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 誰かに体をゆすられている、あたりが何やら騒がしい。

 

 ヤトは微睡みの中、まだこの学園の中に自分の安眠を妨害する奴がいたかと、苛立ち始めていた。

 

 しかし今日はどうにも調子が悪い、苛立ちより睡眠が勝ち、すぐにやめるようなら許してやろうと考えていた。

 だが、なおも体をゆする手はおさまることはなく、しつこく揺らし続ける。

 

 挙げ句の果てにはかけていた制服の端を持ち上げ「ねぇ、起きて」などと言ってくる。

 その声音にどこか懐かしさを感じたような気がしたが、さすがに苛立ちを隠せなくなり、枕にしていた左手だけを制服から前に突き出し、安眠妨害の犯人を捕まえようとした。

 

 その手に当たったのは何やら小さいが、とても柔らかいものだった、心地よい感触にしばらくそのままの体制で固まっていると、手に息がかかった。

 ああこれは誰かの頬なのだろうと考えていると、今度は手が何かに覆われた。

 どうやら、犯人はヤトの手を両手で包み込んでいるらしい。

 わざわざ自分から捕まりに来るとわ、怒りを通り越して呆れ、そして顔を上げた。

 

 すると、彼の目の前にいたのは一人の少女であった

 その少女はとても小柄で、身長は150センチあるかないかくらいだろうか、背中のあたりまで伸ばされた髪は、まさにからすの濡れ羽色、そして整った目鼻立ち。

 まるで精緻に作られたフランス人形のようであった。

 控えめに見ても可愛いと言える部類の人間である。

 しかし今はその綺麗な顔を耳まで真っ赤に染め上げている。

 ヤトにはこの少女に見覚えがあった、いや見覚えなんて生易しいものではない。


「カノン!?」

 そう彼女こそが、夢に出てきたあの少女なのである。


「あ、ああ朝から、だだ、大胆だねヤト」

 何やら慌てながらそう言う少女。

 未だに彼女の顔は、今にも火を吹き出しそうなほど赤い。


「何が大胆なんだ?」

 突然の事で訳が分からなかったがヤトが平坦な声でそう答えると

「いきなり……む、胸を鷲掴みなんて」

 うつむきながら何かをぶつぶつ言っている。

 しかし声が小さすぎて聞き取れない。


「そんなことより、どうしてここにいるんだ?」

「そんなことって……まぁいっか」

 少女も特にしつこく気にする様子はなかった。


「ヤト、もしかしてメール見てないの? 2週間前くらいに何通か送ったんだけど」


「……あー、メールね、見た見た」


「その顔は見てない!」

 取りあえず話を合わせてみたのだが、そんな嘘はバレバレらしい。

 

 実は携帯は一ヶ月くらい前に充電が切れ、ロッカーに入れてそのまま存在を忘れてしまっていたのである。


「そんなことだろうと思った、返信もないし何回電話しても出ないし」

 ヤトのことなど全てお見通しだと胸を張る少女。


「だからね手紙も送ったの、それは見てくれたでしょ?」

 腰に手を当て自信満々に言う。

「ポストなんて、引っ越してきてから一度もあけたことがない……」

「……っ!?」

 カノンは信じられないというような顔をしていた、実際信じられないのであろう。


「じ、じゃあ何も伝わってないってこと?」

「そういうことになるかな」

「なるかなじゃない! 今日から私がこの学園に転校してくることも?」

「転校!? だからここに居るのか」

 なるほどそれなら納得ができる。

 白いシャツに、薄いチェック柄のグリーンのスカート、それと同じ柄のリボン、よく見ればこの学園の制服を着ているではないか。


「大体、さっきのホームルームで――」

「寝てただろ」

 目の前のお人形のような少女は、桃色の小さな口をぽかんと開けて、呆れたような顔をしている。

 今回も実際呆れているのである。


「わかった、今から全部話すからこっちに来て」

しょうがないな、とヤトの手を強引に引っ張り立たせる。


 そして怒れる暴君 火守夜帷(ひのもりやと)は怒ることなく、転校生の少女、運命の少女カノンに連れられ教室をあとにするのであった。


 二人のいなくなった教室には、生徒が戻ってきているが皆一様に鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。

 あの暴君が起こされたのにも関わらず怒りもしなかった、むしろ怒られていた。

 そしてそ手を引かれ教室を出て行った、これは今までにない異常な光景だった、不思議がるのもおかしくはない。

 二人の噂は一日で学園中に広まった。


カノンにつれられるまま、歩くことしばしば、着いたのは高等部の屋上だ、この他にも初等部、中等部にそれぞれ屋上がある。

既に授業の開始を告げる鐘が鳴っている。


「いいのか、転校初日の1時限目からサボって」

「大丈夫じゃないけど、まずはこっちの話の方が大事」


 そのあとの彼女の話をまとめるとこうだ。

 ――引っ越してきたが、近くに良い家がなかった、なのでヤトの家に住むことにした。

 既に荷物を持って来てもらう手配は済んでいて、今日届く。


「ひとつ確認したいことがある」

「なに?」

「住むって一緒にか?」

「そのつもりだけどダメだったかな?」

 そう言い心配そうに見つめてくる。

 そんな顔をされるとNOとは言えない、それにもとよりヤトはこの少女には逆らえない。


「いや、驚いただけで問題はない」

 その上特に拒む理由もないので、あっさりと承諾した。昔は同じ部屋にいたのだ変わるまい。

 了承するとカノンは破顔し、ヤトに抱きついてきた。


「よかった、ありがとうヤト」

 ヤトは改めて思った、この少女は昔と変わらないなと。

 身長や体型もほとんど変わっていないが、なんといってもこの笑顔だ。

 この笑顔を見ているだけでとても心が落ち着く。

 彼女と分かれて暮らしていた約2年間の嫌な出来事など、この一瞬だけで吹き飛んでしまうほどだった。


「ありがとう」

 思わず言葉がこぼれてしまう。

「何が?」

 カノンは抱きついたまま、顔だけを向け問いかけてくる。

「いいや、なんでもない」

 

 1時限目終了のチャイムがなる。

「早く戻らないと、次の時間までサボることになるぞ」

 取り繕うように戻ることを促すと、それはダメだと言いながらヤトの手を引き歩き出す。


 教室に戻ると中にいるほとんどの生徒がこちらを向いたが、なにせ転校生&怖い人だ事の顛末を聞きたくても、誰も話しかけることはできないのであろう、視線だけが感じられる。

 

 その後は二人共、普通に授業を受けた。

 午前は普通の授業、昼食を挟んで午後は魔法の授業だ。

 その間にもカノンに話しかけようと隙を狙っている生徒が男女ともにいたようだが、いかんせん少女はヤトにべったりくっついていて離れないのである。


 そんな感じで、カノンの転校初日は生徒達に多くの謎を残しつつも無事終わりを迎えた。


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