Act.15――遭難No.1――
――その日。
相変わらず、黙りしている二人を連れて、俺たちはロケ地に急いだ。腫れていた頬はだいぶんとましになっていて、湿布は無しだった。
二人は昨日と同じように出てきた。本来ならば、新羅がホテルに居座ることになっていたので、那智も居なかったのだが、新羅のたった一言
「付いていく」で、有無を言わさない状況になり、暴れない事を条件に連れてきたのだ。
「……なぁ、おい」
「……あの、誰をお呼びで?」
「お前だよ」
振り替えると、相変わらず外方を向いて無表情な市草、そして自分を呼んでいる新羅が居た。
「呼ぶのなら、城島マネージャー、もしくは、城島と呼んで下さいませんか?」
「うるせぇなっ、なんでもいいんだよ」
「私には名前があります」
にっこり笑って、前を向く。相変わらず変わらない彼らの態度に少々鞭も打たねばならない時も近づいているのだろう。
「……城島」
そう、呼んだのは、珍しく市草だった。振り返って微笑むと、彼は眉間に皺を寄せながら言った。
「昨日の女、誰や?」
「……まだ、言ってるんですね? そんなに、気になりますか?」
「あぁ、気になる」
直球だな、おい。
「はいはい、ちゃんと調べましたよ。昨日の彼女の芸名はLina。ASCの秘蔵っ子だそうです。まだ、巷に名前すら出ていないようで、あくまで、秘密にするよう――……と、社長より言われました」
「……秘蔵っ子が何であんな所におるんや。色々おかしいやろ」
「だから、秘蔵っ子って言うんでしょう。秘蔵っ子ってのは神出鬼没なんですよ」
スケジュール帳をたたみ、彼に笑いかけても、彼はまた無表情に窓の外を眺めていた。
自分だなんて言えるか、と言うより、何でそんなに気になってるんだ。
ただ、心の中でため息しか出なかった。
ロケ地に着くと、前回の場所と同様、ざわめきがおこった。まぁ、いろんな意味で。降りたのは俺と市草のみで。那智と新羅は持田さんと一緒に休憩所で過ごすことになり、乗ったまま違う場所に車を止めに行った。
「あー!! 市草君、おかえりー!」
すると、早速こちらに大きく手を振る姿を見た。スーツ姿のスタイルの良い、ダンディーなおじさまとも呼べるその人の正体はすぐにわかった。
「あ、ただいまです、梅崎さん。あ、いや、親父、かな?」
「おいおい、言葉がめちゃくちゃだぜ、市草君よ。たまに早く来たと思えばそれか」
その人は、まぎれもなく今回のドラマ“桜舞う頃”の主人公役を努めている、梅崎 カイだった。俺は、思わず目が点にもなったが、平静を必死に装った。めったに見せない、市草の笑顔は、綺麗だったのだ。彼は、こうやって上のモノに対してはこうなのだろうか?
「……。城島、現地入り何時だって言った?」
「10時だよ」
ってあぁっ、言われた!! 梅崎さんに言われてしまった! 9時半を大幅に回った現在の時刻。昨日と同じ事をしたわけだ。くそ、市草の笑顔なんか見なきゃよかったっ、なんちゅう失敗をっ。昨日のことがすべて水の泡じゃないか! 俺の女装を返せーっ。
「30分前行動を基準にしている、私の癖です。何か間違っていますか? 駄目でしょうか?」
「……っ。とりあえず、着替えてくる。梅崎さん、失礼します」
そう言うと彼は少々怒った様子で走っていった。あーあー……、ばれちゃった。って事は、次の手段を取らねば。
「……君は?」
「あ、あぁ!! 挨拶もなしにすいません。昨日から、彼らSIのマネージャーとなった、城島 空、と申します。よろしくお願いします、梅崎さん」
「へー、あいつを早く来させるなんて、あんたやるな」
彼は今回のために伸ばした無精髭を触りながら言った。
「いえ、私は、あの二人を大きくさせる為ならば全力で力を注ぎ込むので、容赦なんかしません。予定を30分前ずつにするなんて、微々たるモノです」
「あー、じゃぁ悪い事したか?」
「いいえ、潮時だったんで」
「そうか。バレたらバレた時、それなりの対応方法がある、と」
そう言うと、彼はニヤニヤ笑いながら、俺の頭を撫でてくれた。
「頑張れよ、新人!」
「はい!」
大きな大きなその背中は、やっぱりどこか親父に似ているようで、似ていなかった。大きなその背中を見送ってから、後ろからの視線に気付く。
「どうかしましたか、新羅クン」
