてもわかんないな。とりあえず困ったぞ。』


ベッドの上であぐらをかいて腕を組む。

困った所で何もできないのだが。

首を左右に何度か傾けていると、部屋の扉が開いた。それでも、エルダは女である自覚が無いのか、たんに忘れているだけなのか、裸である自分を隠そうとしない。

扉を開いたのは女性で、エルダの良く知っている人だ。


シンシア『エルダ!やっと気が付いたのね。』


そう言うシンシアの瞳にはうっすらと涙がたまっている。


エルダ『おいおい、いきなり泣き顔見せられても困るんだけどなぁ・・・。』


返答にも対応にも困る。


エルダ『まぁまぁ、とにかく、泣き止んでくれよ。』


と、今のエルダではその程度の事しか言えない。

それよりも、聴きたい事知りたい事があり、そのほうが気になっているのだ。

ベッドから裸のまま立ちあがったエルダは、涙をこぼすシンシアを人差し指で優しく拭う。


シンシア『・・・なんか、立場が逆ね。』


自然と出た笑顔にエルダも笑顔で返す。


エルダ『気にすんなって。それよりさ、ここはどこなんだ?』


シンシア『ここはアルタードよ。』


エルダ『大会は?』


シンシア『もう、登録は済ませてあるわ。明日、大会の説明があって、試合は午後からだって。』


それについて、もう少し詳しく訊こうと思ったエルダだったが、その前に空腹のアラームが鳴り響いた。


エルダ『・・・そういや飯食ってないな。』


シンシア『もうすぐ夕食よ。でも、宿泊客が多いらしくて遅れてるの。』


アルタードでの剣術大会は三年に一度開催されていて、その度に沢山の戦士や冒険者が集まる。

その為に大会期間中のみ宿屋の経営をするところさえあり、対応の悪さは否めない。

とは言うもの、対応が悪かったり、ベッドが汚かったりしたところで、宿代が安くなければ意味が無い。

エルダ達の所持金は少ないのだ。


エルダ『ところでポーラとヘレナは?』


シンシア『二人はバイトしてるわ。』


エルダ『バイト?』


シンシア『実は言うと、お金が足りなかったのよ。』


エルダ『ありゃ。』


シンシア『ポーラが力仕事で、ヘレナが厨房で働いてるわ。』


エルダ『そっかぁ・・・俺も手伝いに行った方がいいのかな?』


シンシア『服も無いのに行けないでしょ。』


エルダ『そーいえば、裸だった。』


普通は忘れるような事とは思えないのだが、裸でも寒く無いのでそれほど気にしていなかったようだ。


エルダ『んで、俺の服は?』


シンシア『リュックが無いのよ。あの時置いてきちゃったじゃない。』


エルダ『げっ!じゃあ、俺はずっと裸なのか・・・。』


シンシア『バイトが終わったら買いに行く予定なの、夕食には戻ってくる筈なんだけど。』


エルダ『まぁ、しばらく裸でもいいや。』


シンシア『あんまり良く無いんだけど、仕方が無いわね。』


と、言うことで夕食まで何もすることもなく、ただ、ぼ~っとしている事となった。

しばらくして、ドアがノックされる。

返事をするよりも早く扉が開いたので、シンシアは慌てたが、もっと慌てなければいけない者は動きもしない。

開かれた扉からは女性の姿が二つ。疲労した表情で中に入ってきたが、エルダの姿を見て一人が飛び付いてきた。


ポーラ『エルダぁ!元気になったのね!』


そう言うと同時に、裸のエルダに抱きついた。

軽く受けとめたエルダが苦笑いで答える。


エルダ『なんだ、なんだ。みんなに心配させてたんだな。』


もう一人の女性は片手に袋を下げていて、それを放り投げる訳にもいかなかった。

本当は放り投げ様としたのだが、ポーラがエルダに抱きついたので、年長者としての対応をする。


ヘレナ『心配させ過ぎなんだから。もぅ・・・。』


エルダ『すまん。』


ヘレナ『それより、服を買ってきたから。』


ヘレナの持っている袋の中には女性用の服では無く、男女どちらが着ても不思議の無い普通の旅人用の服が入っていた。

はっきり言えば安物である。


エルダ『おっ、サンクス♪』


受け取ったエルダはさっそく服を着る。


エルダ『で、落ちついたところで訊きたいんだが、どうやってここまで来たんだ?』


アルタードの町までは、それなにり遠かった筈なのだが、エルダが気が付いた時には到着しているのだ。

不思議に思って当然だろう。


シンシア『運良く、アルタードに向かう商人の馬車が通りかかってね、お願いして乗せてもらったのよ。』


と簡単に言うが、実際の所それほど簡単ではなかった。

最初、なかなか目を覚まさないエルダを背負って町に向かって歩き出したが、シンシアもヘレナも魔力を使い切って疲労困憊だったし、ポーラ一人でずっとエルダを抱えさせるのにも限界があった。

