第1話 4人の少女
人口120人程度の農村にある小さな図書館の裏。
そこには一軒の小屋と、ネコの額ほどの庭。
その庭で、一人の女性が鼻歌混じりに美しく咲き乱れた花に水をあげている。
眩しい陽射しに照らされ、花がよりいっそうの輝きをみせると、満足の笑顔だ。
*『シンシアはいつもニコニコしてるね。花ってそんなに良いの?』
突然、横から話しかけられたが驚く様子もなく答える。
シンシア『花は良いわよ。心が洗われるわ。エルダも遊びに来たついでに手伝ってね。』
エルダ『別に手伝うのは良いんだけどねぇ・・・。』
シンシア『どうしたの?』
エルダ『何か食べられる物を育てないの?』
シンシア『あら、以前エルダにあげたあの種はどうしたの?』
エルダ『・・・枯れちゃった。』
シンシア『可哀想に・・・。』
エルダは、花を育てるよりも剣術の修業に熱心で、水をあげる暇が無かったのだと
言い訳をしつつも、手伝いで井戸から水を汲んでいる。
水をあげるぐらいたいした時間はかから無いと、シンシアは思うのだが、実際は忘れていただけである。
無論、忘れていたなどとは言わなかったが、シンシアには、ほかに理由が無いだろうと思っている。
エルダ『それよりさ、今日はみんな来るんだ。ついに実行日が決まったぜ。』
シンシア『それで、いつも一番遅いエルダが一番早く来たのね。』
エルダ『もう、ワクワクしっぱなしだよ。』
エルダが満面の笑顔を見せると、シンシアにも笑顔がこぼれる。
見ている方向と、笑顔の理由はそれぞれ違うのだが。
花に水をあげる作業を終え、道具を片付けている時に、もう一人女性がやって来た。
エルダ『ヘレナ、遅かったじゃないか。』
ヘレナ『あんたが早過ぎるのよ。これでも集合の時刻よりも10分は早く来てるんだからね。』
シンシア『エルダがね、決まったって。』
ヘレナ『あ~、納得。それで早いのね。いつもは遅れてみんなを困らせるくせに。』
エルダは言い返せない。それが事実だからである。
集まった3人は、小屋に入り、残るもう一人を待つ事にした。
その待っているだけの時間も、待ち慣れていないエルダはすぐに飽きている。
エルダ『ポーラのやつぅ・・・なんで今日に限って遅いんだ?』
ヘレナ『別に、まだ遅くないわよ。エルダには待つ人の気持ちがわかって良いんじゃないかしら?』
エルダ『・・・あんまり、わかりたくない。』
シンシア『じゃあ、必要な道具の確認でもしましょう。忘れてると困るし。』
ヘレナ『そうね。そうしましょ。』
小屋の中にある小さな倉庫から、3人が道具を取り出すと、紙に書かれた一覧表と照らし合わせる。
四つのリュックと4個の水筒。
長期保存の可能な食糧。
ランタンと寝袋とテント。
調理用具に調味料。
シンシアお手製の冒険用の服8着(着替え含む)
エルダ『あの剣は?』
ヘレナ『あっ!持ってくるの忘れちゃった・・・。』
エルダ『自分が持って来るって言ったんだぞ。持ち出すのが大変なら、俺はいつもの自分の剣でも良いけど。』
ヘレナ『ご、ごめん・・・。ちゃんと、当日は持ってくるから。』
エルダ『当日って・・・今夜決行なんだぜ。』
ヘレナ&シンシア『今日なの!?』
エルダ『うん。だって、一番都合が良いだろ?今日は年に一度の豊穣祭だしさ。』
シンシア『そうね。お父さんもおじいちゃんも、夕方には会場に行くって言ってたわ。』
ヘレナ『家もおんなじね。エルダんとこは?』
エルダ『親父が酒好きだからな、もう会場で呑んでるよ。監視役でお袋も出かけたし・・・。』
エルダの父親は酒好きで有名。そして、呑んでいる時は陽気で楽しいのだが、呑み過ぎると荒れる為
監視役が必要なのだ。呑まなければ、普通の良いおじさんである。
ただ、剣術は優れていて、エルダに剣の道を教えて強い女に育てたのだ。
ヘレナ『・・・呑み過ぎないと良いわね。』
シンシア『そうよね。今夜決行なんだから、呑み過ぎた時にとめる人がいなくなっちゃうわ。』
エルダ『酒さえ呑まなきゃ、尊敬しても良いんだけどねぇ・・・。』
ヘレナ『子供の時からファザコンだったものね。エルダは。』
そう言ってヘレナが笑うと、エルダがふてくされる。
エルダ『はぃはぃ、どうせファザコンですよーだぁ。』
シンシア『でも、村では一番強いでしょうね。だから安心して私達が村を出る事が出来るのよ。』
ヘレナ『ポーラのおじさんも強いしね。二人に任せておけば安心よ。』
エルダ『そうだな。』
3人は話題を戻し、必要な道具の確認を再開する。
特に必要だったのはお金である。
だが、これが一番集めるのに苦労していた。
小さな農村では、ほかの町からの旅人が来るようなこともほとんど無く、小さな萬屋が一軒あるだけ。