「……だましてたんだな」
横を見てみると、那智が申し訳なさそうにこちらを見ている。多分、今の話を聞いていたのだろう。
「そうでもやらないで、貴方がたは最初から、遅れないで校門前に居ましたか?」
「てめぇに、俺等のなにがわかるって言うんだよ!」
そう、言われて思うことは最もだと思った。だが、こうとも思った。
「何も知りません」
「ほらっ、知らないんだろうっ? 知らないのに偉そうな口を聞くなっ」
「知らないから、それがどうしたと言うんです。私たちが生きているのは今でしょう。過去をいつまでも引きずっている男なんて、なんて女々しいんでしょう。アイドルが男らしくなくてどうするんですか」
一瞬ひるんだように見えた彼だったが、俺の読みは甘かった。
「俺等は過去を引きずってるんじゃねえよっ、ただ――」
「――復讐? 傷をつけた? 何を、自分、自分の大事なもの? それとも何ですか。誰も信じるに値しない人間だと見切っている、とでも?」
「あぁ、そうだよ! おまえなんか特に!!」
「……そうですか。それならば、一生、私を信じなくてそれでいいです。私は過去を引きずって歩く人間など、成長しないと見切っています。貴方がたとの勝負は、私の負け、と決まりました」
まわりの観客が増えてくる。けど、お構いなしだった。俺も彼も。俺は、少しずつ彼に近づいて彼の目の前に来た。
「はっ! 最初からおまえは負けるだけだったんだ!」
「いいえ。マネージャーにならなければ、勝てていました。貴方がたは、その程度なのです」
「なにぃっ!」
「違うと思うのならば。自分はこのまま頂点へ上り詰める―――……そうとお思いなら、このままどうぞ、貴方の道を進めばいい」
彼を見据えて、瞳をとらえる。俺から外すんじゃない、逃げるな、と訴えかけて。
「ただ、私には、貴方がたが、巣の中に閉じこもっている飛ばない鳥にしか見えません。飛べる翼も、外で生き抜いていく力を持っているのに、何もしないバカと同じです。あなたがたは、ただ容姿と声が美しいだけの引きこもりだ」
「黙れっ!」
彼はまた、手を振り上げた。俺は動かなかった。
「また、殴りますか?」
だが、今回は、彼の手はたたく寸前に止められた。自分で、とめたのである。
「貴方の手は、俺のようなくだらない人間を叩くためのモノですか?」
彼の手を持って、ゆっくり、自分の頬から離していく。自分の頬は、まだ、少し腫れていたのだ。
「貴方の手は、そんな汚いことをするための手ではありません。そんなことに使うんじゃないんです。ファンに届くメロディーを書き、ギターを掻き鳴らすのが貴方の役目なんでしょう」
「……っ」
「俺に構う暇があるんなら、少しでも一生懸命曲を作ってみたらどうなんだっ!」
叫んだ声はいつのまにか、その空間を丸呑みしていた。まわりがしん、としていて、聞こえる音は木々の揺れる音や、風が駆け抜ける自然の音だけだった。
「……私は一度これで。市草クンに私がつきます。那智、彼がどう言おうと彼から離れないでください」
「了解」
持田さんは、木の影からその様子をただじっと見ていた。まわりに集まったギャラリーを余所に、新羅はそこから苛立った様子で立ち去った。
「……ぁ、お騒がせしました。昨日からSIのマネージャーをしている、城島 空、と言います。よろしくお願いします」
45度の角度、そして5秒以上の時間、それを続ける。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
深々と下げた頭と、言葉。それらを見ていなかった、と言わんばかりに、彼らは引いていった。
「空さん、よくやりますね」
持田さんだ、この声は。彼は、俺の頭をポンポンと、叩いた。起きてもいいよ、そういう合図だろう。
「ん、終わった?」
「終わった、終わった」
「俺、OKだった?」
「OK、OK」
思わずヘタリと、座り込んだ。
「呆れてた?」
「んー、いや、結構驚いてらっしゃいましたね、皆様」
「そっか。市草の現場だもんな、そういう言い合いは珍しいだろう」
「何故?」
そう、聞いてきたのは、持田さんではなく、市草だった。見上げた先には、市草が居た。先程とは打って変わって、男らしさがあがっていた。メイクと衣裳のせいだろう。あの、ドラマで見ているあの主人公の息子役なのである。