交代で背負っても、なかなか進める筈が無く、数時間フラフラ状態で牛歩のように歩いていた。

馬車が通りかかったのはそれから約5時間後。

女性だけという事で逆に警戒され、話してもなかなか信じてもらえず、所持金のほとんどを運賃として支払う事でどうにか乗せてもらったのだった。

ただ、わざわざ何も知らないエルダに言う必要も無いので、シンシアは説明を省いたのだ。


エルダ『ふ~ん。まぁ、なんでも良いや、特に問題は無いだろ?』


ヘレナ『とりあえず、お金以外の問題はね。』


エルダ『こんなボロっちい宿屋なのに、4人となれば、宿代がかかっても仕方が無いのか・・・。』


エルダの見たところ、この部屋にはベッドが二つしかない。

テーブルも4人で囲むには小さいし、椅子もあるだけマシ程度のボロさだ。


シンシア『そう言う事ね。』


エルダ『じゃあ、明日の事でも話ながら晩飯でも食べようか。』


腹が減っては軍は出来ぬ。

まさしく、そう言っているのだが、ヘレナは言い難そうな表情のまま答えない。


エルダ『どうしたんだよ?』


ヘレナ『私達・・・むりやり泊めてもらったようなものだから、食事は残らないともらえないのよ。』


エルダ『え゛』


それは、エルダにとって死の宣告に近い衝撃だったのかもしれない。

大袈裟かもしれないが。


エルダ『仕事手伝ってきたんだろ?少しはまわせなかったのかよ。』


ヘレナ『そんな余裕なかったのよ。』


ポーラ『なかったの。』


エルダ『・・・なんか、食えないと思ったら余計に腹へってきた。』


シンシア『ごめんね・・・ビンボーだから。』


エルダ『シンシアが謝る事は無いよ。みんなの責任なんだからさ。とにかく、大会で優勝して、死ぬほど飯食ってやろうぜ。』


拳を振り上げるエルダと、模倣するポーラ。


ヘレナ『そうそう、その大会の事なんだけど。』


エルダ『なんだ、やっぱりお金以外にも問題があるのか?』


シンシア『お金の問題ってほど大きくはないけど、その大会のルールが変更されてるらしいわ。』


エルダ『ルールが変更?』


ポーラ『うん。魔法の使用が可能なんだって。』


エルダ『ん?じゃあ、シンシアも出場できるって事か。』


ヘレナ『それもそうなんだけど、魔法使いって倒すとなったらけっこう大変よ。』


エルダ『そうか?魔法使う前に叩いちゃえば楽勝じゃん。』


ヘレナ『魔法剣士って知ってる?魔法にも剣術にも優れたエリート戦士。』


エルダ『ん~、親父に聞いた事があったな。確かにそんな奴がいたら厄介かもな。』


シンシア『いたら、じゃなくて、いるのよ。』


エルダ『そんなに沢山いるのか?』


シンシア『大会の出場選手登録の時に、戦士と魔法師と魔法剣士と、それぞれ別に登録しなきゃならないみたい。』


ヘレナ『けっこういたわよね~、魔法剣士の所に並んでる奴。』


エルダ『で、へレナのチェックとしてはどうだ?』


ヘレナ『そうねぇ・・・あんまり良い男はいなかったわ。』


ポーラ『そんなところ見てるから、間違えて出場登録しそうになっちゃうんだよ。』


ヘレナ『もぅ、黙っててくれても良いじゃない。』


ポーラとヘレナのやりとりを横で聞いたエルダは笑っただけで深入りするのを避けた。


エルダ『それで、俺はどうしたんだ?』


シンシア『エルダは戦士で登録したわ。ポーラも戦士なのよね・・・。武器使わないけど。』


ポーラ『拳闘士ってなかった。』


エルダ『シンシアも登録したのか?』


シンシア『一応ね。登録料は無料だし、せっかくだから戦ってみないと。』


4人の会話は続いているが、腹の虫を鳴き止ませる事は出来ない。

そして、エルダだけではなくポーラの腹の虫も鳴き出した。


ポーラ『ご飯食べれるかな?』


不安になるポーラ。

だが、その不安を取り除くには、実際に目の前に料理が並べられるまで待つしかない。


エルダ『絶対優勝しなくっちゃな。』


ポーラ『うん。』


実は優勝という二文字よりも、食事という二文字のほうが輝いている二人だった。

結局、夕食は食べられず、空腹のまま朝を迎える事となった。


翌朝。

最悪の目覚め。

二つしかないベッドに4人が寝ているのだ。

当然、ゆっくり寝たい者は、寝相の悪い者を敬遠する。

その結果、ポーラとエルダは同じベッドで寝ていたのだが、ベッドから落ちたり、掛布を取り合ったり、ピッタリとくっつき過ぎて汗でベトベトになったり、とにかく朝になる前から最悪だった。


