可愛らしい人 3
「りっちゃん、キイ触ってみなよ?」とミノリ君がバカな事を振る。
「無理だよ。キヨミさんだって噛まれてんのに。私なんかこの間1回会っただけだし」
キヨミさんがどのくらいの頻度でキイに会ってるかわからないがそう答えてしまう。そしてそう言ったのに、ゲージを開けてポチャンとビイをプールに飛び込ませたミノリ君が、今度はキイをむんずと抱きかかえ、「はい」と私に渡してきた。
「ホラホラ」と言いながら軽くキイを私の前に差し出すミノリ君。
私をじっと見据えて「みゃあ」となく黄色い目のキイ。目つき悪いな。
「止めてって」
怖いって。私の腕なんかきっとボロボロにされる。
「りっちゃんさ、」とミノリ君に聞かれる。「キヨミちゃんの事どれくらい気になってる?そいで本人にも聞かれてたけど、ほんとのとこどう思ってんの?キヨミちゃんの事?」
また答えられずに、そして、そんな事知らない、とも言えずに、水草の間をゆっくりと移動していくビイを見つめた。
「ミノリ、」とそれまで黙っていたリョウさんが言った。「部外者が面白がってそんな事聞いたらいけないよ」
「部外者じゃねぇって。今日だってオレら今デート中なの!どうせビイの事が心配だったから来たんでしょ?ちゃんとしてるから早くキヨミちゃん連れて帰りなよ」
リョウさんは学会に出るために出張していて、その間ミノリ君がビイを連れて帰って面倒を見ていたらしい。リョウさんは学会からの帰りに寄ったらしいのだ。
それよりも私は、キヨミさんまでなんで今日いっしょに来たのかが知りたい。キヨミさんとリョウさんの関係がわからないのだ。でもそんな事聞けない。
「キヨミちゃんまで連れて来てさ」とミノリ君が私の心を読んだように言う。「りっちゃん気にしちゃうじゃん。せっかく二人っきりでこれからって時に。ねぇ~りっちゃん?」
「でもりっちゃんはハルカの彼女なんでしょう?」リョウさんが真顔で言う。
「まだだよ」ミノリ君が答えた。「まだチュウされただけ」
そう言いながらキイを地面に下ろすと、キイは芝生の上で、その背中を芝生で掻くようにゴロゴロと左右に転がった。
本当にこの子は余計な事を言う。リョウさんとキヨミさんが帰ったらミノリ君をシバこう。
「え?」と食いつくリョウさん。「チュウされたの?もしかして無理矢理?」
答えなきゃいけないのか?その質問。
「ちゃんとしたのかな」とつぶやくリョウさん。「ああ見えてハルカは女の子のニーズがわかってないからね」
「まぁね~~」と相槌を打つミノリ君。
私は水草の中のビイに意識を集中して頬が赤くならないようにするのがせいいっぱいだ。
あ、キヨミさんが戻ってきた。
お願いだからもうチュウの話は止めて欲しい。
「キイめ~~」とキヨミさんが唸る。「こいついつまでたっても私に慣れない…て!うわ~~…コラ、キイ!信じらんない!」
キヨミさんが恨めしそうな目で私を見る。
キイが私のサンダルを枕にして私の足にまとわりつくように寝そべっていたからだ。
キイは半目を開けてキヨミさんを一瞥しただけ。
「信じらんない!キイ私の事はいつまでたっても敵対視するくせに。なんだろ…なんかムカつく。りっちゃん、私すごいムカつく~~。正直、りっちゃんのちっちゃい頃の写真見せられて、『この子の事が好きだから』ってハルカに言われた時もまぁまぁムカついたけど、今の方がなんか10倍くらいムカついてんだけど」
急にそんなに強く言われて私はキイからそっと離れようとするが、キイも私の足と一緒に移動する。
キイったら!
「やだ~~」とキヨミさんが私をなじる。
私をなじられても…そこはキイに言って欲しい。
ミノリ君がまたキヨミさんを笑う。「キヨミちゃん。キイまでりっちゃんの方がいいってさ~~…うげっ!!」
私はミノリ君のわき腹にこぶしを入れた。
「あの!」話を変えたい。「あの、さっきのスーパーボールをアヒルに変えたのって…」
私がそう聞くとリョウさんがにっこりと笑った。「手品だよ。僕の趣味」
手品?私もさっきマジシャンかなって思ったけれど、それにしては手際が良過ぎた。水草も、いったいどこからいつの間に入れたのか…
「リョウさんはね、老人ホームとか幼稚園とかにもボランティアで行ってんだよね」ミノリ君が言う。「子供はさ、目の前でリョウさんに手品やられて、リョウさんの事本当の魔法使いなんじゃないかって思うらしいよ」
「「ハハハハ」」、とミノリ君とリョウさんが笑う。「「かわいいよな~~」」
いや、大人の私もそう思ったし。大人だから『魔法使い』なんて口に出せなかったけど、本当に魔法みたいだった。
そしてそんな私たち3人の会話をよそに、キヨミさんは私にまとわりつくキイを自分の方へ近付かせようとして、キイに思い切り「しゃぁぁぁ!」と威嚇されている。そんなキイに「うぅぅぅぅ~~」と唸って見せるキヨミさん。
可愛いな!!
