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否、消えたようにに見えるほどの勢いで横に吹っ飛ばされたのである。
少女に気づいたのは勿論彼だけでなく、アンクルもだったのだ。
枝による打撃を横腹にもろにくらい、その勢いで転げ車に轢かれた猫のように倒れこむ少女は血だらけで、そんな彼女の姿を見たヤトは――
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
我を失った。
ただひたすら叫び、本来ならありえないような量の魔力を放出し、魔力の炎は荒々しく爆ぜ、手足の爪は鋭く尖り、まるで獣のような雄叫びを上げている。
原型は留めているものの、体はほぼ獣と言って差し支えのないような姿だ。
そして、刹那静止したかと思うと、ものすごい勢いでアンクルに飛びかかる。
敵も負けじと、応酬してくるがヤトは気にすることなく敵の体へと進み続けた。
襲ってくる枝をよけもせず掴んでは力任せに引きちぎり、なぎ払おうとする敵の手を片手で軽々と受け止め、魔力の衝撃波で粉々に粉砕する。
「キィィィィ」
体を破壊され、敵が悲鳴を上げる。
それと対照的にヤトは笑っていた。
どんな攻撃でも彼は止まることも、怯むこともなかった。
勝負は一瞬であった、先程まで防戦一方だったヤトは瞬く間にアンクルの本体にまで迫り、その獣のような腕で敵の体を何度も抉り、引き裂き、貫き”核”を取り出したかと思うと、凄惨な笑みを浮かべそれを貪った。
そうして心臓部である”核”を失った敵は崩れ落ちるとみるみるうちに塵になり、風に流され月の光も届かない山の奥へと消えていった。
しかし、既に敵を打倒したのにもかかわらず、その場にうずくまり依然として魔力を放出し続けている。
自我を失ったヤトの暴走は治まらず、何を血迷ったのか自分の腕で自分の体を傷つけ始め、さらには地面や建物に体当たりし始めた。
「グォォォォォォォォォォ!!」
彼は自分の魔力を制御できず、自らの力に、体を精神を焼き尽くされそうになっているのだ。
しかしそんな中でも自我を取り戻そうと必死に自分の魔力と戦っていた。
ヤトは一瞬戻った意識の中で、その目は少女の姿を捉えた。
彼女は傷だらけの体で苦痛に顔を歪めながらも自分のもとに来ようとしている。
「ヤト! ヤト!」
少女が自分の名前を呼んでいる。
「こっちに……くるなっ!!」
少年は朦朧とする意識の中で必死に叫んだ。
それでも少女は止まろうとはしない。
「ごめん……ごめんなさい!! 私が無理矢理つれてきたせいで、ヤトがこんな目に」
少女はそんな自責の念にかられ取り乱し、嗚咽混じりに叫んでいる。
「そんなことはどうでもいい! 俺に近づくんじゃない!!」
本当にそんな事はどうでも良かった、自分のことなどどうなってもいい、少女が無事だったのだから。
それなのに、もしこのまま少女が自分のもとにきてしまえば、彼女を傷つけてしまう。
今はなんとか押さえつけているが、いつ意識がとび、暴走をし始めてもおかしくはない。
必死に自分の意志を伝えようとしたが、顔を上げると既に少女は自分の目の前まで来てしまっていた。
そしてあろうことか自分に触れようと手をのばしている。
「やめろ!! 触るな、俺の魔力を触ったらただじゃすまない!!」
そう、彼の魔力の炎は一般人のものとは違い、力の弱いものや生身の人間が触れるとそれだけで、体が焼き尽くされるほど強力なのだ。
少女の小さな体など瞬く間に消滅してしまうであろう。
それでも少女はやめようとはしなかった、既に平静を取り戻しいつもの太陽のような笑顔で微笑んでいる。
その笑顔につくったところや、不自然さは見当たらない、とても暖かい笑顔だった。
そして包み込むように少年を抱きしめた。
「やっ、やめっ――」
「やめない、大丈夫だよ」
ヤトの言葉を遮るように少女は言った。
「なに怖がってるの? 落ち着いて、ヤトの魔力は人を傷つけるようなものじゃない」
確かに、少女の言うとおり彼女の体は無事のようだ。
真っ黒なヤトの炎に包まれながらも体に異変は見られない。
しかしそれは、魔力によるダメージを受けないだけなのだ、もし今ここで自分が意識を失い暴走して、物理的な攻撃が加えられれば、その幼い体はひとたまりもないであろう。
「もう……耐えられない……早く、早く離れろ、離れてくれ!!」
そう言い少女の体を突き飛ばそうとしたときだった。
「契約」
一瞬何を言われたかわからなかった。
「……なんだって?」
「私と契約して」
少女は笑みを崩さず優しく語りかけてくる。
「そうすれば、魔力の制御もなんとかなるかもしれない」
「そんなことをすれば、一生お前を縛ることになる」
「それでも構わない」
「一生だぞ! 二度と取り消しはできない、わかってるのか?」
「そんなことわかってる!! わかってるけど……」
少女は立て続けに言う。
「それでも、ヤトを失うのは嫌」
少女は再び笑顔を崩し、今にも涙の粒が落ちてしまいそうなくらい瞳を潤ませていた。
しかしながらヤトは首を横に振った。
「ダメだ…それだけはできない」
確かに彼女の言うように契約を交わせば助かるかもしれない、だがヤトには自分に優しくしてくれるこの目の前の少女の一生を奪うことはできなかったのだ。
魔力に耐えられなくなった少年の体は徐々に壊れていく、ボロボロと端の方から霧散していく。
ヤトはこれでいいと思った、大切な少女は生きている、そしてもうあの忌々しい家に帰らなくてもすむ。
すぅーっと意識が遠のいていく、あぁこれでほんとに終わりだ。
「どうして……どうして分かってくれないの? 私には、ヤトが必要なのに」
最後の方はかすれてほとんど声になってはいなかったが、ヤトの耳にははっきりと聞こえていた。
その言葉に、遠のいていた意識が再覚醒した。
今まで誰かに必要とされることはなかった、この強い魔力のせいで生まれつき周りや両親でさえも自分を悪魔だと言い、疎んだ。
ときには悪事に利用されることも、殺されそうになることもあった。
しかし今、目の前の少女は、純粋に自分を必要としている。
「――ヤトが必要」
それだけのことで、その言葉だけで少年は少女と共に生きる決意をした。
この少女を一生縛ってしまうことを、その罪を一生背負って生きていくことを覚悟したのだ。
そして何より思ってしまったのである、この少女の笑顔を一生見ていたいと。
ヤトは顔を上げ、無言で少女を見つめ頷いた。
すると彼女もまた無言で笑い、頷き返してくれた。
言葉などもう必要ない。
二人を”契約”の魔法陣が包み込む。
辺りはまるで二人の罪を暴くかのように、一面真っ白な輝きに満たされた――