エルダ『う~・・・。腹減って何もやる気がしない。』


ヘレナ『普段から、朝起きて何かした事あるの?』


エルダ『ない。』


女らしさとは無縁のエルダは、朝食を作る母親の手伝いなどした事が無い。

朝起きてする事といえば、父親と剣の稽古であったのだ。

ポーラも同じなのだが。


ポーラ『朝ご飯は食べられるよね?』


ヘレナ『ちゃんと約束してるし・・・持って来てくれる筈だけど・・・ちょっと不安ね。』


シンシア『私達の起きるのが早過ぎたんじゃないのかしら?』


ベッドに座ったまま、窓の外の景色を眺めるヘレナが答えた。


ヘレナ『まだ、外を歩く人は少ないし、確かに早過ぎたかもね。』


エルダ『・・・もう一眠りするかな。』


寝不足気味のエルダは再びベッドに戻り、仰向けで大の字になる。


ポーラ『ご飯なくなっても私知らないよ。』


そう言われ、慌てて飛び起きるエルダ。

飯が食べられないなんてたまったものではないのだ。


エルダ『油断も隙もねぇな・・・。』


ヘレナ『それはお互い様でしょ。』


ポーラ『お互い様。』


と、その時ドアがノック音が狭い部屋に響いた。

シンシアが対応のためにドアを開く。


シンシア『あら、マスターさんですね。おはようございます。』


宿屋の主人『やぁ、おはよう。』


シンシア『どうしたんです?こんなに朝早く。』


宿屋の主人『いや~、実はね、昨日の夕食の事なんだが、作る量を間違えちまってね。意地悪するつもりは無かったんだが、忙しいこともあって忘れちまって。』


申し訳なさそうな口調の主人に、エルダが苦情を言う。


エルダ『おかげさまで腹減って死にそうだ。』


宿屋の主人『ん?昨日寝たまま来た人じゃないか。もう元気になったのかい?』


ドアの向こう側から、シンシアの肩越しに部屋を覗いている宿屋の主人に歩み寄りながら返事をする。


エルダ『疲れてただけだったんでね。』


シンシアの隣に立って、主人の顔を見ようと視線を動かす途中で、エルダは心が踊るものを発見した。


エルダ『おっ、これは朝食かぃ?』


宿屋の主人『あぁ、昨日のお詫びも兼ねて多めにしておいたんだ。』


それを聞いたエルダは、満面の笑みを浮かべた。


エルダ『おぉ!気が効くじゃん。』


嬉しさのあまり宿屋の主人の肩を何度か叩いたが、これは少し強過ぎた。

痛いとは言わなかったが、宿屋の主人の笑顔のどこかに、苦味がある。


シンシア『本当によろしいんですか。』


宿屋の主人『あぁ、かまわんよ。』


返事をしながら、宿屋の主人は料理の盛られた皿を部屋のテーブルに並べる。

小さなテーブルだったので、全ての皿を乗せることは出来なかった。

乗せられなかった皿は、エルダが直接受け取って、自分の物だと言わんばかりに、大切に持っている。

料理の受け渡しが終わると、宿屋の主人が話かけてきた。


宿屋の主人『あんた達はこの大会はじめてだろ?前回といろいろ変更されてる事もあるし、ちょっと説明しようか?』


ヘレナ『魔法の使用可能とかなら知ってますが。』


宿屋の主人『いや、戦う事のほうじゃなくて、その後のことだよ。』


ヘレナ『後のこと・・・ですか?』


宿屋の主人『そうさ、あんた達もし勝ちつづけた場合、宿代はどうするつもりだったね?』


現在の所持金はゼロ。

大会の規模すら知らなかったエルダ達は、それほど長く滞在するとは思っていなかったので、出発当時の所持金でどうにかする予定だっのだ。

今は、その予定すら実行できないので、再び無理なお願いをするしかないのだ。


シンシア『その事なんですけど・・・。』


と、とてもじゃないがはっきりとは言いにくい。


宿屋の主人『勝ちさえすればバイトする必要がないんだ。』


ヘレナ『どういうことですか?』


宿屋の主人『やっぱり知らなかったね。大会登録会場に張り紙が有ったはずなんだが・・・、初めてじゃ仕方ないか。』


エルダ『なんだよ、ヘレナは何か見逃してるのか?』


見逃している。と言う意味では、ポーラもシンシアも見逃しているのだが。


宿屋の主人『まぁまぁ、今から説明するからちゃんと聞いてくれよ。』


その宿屋の主人の説明によると、前回の大会で予想以上の参加者が集まり、大会日程が大幅に遅れた結果、宿代を払えず大会途中で棄権しなければならなくなった者が続出したらしい。