…この場にいたら、ハルちゃんだって私なんかよりキヨミさんの方がだんぜん可愛かったんだって、よくよくわかるかもしれないのに。
たぶんキイはキヨミさんが好きなのだ。それでキヨミさんをからかって私に懐いた振りをしているに違いない。
…長い一日だった。
あとでミノリ君に聞いた話だが、リョウさんが従兄弟なだけでなく、キヨミさんも塾長のあの綺麗な奥さんの方の遠縁にあたるらしい。元々リョウさんを知っているところへ、キヨミさんもハルちゃんと同じ大学だったので、その後もずっと親しくしているのだという話だった。
キヨミさんはリョウさんの手品のアシスタントをする事もあるらしい。そしてハルちゃんと同学年らしいので、私よりも年下だ。それなら私が『キヨミちゃん』と呼んで、キヨミさんは私の事を『リツさん』と呼んでもいいのに、と思ったが、そんな事は本当にどうでもよいことだった。
キヨミさんはキイが私に懐いた振りをしてるのを見てから、私にあんまり話しかけてくれなくなった。
「キイ」とキヨミさんがドスの聞いた声で猫を呼ぶ。「あんたに似合いそうな赤い首輪見つけたけど買ってやんない」
「いらねぇよな」とミノリ君が私の足元でまだゴロゴロしているキイに言う。「キイは首輪なんていらないんだよにゃぁぁぁ~~」
キイは横目でチラッとミノリ君を見たが、また目をつむってゴロゴロを繰り返す。「むかつくキイ!」とキヨミさんが言うのでどうしようかと思う。「私をイライラさせるためにわざとそのゴロゴロやってるでしょ?止めなさい!止めなさいって!」
そう言ってキイに手を出して、またキヨミさんは指先を噛まれて叫んだ。
「バカ猫!!」
「キヨミちゃんがバカだよ」とミノリ君が言うと、ちっ、と舌打ちしたキヨミさんがミノリ君を睨み「うっさい!」と口を荒らした。
その後私たちはビイをビニルプールで遊ばせながら、芝生の上に腰をおろして、ミノリ君が台所からもって来てくれたジュースを飲みビスケットを食べた。食べながらキヨミさんが空を見るので私もつられて空を見上げた。
「私さ、高校の時に出来た彼女の話も聞いた」
え!あのアイスの彼女の話?
「私と離れようって言うのを聞いてりっちゃんのむかしの写真見た時には、もちろん付き合ってた相手だから寂しくて悔しいながらも、なんかちょっといい話だなって、ちょっとほっこりくるじゃん?、て思ったんだけど、その後高校の時の彼女のアイスの話聞いたら、気持ち悪っ!、て思ったんだよね。それでその時私が思い切り『気持ち悪い』って顔したからかもしれないけど、ハルカが調子に乗ってもっといろんなりっちゃんとの思い出とか、どうも思い出じゃなくて妄想なんじゃないのって事まで喋り出して、マジでほんと気持ち悪かった。だからね」
キヨミさんがミノリ君とリョウさんもいるのに普通に続けた。「もうエッチとかしちゃったんなら仕方ないけど…りっちゃんが本当の本当のハルカの事をいいな、って思えないうちは、言い方悪いけど安売りしちゃダメだよ?…安売りっていうか流されちゃダメ。だってよくよく考えたら気持ち悪いでしょ?気持ち悪くない?ハルカがあんな外見じゃなくて、そこらへんの変なおっさんがハルカと同じ事してるとこ考えてみて?」
「それ、最初から結構考えてました」
「そう?ならいいだけど…あっ!!ぅわっ!キイ!」
しばらくどこかへ行っていたキイが戻ってきて、芝生に腰をおろしている私の膝に躊躇なくのってきた。
「いやだ…」キヨミさんが言った。「やっぱ私、キイもりっちゃんも嫌い」
え~~~~。




