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Act,11―失恋と新しい恋―

差し出された資料には、あまりにも薄くて、あまりにも簡潔だった。


「待って、親父? どういうこと。確かに、私はあんたに言えばなんでも調べてもらえるコトは知ってる。けど、それ以前に怪しかったって事? 誰が調べたの?」

「持田だよ。事務所に入ってもらう前に、素姓はちゃんと洗い出しておくのが普通なんだ」

「それぐらい、わかってるけど……」


彼を疑う二人の心がわからなかった。あと、今日、あれだけ必死になっている彼の様子も。

彼は、何かをおびえている訳でもなかった。むしろ、何か悟って何か大きな山場を迎えるための心構えでも出来ているような感じだった。私に突っかかってきた時も。彼に何があったのかなんて知らない。だけど、彼を疑いたくはなかったし、それ以前に、彼を、信じきっていた。


何を、何が、確信としてあったのかなんてわからないけれど。


突き出された資料には、一枚目には、一言“城嶋空についての資料”とだけ書かれている。持田秘書らしいコメント。私はそれをおそるおそる、開いた。


「あっ……あぁ……」


持田秘書が、私が開けてしまった事を何故か酷くがっかりしている様子にも見えた。


普通に、経歴が書いてある。だが――不自然だった。


誕生日、血液型、身長、体重――彼自身の個人情報は、何の訂正も入っていなかった。

だが、住所、両親の名前には大きく赤ペンでバツが打ってあるのだ。


「……ねぇ、空には、家族もすむ場所も今までなかったって事?」

「いえ、そういうわけでもないんですが」


持田秘書が言いたげに何かを言おうとしたが、何を思い出したのか、一瞬にして口を閉ざした。それは理事長である親父はすでに何も聞いたらしく、何も言わなかった。


「そんなこと、言ってなかったよ? だって、兄弟も、両親もいるってっ――」

「――人を騙すことなんてどれだけでも出来るだろう」


やけにさめている親父の声が、理事長室に響き渡った。私は、いつもと違う親父に、ひるむ……事も全くなかった。


「空は嘘なんてつかないよっ、人を騙す奴じゃない!!!!」

「それはどうかな。じゃぁ、その資料、ちゃんと隅から隅まで見てみろ」

「隅から隅って、ちゃんとみて――……」


私は、もう一度その紙を見返そうとした。だが、隅、といわれた場所に、それはあった。

まず、名前が書かれてあって、そして――性別の欄だ。


「待って待って。これ、何かの間違いか何か知らないけど、空の性別、どちらとも○が打たれてないよ?」


面白おかしく言う、私に対して、二人は何も答えない。


「待ってよ、何か答えてよ!! 空は男の子でしょう? そんな今更なこと言わないでよ」


私は、持っていたペンでそれの報告書に、丸を勝手につけようとした。だが、その動きは、持田秘書に敏速に止められ、持田秘書は、その紙を取り上げて、何かを書き込んだ。そしてもう一度自分にそれを渡す。


「何だッて言うのよっ……」

「彼は……いえ、城嶋 空は   です」


その、一瞬の言葉を何も疑問も抱かず疑った。こいつは、何を言っているんだ。

思わず、飛び掛って殴りたくなった。


「嘘だっ!! じゃぁ、何で同種ってわかってる私に対して何も言わない? 何もしてこない?!」

「わかりません」

「じゃぁ嘘だっ!!!」

「本人が、おっしゃりました」

「誰にっ!!!」

「私に」


そう言った、無表情の持田秘書に、ただ私は呆気にとられた。

この人は、なにを、言ってるんだ――?


「何で? 空といつ会った? どれだけ空の事を知っているというの? 私より何を知っているというのっ!!」

「わかりません、貴方より何かを知っている自信はないです」

「同情の言葉なんていらないっ!!」


いつの間にかなくなっていた平常心が、私をますます掻き立て、ただただ憤りを感じた。


「何でっ!! 何で、あんたには言ってて私には言ってないの、そんなのおかしい、嘘だっ!!」

「嘘じゃありません、彼女は、城嶋 空サンは、女の子です」


はっきりと言い放った彼の言葉が脳裏に何度も何度も反射した。

何故だ?