更には、大会の優勝者を当てる、トトカルチョのようなものもあり、参加者の途中棄権などで大幅に混乱した。

そのため、今回の大会より、大会参加者は試合に勝つごとに宿代のフリーパス券が配られることになったのだ。

このフリーパス券は、大会開催期間中のみ有効な券で、アルタードの町の宿屋ならどこでも使用可能になっている。

ただし、VIPルームやスイートルームなどは借りられないが、一般の宿泊客用であれば問題ない。


エルダ『そっか、勝てば良いんだな。』


宿屋の主人『そう言うことさ。ところで、誰が参加するんだい?』


宿屋の主人の見た感じでは、大会に参加しそうな者は、四人の中で一人しか考えられない。


エルダ『俺と、そっちの二人さ。』


宿屋の主人『へっ!?こっちのちっこいのまで参加するのかい?』


ちっこいのとは、ポーラのことである。大人しそうな女性が参加するのも驚きだが、子供が参加するとは想像も出来ない。


エルダ『ところでよ、3人が3人とも勝ち進んで、券が3枚になった場合はどうなるんだ?』


宿屋の主人『余った券を大会本部に持っていけば、通常の宿代の半額もらえる事になってる。半額とはいえ、ただで貰った物だからな。金になるだけマシだろ。』


質問した張本人のくせに、並べられた料理を我慢し切れず勝手に食べ始めたエルダとポーラ。

宿屋の主人との会話はヘレナが相手にすることになった。


ヘレナ『トトカルチョってなんです?』


少し普段とは喋り方が違うヘレナだが、女性が男性相手に話す時は変わるものである。

変わらないエルダが珍しいと言っても過言では無いだろう。


宿屋の主人『決勝トーナメントに出場する選手たちの中で、誰が優勝するか当てるギャンブルだよ。今までの最高額は、大会の優勝賞金の軽く5倍以上あるな。まぁ、そんな事は今までに一度しかないけどな。』


ヘレナ『5倍以上って言うと、50万リア・・・凄い額ですね。』


宿屋の主人『ん?何年前の話しだい?』


ヘレナ『えっ、何年前?』


宿屋の主人『優勝賞金が10万リアだったのは10年以上前の大会だが?』


ヘレナ『えっ、だって、私が見た紙には優勝賞金10万リアって・・・。』


そう答えつつ、リュックの中からその紙を取り出すと、宿屋の主人に渡す。


宿屋の主人『古い紙だな・・・。これは12年前のやつだな。』


ヘレナ『ほ、本当ですか!?』


宿屋の主人『あぁ、間違いないよ。3年前の大会までは私も大会実行委員の一人だったからね、参加者募集の紙も作ったし、良く覚えてるよ。』


その答えに、ヘレナは背中に鋭い視線を感じた。

振り返るまでもなく、その視線の主は誰だかわかる。


エルダ『・・・後でお仕置きな。』


ヘレナ『え゛、ちょっと見間違えただけじゃないのよ。』


エルダ『もしも今日が大会開催日じゃなかったらどうするつもりだったんだよ!』


ヘレナ『そ、それは・・・。』


エルダ『・・・お仕置き決定。』


そして、ヘレナはなにも言い返せなかった。


宿屋の主人が彼女達の部屋から出ていった後、すでに食べ始めてる二人に参加して、シンシアとヘレナも食べ始める。

大盛りと言うほどではなかったが、5人分ほどの量は有った。

当然と言うか、案の定だったのか、あまりの一人分の量は二人が0.5人分に分担して食べている。

なお、ヘレナへのお仕置きは、ポーラとエルダによる、くすぐりの刑である。

シンシアが一人でお皿を片付けている時に、横ではヘレナをベッドに押し倒して、脇の下や足の裏をくすぐっていた。


刑の執行も終わり、宿屋の外を歩く人数が増えていて、その姿は様々だが、ほとんどの者が剣を持っている。

純粋に魔法だけで大会に参加する者は少なそうだ。

出発前、用の無いリュックをどうするか悩んでいたが、宿屋の主人が預かってくれると言うのでその言葉に甘え、4人は宿屋を出て大会会場に向かった。

会場までの道を全く知らないエルダはへレナの後に付いて歩くが、行き交う人が多くなると、はぐれそうになってしまう。

初めての知らない町だったが、のんびり観光気分では歩けそうもなかった。

宿屋から歩くこと15分ほど。更に多くの人が集中した大会会場に到着した。

前日のシンシアの言った通り、広い会場の一段高い壇上で今大会の説明が行われる。

エルダは生欠伸で説明を右から左に聞き流し、背の低いポーラは、説明をしている人の姿が見えず、ヘレナは参加者ではない為、会場の外でぼ~っとしている。まともに聞いていたのはシンシアだけである。