ただ、顔つきだけが、市草そのものの本性を表わしていた。
「何故、ですか」
立ち上がって、彼の目を見据えたが、彼は最初から俺の目を見ていて、反対に離さなかった。
「貴方だから、という理由は理由になりませんかね?」
「俺だから何やねん」
「そのまんまです。必要以上に喋らないから、君は」
「……俺の何が解るんや、あんたに」
「先程と同じ質問をする程、貴方は馬鹿じゃないはずだが……?」
顔をひそめても、市草は動じずそのまま言葉を続けた。
「馬鹿やねん。人を信じられへんで何が悪いんや」
「悪いなんて言ってないですよ。“おれが負ける”と同時に“貴方がたの実力はその程度で止まる”、と言っただけ」
「それが何や。あいつの感情利用しただけやろ。おまえが勝っても負けてもこっちにとったらどうでもえぇんや。それに、俺達にしたらこの程度で結構やわ」
「あはは、その口もその内そんなことを言ってられなくなるよ。その時、どうしても、俺に手を伸ばさなきゃならなくなる」
笑った俺の顔はどこまで憎らしかっただろうか。きっと、ひどく、歪んだ心の中で、俺を睨んでいるのだろう。だとしても、俺は笑うことをやめずに、相手を見た。
「その、ポーカーフェイスも、その、歪んだ心も。俺の力でどこまでも変わるようにしてやる!! それまで、何もできない自分に指くわえて待ってろ。俺は、絶対、おまえをかえてみせる!! 俺をなめんな」
笑った顔に、酷く自信を持った表情を付け加えて。俺からその場を立ち去ってやった。
「空さん、貴方って結構色々無防備ですね」
「俺が構えててもあいつらは俺に心なんて開いてくれねぇ。あんたと同じ、毎日その人といれば、その人の事がわかるような気がすんだ」
あんたが、俺を女だと見抜いた時のように。彼らの内なる物をいつかは見せてもらえると信じている自分が居るのだから、これまたおかしいモノで。人にできたからと言って自分も出来るわけではないんだけど。
「頑張ってください」
そう言って俺の頭をポンポンと叩く彼は相変わらず崩したその苦笑で、俺を見た。この人が見ているのは俺の奥の自分。だけど、俺の場所は、ここじゃない――
「さて、仕事に戻りましょう! 持田さん、今日の夕方までに二人を見つけてこっちに連れて来て下さいな」
「了解しました」
彼は、サングラスを掛け直して歩きだした。いつのまにか、付いてきていた市草に、振り返り、呼び掛ける。
「さぁ、市草クン、現場に向かいましょう」
「……調子に乗んな」
別に乗っちゃいませんがな。っていうか未だ近付けないこの距離に、戸惑っていると言うのに。本当の心のなかなら。
けど、俺がそんな事をいっていちゃいけないから。
もう、すでに、彼らの売り上げを伸ばすとかそういうのはどうでもよくなっていた。
人として、彼らに近づいてみたい、そう、思う。
「撮影始めまーす!!」
そう言って上げられた声に彼は、向かっていく。貼り付けられたその笑顔は、どうにかして、今の感情そのままの出してやりたいとも思った。だけれども、次の瞬間役の中に入り込んだ彼を見ると何も言えなくなったいた。
「……どこまで付いてくるんだよっ!!」
「んー、どこまでも、かな」
いらつく、本当にイラつく。何だよ、いつまでたってもあいつはヘラヘラ笑って本気を出さない。なんで、何で、自分は勝っているのに悔しい? 別に負けている訳じゃないのに、どこかで負けている気がしてならなくて。
あいつが言ったことは間違っては居なかった。むしろ大当たりで、で、どうすればいいのかそろそろ、混乱状態におちいろうとしていた。きっと、蓮みたいな頭の作りをしていれば、きっと、もっと冷静に居れたんだろう――
「……あのー、一つ聞いてもいいか、新羅」
「なんだよ、チビっ」
「っ……えーっとさぁ、あんたって、ここらへん来た事あるの?」
明らか怒りを押さえました、という顔に、俺は鼻先で笑ったが、言われたことに少々気になりながら、問い返した。
「……何でそんなこと聞くんだよ」
「……ここはどこですか?」
「ここって、別に……」
周りを見渡して唖然、とした。周りには、木々が生い茂り、足元には膝ぐらいまである草花が生い茂っている。確かに、何かがおかしい。
迷った……?
