長い一日 1
いや、本当に長い一日だった。
結局塾長の奥さんが帰宅して、あら?という顔で私たち4人とビニルプールとその中の藻に絡まるビイを見た。そして私とキヨミさんを重点的に何度も交互に見る。
奥さんはミノリ君にごにょごにょと耳打ちしたが、ミノリ君ははっきりと答えた。
「いや、ばあちゃん。別に修羅場じゃねぇよ」
奥さんが残念そうな目で私を見るが、そんな事残念がられても。
その後しばらく奥さんが目を瞑ってじっとしている。
…もしかして私とキヨミさんの修羅場を勝手に想像してるとか?
結局リョウさんとキヨミさんは奥さんと一緒に夕食を取る事になったが、私は頑張って辞退した。
「すみません。今日は母に夕食を作ると約束したので」
それを私は10回以上も繰り返さなければならなかった。
なんとか解放されてミノリ君に送られる。なんとなくバイクの後部座席にも少し慣れてきたような気がする。きゃーきゃーもあまり言わなくてすむようになった。
「もっとオレ、いろんな妄想してたけど今日のデート」とミノリ君が言う。「まぁまぁ楽しかったよ。りっちゃんとキヨミちゃんの絡みも間近で見られたし」
まぁまぁか!
キヨミさん、なんかよくわからない人だったな。写真で見たように可愛くて笑顔もキラキラしていて、男にも女にも好かれる感じの人だ。なのに黒猫のキイには避けられ、最初は冗談かと思ったけれど本気でムキになっていたし。そこがまた可愛い気もしたけど、最初は友好的だったのに私はキイのせいで嫌われたんだと思えなくもない。
最後に挨拶をした私に「バイバイまたね」と普通の友達に言うように言ってくれたが、「キイは別にりっちゃんがすごく好きなわけじゃないからね」と私だけに聞こえるように言ってきた。
立場的にハルちゃんの事について言われるならわからないでもないが、なぜそこまでキイにムキになる。
「送ってくれてありがとう」と言ったのに、ミノリ君は「どういたしまして」の後「オレも作るわ」、と軽く言って、玄関のカギを開けた私の横から先に勝手にうちに上がり込み、私と夕食の準備をはじめる。なんかもういちいちダメとか言うのも、どっちにしろ無駄な気がしてもういいや、と思う。
「りっちゃんがすげぇ期待させるからな~~。私の行きたいとこに連れて行くとか言って。帰してあげない、とか言って。オレはもうすごいとこに連れて行かれてすごい事されるんじゃないかと…」
「その前にビイが行方不明だったでしょ?ミノリ君のせいじゃん。ハルちゃんだって手伝ったのに。あの1万円、ちゃんと返しなさいよ?」
「まぁでも、また今度どっか連れてってよ、りっちゃんの行きたいとこ」
「私の行きたいとこなんてつまんないとこばっかだよ。どうせ映画とか近場の公園とかショッピングモールで買い物とかしか連れていけないもん」
「兄ちゃんたちとはドライブ行くくせに?」
そうだった。なんとなく今日一日ドライブの事忘れてた。
「オレもついて行きたいな。すげぇ面白そういろんな意味で」
私はゆっくりと首を振る。
「じゃあそれとは別件で二人で行こうよ」
「私が連れて行けるようなとこってほんと地味なとこばっかだよ」
「バカだなぁりっちゃん。好きな相手だったらどこでもいいんだって。どこへ行ってもうれしいし楽しいんだって」
「本当に好きな相手とならね!ミィ君もういい加減やめなって。その、おにいちゃんが好きだからって対抗心燃やして私のとこに来るのは…全然おもしろくないよ」
「いや、そんな事ないって。もうほんとぶっちゃけて言うと、今まで好きになった子の中で一番じゃないけど、りっちゃんの事は好きだよ。まぁ兄ちゃんの事もあるけど。りっちゃんは一緒にいてイイ感じだよね」
「イイ感じって微妙だよね」
「微妙微妙。でも好きは好き」
「そっか、ありがと」
「そのさ、気のない、どうでもいい『ありがと』とかがいいわ」
「…」
「じゃあ、ハイ。ゆで玉子つぶしたから」
私たちは母さんにリクエストされたポテトサラダとミノリ君が食べたいと言った唐揚げを作る。
「私の唐揚げ滅茶苦茶うまいよ」と私は鳥のもも肉に酒を振りかけながら言う。
「マジで?」
今ミノリ君には普通に喋れるし変な警戒心もわかないのに、どうしてハルちゃんには…
「これ出来あがったら写メ撮って兄ちゃんに送ろっと。いい?」
唐揚げの写メ?