2時間以上の長い説明も終わり、決勝トーナメント出場を目指しての予選試合が午後から開始しされる。

予選試合の会場は、現在エルダ達がいる場所とは違う場所で行われるので、再び移動しなければならない。

ちなみに、優勝賞金は100万リア。準優勝でも50万リアという、とてつもない額になっている。

とてつもない額だという感覚は、お金をほとんど使わない生活をしていたエルダ達に限るのかもしれないが。


会場の外で待ちくたびれたヘレナがエルダ達と合流する。

本当なら軽い昼食をしても良いのだが、1リアもないので、近くの公園のベンチに座って時間を潰す事にした。


エルダ『あ~ぁ、試合が始まるまで退屈だな~。』


ポーラ『退屈~。』


退屈の虫を二人で爪弾きにしながら、時間が過ぎるのを待つ。

シンシアもヘレナも、さすがに暇を持て余している。


シンシア『お花の世話でもしてたら、すぐに時間なんて過ぎちゃうのに・・・。』


ヘレナ『公園の花でも眺める?』


ヘレナにそう言われ、シンシアは公園を散歩し始める。

しかし、大会初日のせいか、公園に人は多く、真っ直ぐ歩くことさえままならない。

1周するどころか、半周する前にもとの場所に戻されてしまう。


シンシア『本当に暇ね。』


結局眺めることも出来なかったシンシアがへレナの横に座る。

澄みきった青空。

濁流の如く、四人の目の前を流れる人ごみ。

照りつける太陽で、動かないのに汗がにじみ出る。

こう言う時に限って、時間というのはゆっくり進むのだった。



午後。

退屈の虫も裸足で逃げ出すような賑わいの予選会場。

今大会の参加者は前回の3倍を越える1000人以上で、予選ブロックが16ヶ所に分けられた。

今日1日で1000人が500人になるまで試合は続けられるらしい。

入場するさいに、参加選手だけが受け取った小さなプレートを見る。


エルダ『二人ともブロックはどこだ?』


シンシア『私はNブロックよ。』


ポーラ『Hブロック。エルダは?』


エルダ『俺はAブロック。どうやら、決勝トーナメントまで当る事はなさそうだな。』


ヘレナ『決勝トーナメントねぇ・・・これだけ人数が多いと勝ち残れるのかしら。』


エルダ『勝たなきゃみんな餓死するだけだぜ。』


ヘレナ『・・・頑張ってネ。』


シンシア『Aブロックって言うと、すぐに始まるんじゃないかしら?』


大会説明会での話をちゃんと聞いていたシンシアは、Aブロックから順番に始まる事を知っている。


エルダ『そっか・・・じゃあ、俺は先に行ってるぜ。』


ヘレナ『応援に行くから、いきなり負けるんじゃないわよ。』


エルダ『わかってるよっ、じゃあな!』


そう言って足早に3人のそばから離れていった。

参加選手は特定のブロックには入れるが、観戦者および、参加選手でもそのブロックに応援のためだけに入ることは禁じられている。

小さなプレートに書きこまれたアルファベットが違っても、当然ダメである。

今回の参加人数が多いためにとられた処置で、前回はそんな事はなかった。

では、どうやって応援するのかと言うと、選手の控え室の反対側に観覧席があり、その間に挟まれるように武舞台がある。



武舞台のことをここでは闘技台としているが、まぁ、あんまり気にしないで頂きたい。


と、言うことで、エルダと別れた3人は、ポーラとシンシアの試合がまだ始まらないので、Aブロックの試合を観戦することにした。

すでに超満員の観覧席。

席と言っても椅子は設置されておらず、前の方に行かなければ、ヘレナはともかく、ポーラは全く見えない。

シンシアも背伸びをしてかろうじて見える程度だ。

どうにかして人を掻き分け、前に進み、最前列に到着する。

だが、本当の問題はここからだった。

闘技台は一つだけではなく、複数設置されている。

どの闘技台でエルダが試合をするのか全くわからないのである。


ポーラ『ねぇ、エルダはどこ?』


ヘレナ『さ、さぁ・・・どこかしらね。』


3人がエルダの登場を待つ中、周りの観客達がいきなり騒ぎ始めた。

鼓膜が破れそうな勢いで、歓声というよりも、悲鳴のようであった。


シンシア『な、なによこれ!?』


ヘレナ『知らないわよ!一体なんなの!?』


ポーラの声は観客達の叫び声でかき消されてしまい、二人の耳には届かない。

完全に両耳を塞ぐ3人に、たまたま近くにいた男か不思議そうな顔をしながら肩を叩いてきた。


観客A『あんた達は、はじめてかい?』


肩をたたかれた事によって振りかえったヘレナが、かろうじてその音を耳に拾った。


ヘレナ『そうですけど?』


返事をした後、少しずつだが、周りで騒ぐ者達の声が小さくなる。

これで多少は普通の会話が出来そうだ。


観客A『あそこに立ってるコール・デュオンってやつなんだが、前回の準優勝者なんだ。』


その男が指で示した闘技台の上には木の棒を持った男が立っていて、相手が闘技台に登って来るのを待っているようだった。


ポーラ『へ~、準優勝者。』


いつも通りに、ただ、同じ言葉を繰り返した。


観客A『驚かないのかい?滅多に見れるもんじゃないんだぜ。』


ポーラ『なんで驚かなきゃならないの?』


観客A『・・・あんた達なにしにここに来てるんだよ?試合が見たいんじゃないのか?』


ヘレナ『試合が見たいのは確かなんですけどね・・・。』


観客A『ん?誰か知り合いが選手登録してるのか?』


シンシア『知り合いもそうなんですけど、私も登録してます。』


その男の目からという限定した視点をとらなくとも、大半の人なら、シンシアを見て選手だとは思わないだろう。

大人しそうで、線が細くて、おっとり感たっぷりである。エプロンが無いのが不思議なくらいだ。


観客A『・・・ひょっとして、魔法使いか?』


シンシア『そうですけど。』


それを聞くと、男は嬉しそうに笑顔を向けた。


観客A『いや~、俺さ。田舎から3ヶ月かけてここに来たんだけど、魔法ってやつを見た事がなくてね、今回から魔法の使用が許可されただろ。早く見たくてしょうがないんだ。』