何故、持田秘書には言っていて、私には言っていない? 私と空の間柄とはそんなもの? 私と空とはそんな浅はかなものでしか結ばれていなかったのか? それとも何か? 彼と空はそこまでして何かがつながっているとでもいうのか?


なんで、なんで――


いっぱいいっぱいの疑問が自分の中で反射している中で。

いつの間に彼を呼んでいたのだろう。理事長、父親も理事長室へと戻ってきた。

そして。


「失礼します、城島、空です」


彼は、入ってきて、ゆっくりと頭を上げて、目を、見開いた。

そして、私のことが視界に入った途端、彼はよりいっそう目を見開いたのだ。


「……なっち?!」

「……」


何故?


そんなことを聞くよりも、先に手が出ていた、という方が正しい。


私は、目の前にたたずんでいる、女の子、と呼ばれる奴の頬をひっぱたいた。

少々、放心状態になっている彼は、その頬を押さえながら、少し俯いた。何も言わず、私も何も言わなかった。彼ならば、いや、彼女ならば――何かが伝わっていると思ったから。


そう、まだ信じていたかったから。


だが、顔を上げて、真っ先に空が顔を向けたのは、持田秘書だった。


「この、うそつき変態」

「すいません」


持田秘書が凄く申し訳なさそうにしている。彼が無表情を崩したところを始めてみたところだった。空は空で、少し面白おかしそうに笑っていた。


「……さて、君の話を聞こうか? 那智」


そういって、空はいつもの調子で、私の方を向いて、にっこりと笑うのだ。

もう一度殴ってやろうか、そう思ったが、やめた。何の意味も成さず、彼の頬と自分の手を傷めるだけだということが一回ですごく解ったからだ。


「何で……?」

「何が? どれが、かな?」

「全て!! 全てだよっ!! 何で、私に嘘をついていたの?! 何で、私に何もかも違う事を伝えていたの?!」

「……はぁ……」


空は、ため息をついて、その場に座り込む。その行動、言動にも何もかも理解できなくて、私はそのまま空を見下ろした。


「那智、後で話そ――」

「――逃げんなっ!!!」

「……逃げてないよ、那智。俺は、君とちゃんとイロイロ踏まえて話したい。なのに、どっかの誰かさんが言っちゃうからさー」


そういって持田秘書の方を向いて、口を尖らせる彼。その行動も。また、理解できない。


「私と話しているんでしょ? 私と話をしてよ。持田秘書は関係ないっ!! 私が聞いた、私が、君を知りたいと思ったんだっ!!」

「……だからこそ、持田秘書さんにはね、言わないで欲しいって言っておいたんだ。どんなことがあっても、何があっても」


そういって、空は私を見て少し苦しそうに笑いながらも、立ち上がって、まっすぐに理事長のところへと進んだ。


「……理事長、保証人として事務所入りするのに署名とかりいますよね?」

「あぁ。だが、君はこのままじゃぁ、いない。両親に変わる保証人なんているのかい?」

「……いません」


きっぱりと言い放つ空に、親父はため息をついた。そりゃ保証人のいない子供を預かっていたなんて、学校側としたら結構前代未聞問題に近い。


「……だけど、保証人に近い人を今、任命してもいいですか?」

「俺とか言うなよ? 俺は那智一人でてんてこ舞いなんだからな」

「わかってます、だからこそ」


彼は、横に居た持田秘書をじぃっと見据えた。


「彼、で」

「……城嶋君、まじですか?」

「口調、可笑しくなってますよ、持田さん? 約束破った罰です」

「重い罰ですね……」

「気のせいですよ?」


ニッコリと笑う空の顔とは裏腹に持田秘書の顔はいい具合に引きつっている。空が指し示した先には、持田秘書が居たのだ。


「駄目ですか、理事長」

「持田、君はいいのかい?」

「約束を破った罰。受けて立ちます」


持田が笑った。

余計いらついたのは言うまでもなく、私は空と持田秘書を代わる代わる見た。なのに空はニコニコ笑ったままで、持田秘書が苦笑。私の入る余裕すら無かった。


「……」

「……那智……怒ってる?」


そう顔を覗き込む空に、これでもかと言うほど睨み付けた。空はひるみ、顔を歪ませて溜め息をついた。


「……理事長、ご用事はこれだけでしょうか?」

「いや、あと、これだ」


親父が出してきたのは、案の定、事務所入りの書類。今までの新羅との事も全て親父に話したら、こういう経緯になったことはいうまでもないだろう。空はカッと目を見開いて、理事長の顔をまじまじと見た。