揚げたての熱々の唐揚げをミノリ君が「あちっ!」と言いながらつまみ食いする。
「うっま!!りっちゃん!これマジうま。オレが生まれて食べた唐揚げの中で一番うまいかも!」
「言ったじゃん滅茶苦茶うまいって」
「すげぇすげぇ」
「わかったよ。たくさん食べなよ」
弟がいたらこんな感じなのかなと思う。
ミノリ君が弟って結構いいな。私がハルちゃんと結婚したら本当にミノリ君が私の弟に…
何考えてんだろう私!!
びっくりする。
自分でびっくりする。
「うわ~」と小さい声でつぶやいてしまい、「何?どうしたの?」とミノリ君に聞かれたがもちろん答えられない。
恥ずかしい。いろいろな人から流されるなと言われてんのに。ハルちゃんの元カノにさえ言われたのに。安直に何考えてんだろう。
超気持ち悪い私。
そうこうするうちに母さんが帰って来て、ミノリ君を見てひと騒ぎする。
「今夜はミノリ君が泊まるの?」マジ顔で聞く母さんだ。「私は別にミノリ君だからいいと思うけど、近所の人に後で、男の人を毎日泊めてるみたい~~とか噂話されたら嫌だな。ホラ、田舎だし、ここらへんてむかしから知ってるお年寄り多いし」
「わかってるよ。ミノリ君は唐揚げ食べたら帰るって。ねぇ?ミィ君。大学明日はあるんだよね?」
「いや全然泊まりたいけど」
「言うと思った。流れ的にそういう事絶対言うと思ったけどもういいから」
「流れ的じゃなくて。兄ちゃんはいいのに何でオレはいけないの?」
「お兄ちゃんを泊めたのも間違いだったの!」
「唐揚げうまいわ~」
ミノリ君がそういうと「でしょう?」と作ってもいない母さんが答えた。
そして父さんも帰って来た。父さんが帰る前に、面倒くさいのでミノリ君には帰って欲しかったのだが、母さんがずっと話をしてミノリ君を引き止める感じになった。
母さんの話はハルちゃんとミノリ君がいたむかし話だけではなく、今の男の子たちについて自分が思っている事とか、母さんが好きなタイプの男の子についてとか、ミノリ君の好きな女の子のタイプとか、母さん自身の好きなものについてばかりか、許されない事に私についての喋って欲しくないいろいろな事とかだ。
「ずぅ~~~っと元カレの事引きずってたんだけどハルちゃんが来てくれて良かったな~って私は思ってんだけどさ」
母さんがミィ君に愚痴る。「やっぱハルちゃんすごくモテるでしょ?この子はまだ塾の他の先生を好きだったの引きずってるし。元カレ引きずるのは解るけどさ、付き合ってもないちょっと告ったばっかの同僚引きずって、ずっと好きだったって言ってくれてる幼馴染をうまく受け入れられないってどういう事?バカなんじゃないかって思うわ私」
母さんも流されるなって言ったくせに。
「あ~~じゃあオレなんかどうでしょう?」
「ちょっと年下過ぎるのかな~~ねぇ?」
私に振るなと思う。
ミノリ君が答える。「そんなお母さん、今そういうカップルも多いですって。オレ、結構うちの兄貴よりしっかりしてるって言われるのに」
そんな感じだ。そんな会話を繰り広げている所へ父さんが帰ってきたので超面倒くさい。