そう答えてる間にも、コール・デュオンとかいう、前回の準優勝者の試合が始まった。

再び沸き起こる歓声。

しかし、勝負は一瞬だった。観客達は長く試合が見たかったのだろう。今度は歓声ではなく、対戦相手だった男を罵声している。


ポーラ『なかなか凄いね。』


観客A『確かにやつは凄い。だが、今回は魔法があるからな。番狂わせも有り得るさ。』


この男は、そうとう魔法の力を過信しているらしい。

わざわざ説明してあげるほどの義理もないので、その事についてはなにも言わなかった。


ヘレナ『そう言えば、試合のルールって知らないんだけど。』


ポーラ『・・・忘れた。』


シンシア『えっと・・・ね、確か、薄い板みたいなものを胸と右肩に付けて、相手のその二つを先に壊したほうが勝ちだったわ。』


観客A『そうそう、決勝に進出しないと、普通の試合は出来ないのさ。』


ポーラ『ふ~ん。』


周りにいた観客達が少しずつ減り始めた。

どうやら彼等のお目当てはコール・デュオンだったらしい。

それでも、試合中の者を励ます声や、応援する声。ボーイフレンドが出ているのか、一生懸命に応援する黄色い声も聞こえた。

闘技台で戦う選手達にも、わずかながら女性の姿がある。


ポーラ『あっ、エルダだ!』


その声に反応して、慌てて姿を探すと、板を身に付けたエルダが闘技台にあがって来るところだった。


観客A『ほぅ、アレがあんた達の仲間か、なかなかいい身体してるじゃないか。』


無論、体付き、筋肉のバランスの事を指して言っているのだが、ヘレナは勘違いをした。

特に強調している訳では無いが、エルダは胸が大きいのである。


ヘレナ『あんまり変な言い方しないでもらえるかしら。』


観客A『なにがだ?強そうな身体じゃないか。』


ヘレナ『あ、あぁ、そう言う意味ね。』


男のほうも、何を勘違いしたのか気がついた。


観客A『俺は若く見えるが、これでも子持ちなんだぜ。』


と言って笑った。ヘレナは自分が少し恥ずかしくて、頬を染めて笑い返した。


ポーラ『相手の人が現れないね。』


闘技台を眺めて5分が経過している。


シンシア『そうね、ちょっと遅いわ。』


エルダは闘技台の上に立って、右手に持つ棒で右肩を何度も叩いている。

大会の委員らしき男が慌てているようだが、相手はなかなか現れない。


ヘレナ『相手が来ない場合はどうなるの?』


観客A『不戦勝だろ。』


ポーラ『ちょっとつまんないけど、ラッキーで良いんじゃない?』


シンシア『まぁ、もうちょっと様子見ましょ。』


三人三様の面持ちで、闘技台を見つめている。

あまりにも真剣な様相に、話しかけた男は、その三人を見ていた。


シンシア『委員が出てきたわね・・・エルダと何を話してるのかしら。』


疑問を口にしたシンシアだったが、ポーラはもっと積極的な行動に出る。


ポーラ『エルダ~!どうしたの~?』


と、観覧席から大声で闘技台の上のエルダに話しかける。

気が付いたエルダは、大会委員の男との会話を終わらせると、ポーラのいるところまで駆け寄って来た。


エルダ『なんかさ~、相手の奴が見つかったらしいんだけど、トイレにいるらしくてさ。』


ポーラ『で、不戦勝になったの?』


エルダ『いや、相手の奴が絶対行くから待っててくれって言ってるらしいんだよ。』


観客A『待てないって言えば不戦勝だろう?』


突然知らない男から話しかけられたが、無視はしない。


エルダ『そんなのつまんないじゃんか。せっかく試合しに来てるんだから戦わなきゃ損だぜ。・・・って、あんた誰だ?』


観客A『たんなる観戦者さ。魔法を見たくてね、田舎から出てきたんだ。』


エルダ『ふ~ん。ひょっとして金持ちかぃ?』


観客A『そんなふうに見えるか?』


エルダ『見えないけどさ、大会にも出場しないで、ただ眺めてるだけなんだろ。よっぽど暇人か、金持ちじゃなきゃ無理じゃないか。』


大会はまだ予選が始まったばかりである、その大会を最初から最後まで見つづけるにはそれなりにお金が必要なのは当然であって、特に感が鋭い人ではなくても、少し考えれば気が付きそうなことである。


観客A『暇人は参ったな。まぁ、主目的は別にあるんだ。』


エルダ『別の目的?』


どうしても聞きたい話ではなかったが、相手が来ない以上、暇なのはしかたがない。その暇を潰すのに丁度良いと思ったのか、エルダは話しにのっている。


観客A『これでも商人でね、大会出場者や他の町からやってくる冒険者相手にいろんな道具を売っているんだ。もし良かったら今度見に来るかい?決勝トーナメントに出場する所まで進めば、そこからは自分の持っている剣で戦うからな。相手より良い剣を持つ事だって勝つ条件に必要だと思うぜ。』