「……理事長、なんでそれを……?」

「ん? もちろん可愛い娘の言うことなら何でも聞くさっっ!!」


あぁそういうこと、みたいな呆れた感じで空は私と親父を見比べた。

そして私に向かって申し訳ない、という感じで拝んできたが、私は無視を突き通す。そんな容易いコトでもないんだ。この糞親父に頼むなんて。


「ま、君が那智と同種じゃなかったら受け入れてないけどね」

「……ほー。じゃぁ、そこは持田さんに感謝かな?」

「恐れ入ります」


……だから何でそこで持田秘書が出てくるんだ?!


「もういい」

「へ?」

「もういい!!! 空なんて大ッ嫌い!!!!!!」


「……はぁっぁぁ?!?!」




そんな空の声が響いたけれど、私は理事長室から飛び出して、走った。とりあえず。

そんなに走りが得意なわけじゃない。

そんなに体力があるわけでもない。

けどね。



けど、まだ信じている自分が居て、まだ、どこかで、空を思っている自分がいた。

何に絶望したかって?

女の子、だということを教えてもらわなかったことも一つだと思う。


だけど、どこかで彼を、空を男の子としてみていたんだと思う。


そう、私はあの時、勝手にしていた恋心も一瞬にして崩された。


だって女の子なら思うでしょう?


守ってくれる人、その人と、もしかしたらいつか恋に落ちるのかもしれない、と。


どこかで思っていた恋心はそれなりに大きかったことに気付かされたことも事実だった。


そして、持田秘書に嫉妬しているのも。


走って、走って、いつしか出ていた涙が、私の視界をさえぎる。


何度も手の甲で拭いたはずの涙が、幾度となく出てくるのを止めることなんてできやしなかった。



それでも。


それでも尚。



私は、彼が来ることを信じてた。



私って甘いんだろうか、自分に? 他人に?



いや、そこは人間として、空を信じたかった節が――ある。




どれだけ走った?


どれだけあそこから遠のいた?



後ろを振り返った。



だけれども人はいない。誰もいない。







あぁ、なんだ、最後の望みも消えてしまったのか。




私は、最初から空にとってはただの人間一人でしかなくて、ただの女の子でしかなかったのか。



「なぁんだっ……本当、バカみたい」



ぽろぽろぽろぽろ落ちる大きな水玉は、地面にどんどんと落ちていく。


どうせ手でぬぐっても、おちていくそれは、もう拭いたとしても、自分じゃどうにもならないことを十二分にわかってた。



「空のバーカ……」


呟いた言葉が幻想を見せているのだろうか。


涙でいっぱいの目に、空に似た人物がいるように思えた。


いや、違うよ、空は、私の事なんて、なんとも――







「ったく――」



そう、言った空の言葉は私の頭の上から聞こえた。

目の前が真っ暗になって、何が何だかわからなかった。出ていた涙がぴたりと止まって、何故かにおうのは、空の匂い。あの甘くてなんとも言えない、彼の匂いだ。


いや、彼女の。



「もー……。逃げないでよ、大ッ嫌いとか……言うなよ」


そういう空の私を抱きしめる手の力が、腕の力が強くなった。私は何故か空に抱きしめられていて、目の前には、空の服があって。



「大嫌い。僕の事なんか、どうせ、1人の人間にしか見てないんでしょ? 持田秘書の方が数倍仲いいんでしょ……」

「何、ぐれてんの……。今、この場所で那智以上に仲いい人なんていないよ」

「じゃぁ、何で、僕には秘密を話してくれない、秘密を教えてくれない?! 嘘をつく?!」


空の体を跳ね除けた。

空の体は簡単にほどけて、私から温かさが離れた。だけど、空は、私の手をはなさなかった。


「……うそなんてついてないよ」

「だって、兄弟も、親もいないって!!!」

「居るよ。いないわけ、ない」


クスッとわらった空の顔。けれど、持田が間違った情報を持ってくるはずがない。ならば、何故今に至るこのときまでも、空は、嘘をつくのか――?