「いや、元来た道戻ればなんとかなるだろ」
「……元来た道とはどれの事何ですかね、お兄さん……」
後ろを振り返っても、前をむいても緑ばかり。そして、どこから来たのか一切わからない状況、つまり。
「マジかよ……」
「うん、迷った」
最悪だ。
『親父、あんたが俺等を置いていったのが悪いんだよ……』
『……っ』
『あんたがっ、あんたが一番悪いんだよっ!!』
親父、すなわちここでの主人公なのだが、この男、あらゆる理由で家庭を省みず、最後には単身赴任という形だが、家族を置いていく事となる。そして、母親が死んでしまうシーン。で、どんどんファイナルに進んでいるのだが、先程から市草が本調子じゃないのか、何度も止められている。
「ダメダメ! 市草君、そこはねー」
この監督も監督で、自分が一番だと思っているものまで、ピッタリ枠にはまらない限り、OKを出さないようだ。
「いつも、こんな感じですか?」
「あぁ、んなもんだぜ、あの監督は。だとしても、今日はちょっと市草君が調子出てないのもある」
「……」
それは俺のせいか、うわぁ……。俺は居ないほうがいいのか、けど現場見たいしなぁ……。
「ぁ、兄ちゃん、携帯光ってんぞ?」
「ぁ、すいません。ちょっと出ますね」
発信者は、持田さんだった。珍しい、どうしたんだろう。
「もしもし、どうかしました? 持田さん」
「申し訳ありません、空さん。見失いました」
「……は? えーっと、今、何と?」
「お二人が、森のなかに遭難してしまったみたいで、見失いました」
「嘘だろぉぉぉっ!!」
嘘も本当もありゃしない。
「くっそ……」
「……本当につながらないし圏外だし……僕らどうなんの……」
携帯の電池ももう少し。
腹減り具合も限界直前。
イライラも頂点へ達してきている
「……ありえないって……なんで、こんな奴と一緒に遭難なんかしなきゃなんないのかな……」
「はぁっ?! 俺だって、おまえと一緒に遭難なんて本当にうんざりだよ、このチビ!」
「はぁーっ?! 元はといえばあんたが、こんな所まで来るから悪いんでしょーが!!」
「付いてくるおまえが悪いんだよ!」
「しょうがないでしょうっ! あんたは、僕達にとって大事なモノなんだからっ!」
スルッと出てきた言葉に、那智は思わず口を押さえた。那智自身、そんな言葉が出てくるとは思わなかったのだ。そう、こうなったのも全て、目の前に居る彼奴のせいであって、憎むべき相手。なのに、咄嗟に出てきた言葉は、まるで空が言うような言葉で、頭の片隅がすでに彼女色に染まり始めているのを知った。
「何が大事なモノだよ……」
「は、はい?」
そんなこんなで、混乱している那智を余所に、彼の中ではふつふつと、怒りのボルテージがあがっていた。急速に。
「おまえらなんかっ、お前等なんか信じれるかっ!」
「ちょ、今のは何ていうか、間違いっていうか――」
「――うるせぇっ!」
払いのけた手は、彼女の体をぶった。彼女はバランスを崩し、彼の体を掴むも、もう、遅かった。
二人の体は、深い谷底へと落ちていった。
二人のえげつない叫び声と、共に。
「うぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
――遭難No.1――終了