エルダ『剣なら一応持ってるぜ。でもあれだな・・・なにか変わった物があるんなら、見に行っても・・・。』


続けられる筈だった言葉は途中で途切れた。

大会委員がエルダに話しかけて来たのだ。


委員『あ、エルダ選手。ポール選手が来たので、闘技台の上にどうぞ。』


エルダ『やっと来たか。』


ヘレナ『頑張ってね!』


エルダ『おう!』


元気な返事を一つ残して、エルダは闘技台に向かって歩いていった。

今度は逆に、相手が闘技台の上で待っている。

自分の正面に立った女性に待たせたお詫びと自己紹介をし、エルダもそれに応える。


エルダ『しっかし、本当に戦えるのかよ。』


エルダの目の前に立つ相手の男は、戦う前から汗を流していて、陽気のせいとは思えないほどびっしょりに濡れている。


ポール『だ、大丈夫です。』


と、答えたが、どう見ても大丈夫じゃない。


エルダ『・・・戦うからには手加減なんてしないぜ。』


ポール『もちろんです。』


ゆっくりと構え、予選試合用の細長い棒を両手でしっかりと握っているポールは、それだけでも苦しそうだ。

なぜ、そこまでして必死なのかエルダにはわからないが、もしも同じように体調の不調がエルダにあっとしても、エルダは彼と同じ事を言うだろう事に気がついた。

敬意というほどの大袈裟な物は無いが、エルダは絶対に手を抜かない事を心に誓った。

それが、本気で戦う者の、本気で戦いをする相手への敬意であるのかもしれない。



試合は委員の合図によって始められた。

観戦の立場にあるポーラ、シンシア、ヘレナの3人は、応援する事を忘れて見守っている。

闘技台の上で先制の攻撃を仕掛けたのは、意外にもポールであった。

エルダもすぐに攻撃を仕掛けようとして一瞬遅れたのである。これは秒単位以下の非常に短い時間のやり取りで決まってしまうのであって、エルダがわざと先制を許したのでは無い。

ポールは的確にエルダの身に付けた板を狙って棒を振り降ろす。この板さえ壊してしまえば、試合はすぐに終わるのである。言うだけなら簡単だが。

エルダのほうでも、簡単に破壊される訳にはいかない。強い奴と戦えるのは心踊るものがあるが、負けるのは悔しいのだ。

棒を両手で持ち、その一撃を受けとめると、相手に大きな隙ができた。その好機を逃がすことなく、木の棒を巧みに操って相手の板を突いた。

強く胸の板を突いた為、ポールは後に大きく姿勢を崩し、胸を反らしてしまう。姿勢を立て直そうとしつつ、再び迫って来るエルダの攻撃に対処しようとしたが、受け止めたはずの木の棒が真ん中から折れ、そのまま右肩の板までも破壊された。