……いや、嘘をついていないのか―?



「……けどね、那智。まだ、もう少し待ってて? 本当の事を知っているのは、持田秘書だけだ。奴は……俺経由で、教えたわけじゃない」

「……親父には、嘘を……?」

「あぁ。どうしてもつかなきゃいけない嘘があったから」

「……僕には教えてくれないの?」

「まだ、教えられない。君には君の知るべき時期がある。そして、君の父親にも」

「……なんで? 私は何かをしでかしたの? 親父も何も教えてくれない。来るべきときが来たら話す、って!! 皆そう!! なんで、教えてくれないの?!」


一泊おいて、彼は私の手をぎゅーっと握り締めて、私の目を見据えた。


「大切だから、にきまってるじゃないか」


自信満々に言う空は、何を今更、とでも言うような顔をした。なんだよ、私がいじけた意味がない。大切だから、なんてそんな簡単に言ってしまわないでおくれよ。私は、幸せなのか、それとも、嘘をつかれているのか? どちらでもないのなら、早く言っておくれ、早く夢としてさめておくれよ。


だけれども、つながれた手の力が強くて、それは、夢でなくて、私が恵まれていることを指し示すには充分すぎる証拠で。


「なぁ、那智」

「……何」

「そう不貞腐れんなよ、可愛いお顔がもったいねーよ?」


そういっていつもの口調でおどける彼女の右頬は先ほどの私のせいではれている。


少し痛々しい。


「なぁ。大切にしてるよ? 那智を、一番仲いい友達として付き合って行きたいんだけど、ダメ? って…、那智……?」


右頬に添えた左手。彼の頬は少し温かった。そうされたことに寄って、彼女は少々戸惑っていたけど、やがて笑顔になっていった。


「信じていいの?」


思うより、先に言葉が出ていた。空は、全然考えずに、うんと頷いていた。


なんだ、この素直な生物は。

なんだ、このなんとも言えない可愛い生物は。


……くそう、女とわかった瞬間から、これが凄く可愛く見えてきた。


「俺も信じてんよ」


そういう空の顔が可愛らしくて、私は一瞬たじろいだ。


そう、それは、始めて、空が見せた女の子の顔だった。



言葉づかいとか、立ち振る舞いとかそういうのじゃない。



顔、そのものが柔らかくて、とげがなくて、それはまぎれもなく私にだけ向けられた特別の、極上の、笑みだった。


「くそー」


なんとなく、また丸め込まれた自分が悔しくて、空の頬を引っ張ってやった。


先ほどはたいたとかそういうのは忘れていたけど、単純に空に少しだけ仕返したくて。


「あいたたた。けどね、持田さんに注意されたよ。あんまり那智と居るときに気を緩ますなーって。そういうときにやっぱり出てるんだって、俺のそういうところ」


うん、今でまくってたよ。


あれは可愛すぎる。


つか、ほれてまうやろぉぉぉーーーー!!

とでも叫びたかったのが事実だよ、コンニャロー。


「だから、頑張って男らしく精進していくつもりだから、よろしくなっ!!!」



次に見せた笑顔は、まるで少年が未来を見て目を輝かせている、そんな感じ。


このくるくる変わる表情に、私は、苦笑して頷いた。


かてっこしないな、こいつには。そう思った瞬間だった。




だから、ちょっとした仕返しで。


「空。ちょっとちょっと」


耳を貸して欲しいときに使う、こいこい、の合図に、素直な少年は従った。


私は、しめた、と思い。彼の頬に顔を近づける。


「ご褒美」


そういってつけた口付けに、私は失恋とか、そういうものを捨てた。


と、同時にポカッと口をあける空。 案の定まぬけな顔した空に残るのは、ちょっとした女の子っぽさ。


「うーん……あ、ありがとう」


少し照れながら言う空がまた、可愛かった、なんていうまでもない。



……ほれてまうやろぉぉぉぉ!!!!











と。また、ココロの中で叫んだ。

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