宿屋すらない。
その萬屋でも、たいした道具は集める事が出来ず、あまり大量に購入しては目的がばれてしまう危険があるのだ。
女だけ4人の旅に賛成してくれる人などいる筈も無く、1年以上かけてこっそりと計画は練られていた。
その計画を立てる為の場所が今3人がいる小屋で、ここはシンシアの親が所有する小屋だった。
5年ほど前から誰も使用していなかったので、シンシアが趣味の花の栽培に利用し始めたのだ。
いまでは、4人の溜り場になっているが。
エルダ『いくら貯まってる?』
シンシア『ひぃ、ふぅ、みぃ・・・。どうにか500リアね。お金なんて使う事無いから、半年前と変わって無いわ。』
ヘレナ『そうよねぇ・・・近くの町に買い物に行ったのも1年ぐらい前だし・・・。』
エルダ『俺は、買い物の時に貰ったおこずかいを使わずに全部持って来たんだけど、100リアだもんな。』
ヘレナ『私達、子供だもんね・・・。』
シンシア『お金を使わずに生活が出来るって素晴らしい事なのに、こんなに困るとは思わなかったわ。』
エルダ『仕方が無いさ、辺鄙な村だもん。剣術大会でもあったら、出場して稼ぐんだけどな。』
ヘレナ『勝てるとは限らないんじゃない?』
エルダ『やってみなくちゃわからないだろ?』
ヘレナ『そりゃ、そうだけどね・・・。』
シンシア『それにしても、これだけじゃ宿屋に一泊して終わりね。この10倍は欲しかったわ・・・。』
3人にため息が漏れる。
そこへ、ノックの音が3人の鼓膜を叩く。慌てて道具を隠そうとするが間に合わずに扉は開かれた。
しかし、そこには見知った顔があり、一同を安心させた。
エルダ『なんだぁ、ポーラか、慌てちゃったじゃないかよっ。』
ポーラ『ん?なんで道具なんか広げてるの?』
ヘレナ『今夜決行なんだって。だから最終確認よ。』
ポーラ『そっかぁ・・・今夜に決まったんだね。』
シンシア『なにか、不都合でもあるのかしら?』
ポーラ『ううん、でもね、明日だったらお金が手に入る予定なんだけど。』
エルダ『本当か!?』
ポーラ『うん。明日は町に出かける予定だから、おこずかいが貰えるの。たった200リアだけど。』
シンシア『明日でかけるの!?じゃあ、今夜はまずいんじゃない?』
エルダ『うう~ん。でも、今夜ぐらいしかチャンスは無いしなぁ・・・。』
今夜の機会を逃がせば、最悪、来年まで待たねば成らないのだ。
さすがに待ちきれない。
ヘレナ『町で鉢合せなんて事になったら困るわね。』
ポーラ『行くところはわかってるから、その場所さえ避ければ大丈夫だと思うよ。』
エルダ『そうだな、市場ぐらいしか行くところは無いもんな。村で採れた野菜を売りに行くぐらいしか用事は無い。』
ポーラ『お金はいくら貯まってるの?』
シンシア『500リアよ。』
ポーラ『500リアかぁ・・・。寂しいね。』
で、やっぱりため息をつくだけの4人である。
余った野菜を町の市場で売り、村の財源としているのだ。
簡単に大金が入るとは思ってはいなかったが、ここまで苦労するとも思っていなかったのだ。
ポーラ『そういえば、来る途中でエルダのおじさんに会ったよ。もう酔ってたみたいだけど。』
エルダ『あの親父・・・。』
ポーラ『なんか、おばさんも呑んでたみたいだけど?』
エルダ『えぇっ!?』
シンシア『あら、珍しいわね。おばさんも呑むのね?』
エルダは、腕を組み、瞳をとじて難しそうな表情をしている。
ヘレナ『どうしたのよ、似合わない表情しちゃって。』
エルダ『お袋は、親父よりも酒乱なんだ・・・。』
ヘレナ&ポーラ&シンシア『えっ!?』
エルダ『滅多に呑まないし、人前でも呑まないんだけど・・・多分、アレだな。親父に無理矢理呑まされたかも。』
シンシア『大変じゃない!急いで会場に行く?』
エルダ『みんな、ごめん。さすがに気に成る・・・。』
エレナ『謝らなくても良いわよ、まだ時間あるし。』
ポーラ『私も一緒に行こうか?』
エルダ『ん・・・必要かも。』
シンシア『じゃあ、一旦お開きにしましょう。お祭りにも一度は顔を出さないとまずいし、会場でランチね。』
エルダ『了解。』
へレナ『私は道具を片付けたら一度家に戻るね。剣もその時に持ってくるわ。』
と言う事で、小屋から二人が飛び出し、残る二人で道具を片付ける。
実を言うと、ヘレナは、みんなが喜ぶであろう面白い情報を手に入れていて
みんなが集まって、おちついたら公表するつもりだった。
そして、そこが最初の旅の目的地となるかもしれなかった。
2003年に書いた昔の作品です。
現時点でどこにも投稿されずに埋もれていたのを発見したので投稿しました。
誤字脱字チェックはしていますが、まだどこか残っているかも。