勝負はあっという間に決したのである。

勝ったのを見た3人が喜ぶのとは裏腹に、闘技台の上のエルダは不機嫌だった。


エルダ『お前、最初の一撃で力が尽きてただろ。』


ポール『・・・ばれちゃいましたか。』


エルダ『勝っても何も嬉しく無いぞ。』


ポール『すみません・・・。』


エルダ『そこまで不調な身体をおして出場する意味があるのか?』


ポール『僕はいつもこうなんです。緊張すると身体がおかしくなって・・・。』


そう答えてる今も汗を流し、苦しそうである。


エルダ『緊張しているワリには、先制を奪って攻撃して来たじゃないか。』


ポール『これでも、一応、修業してましたから。』


会話を続ける二人に大会委員の男が近寄ってきた。次の試合を始めたいので早く闘技台から降りて欲しいようだ。

ポールは自力で闘技台から降りようとしたのだが、途中のわずかにある階段を踏み外して落ちてしまった。


エルダ『おぃおぃ、大丈夫かよ、本当に。』


ポール『これでも一応戦士ですからね。今までも一人でしたし、これからも頑張らなきゃならないので、こんな事で根を上げるわけにはいきません。』


それは自分自身に対して言って言葉だったのかもしれない。特に、”一人で”と言うところがそうなのであろう。

試合の勝利者として、宿屋のフリーパス券を委員の男から受け取ったエルダが、その言葉が妙に気になって訊ねてみる。


エルダ『一人ってなんだよ?』


ポール『・・・僕には両親がいません。父親代わりだった剣術の師匠は僕の目の前で殺されました。』


どうにか立ちあがったポールは近くの壁に背中をあずけると、そのまま座り込んでしまう。

エルダはすぐに反応できなかった。今までに一度も聞いた事の無い話に、なんと答えれば良いのか判断できなかったのだ。


ポール『僕の勝手な事情で、貴女には関係無いことですけどね。』


エルダ『そうかもな。俺にはちゃんと両親がいるし、剣術を教えてくれたのは父親だから。』


ポール『そうなんですか、良いですね、両親がいるって。』


そう答えるポールの瞳は悲しい。

腹痛は今だおさまらず、汗はとどまる事を知らない。


エルダ『なんか、いろんな意味で辛そうだな。』


そう言われて、苦い笑いを作るのが精一杯のポールだった。


エルダ『でも、戦士だから宿屋まで自力で帰れるだろ?』


ポール『・・・試合も終わったし、しばらくこのままでいれば治りますよ。緊張する理由も無いですから。』


エルダ『それならいいけど・・・宿屋に戻ったほうが落ちつくぞ。』


その後、たっぷり時間をあけてからポールがつぶやいた。


ポール『・・・ないんです。』


エルダ『ん?』


ポール『この町に来たのは、大会に出場する為じゃなくて偶然だったんです。大会の事を知ったのは昨日でしたし、試合に勝てば飯が食べられると思って・・・。』


境遇はエルダと全く異なるが、出場した理由は酷似している。

はっきり言えば金が無いのだ。


エルダ『昨日の夜はどうしたんだよ。』


ポール『昨日は公園のベンチで寝ました。』


エルダ『・・・1リアも無いのか?』


ポール『はずかしながら・・・。』


苦味の含んだ照れ笑いを見るのは珍しいことだったが、そんな事に注目はしない。


エルダ『明日からどうするんだよ。』


ポール『わかりません。ですが、なんとかしますよ。今までだって大金を持ったことは無いですし、雑草に見えるような物だって食べれば意外と美味しいんです。』


後半は完全に論点がずれている。だが、この男は不運の中でも必死に生きているということがわかる。苦労という生きた見本のような男だ。


ポール『・・・最悪、剣を売れば少しの金にはなるでしょう。』


苦労しているのはわかったが、エルダは気に入らなかったようだ。


エルダ『お前は自分を戦士だと言うんだろ!?その戦士が剣を売っちまったらたんなるそこら辺の男とかわらないじゃないか!』


ポールは叱られているのだが、不快では無い。叱られるのが好きと言う訳ではなく、本気で心配してくれる女性が本気で叱っているのだ。不快になる理由が無い。

エルダは少し躊躇ったものの、大会委員から受け取ったフリーパス券をポールの目の前に差し出す。


ポール『・・・これは?』


エルダ『見てわからないか?』


ポール『わかりますけど・・・。』


上手く説明も出来ないので、エルダはポールの手を掴み、むりやり広げると券を押し込んで握らせた。


ポール『良いんですか!?』


エルダ『餓死しそうな奴を目の前にして放って置けないだろ。それを煮るなり焼くなり好きにしていいから、なんか食えよ。』


そう言って、相手の返事を待たずに背を向ける。


エルダ『俺、一生懸命生きてる奴って好きだぜ・・・。じゃあな!』


後向きのまま、相手に何も言わせず、その場から立ち去った。

この時エルダの言った”好き”とは”love”ではなく”like”であるのは言うまでも無いだろう。

ポールは遠ざかるエルダの背中に向かって、心の底から礼をした。『ありがとう。』とつぶやきながら・・・。



再び合流した4人。

勝った事を喜んでいたはずだったのだが・・・。


ヘレナ『で、相手の男にあげちゃったの!?』


先ほどの事を説明した後のヘレナの怒声である。


エルダ『まぁ、仕方がないじゃないか、金が無いって言うしさ。』


ヘレナ『あんたバッカじゃないの!?私達だってお金が無いのヨ!』


エルダ『試合に負けた訳じゃないんだし、ポーラかシンシアが勝てば済む事じゃ無いか。』


ヘレナ『それはそうだけどね、負けたらどうするのよ!?』


エルダ『大丈夫だって、ポーラが絶対勝ってくれるさ。』


ポーラ『試合は最後までわからない。』


エルダ『おぃおぃ、そんな事言うなよ。』


ヘレナ『ひょっとして・・・。』


ヘレナが妙な視線でエルダを見つめる。


エルダ『なんだよ、変な目で見るなよ。』


ヘレナ『うふふ。』


エルダ『なんか変なこと考えてないか?それだったら誤解だぞ。』


ヘレナ『あら、あんたにしては反応早いじゃない。もしかして本気?』


ヘレナは笑っていると言うより、にやけている。


エルダ『しまいにゃ怒るぞ。』


ヘレナ『うふふ。』


にやけ度が増した。


エルダ『良く考えて見たらヘレナに怒られる理由は無いぞ。試合に出場してるのは俺達なんだからな。しかも負けて言われるのならわかるけど、俺は勝ったんだぞ、少しは褒めろよな。』


エルダに言われて、ヘレナは急に態度が変わった。

どこか寂しげである。


ヘレナ『私だって戦う力があったら出場してるわよ・・・。でも、エルダみたいに強くないし、シンシアみたいな攻撃魔法は使えないし、ポーラのような鍛え方もしてないし・・・。回復魔法しか使えない私はこんな時みんなの迷惑になっちゃうんじゃないかって思うのよ。』


言いながらも、瞳にうっすらと涙を浮かべる。


エルダ『迷惑な訳ないだろ。ヘレナだって・・・って、嘘泣きだな!?』


ヘレナ『な~んだ、最近、感が鋭くなったわね。』


と、浮かべた涙もすぐに消える。


エルダ『簡単に騙されてたまるか!』


ヘレナ『へへ~んだ。いつも騙されてたくせに。』


そう言って舌をちょろっと出す。


エルダ『何度も通用するほどバカじゃないぜ。』


楽しそうに口喧嘩する二人を見ていたシンシアは小さなため息をついた。


シンシア『しばらくは、このドタバタも続くのね。』


でも、それは日常の事であり、なんらかわらない毎日を送っている証明にもなりそうだ。


ポーラ『続くのね。』


繰り返した言葉はエルダとヘレナには聞こえず、周りの人に注目されそうになる二人をポーラとシンシアは無言で見ていた。

その二人の予選試合までは、まだ数時間の間があった。






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