「マザーシップが動かない!!こんな天敵が!!」 「な、なんだってぇぇぇーーー!!!(ΩΩΩ)」
南半球の特定隔離離島を巡る、飢餓難民との絶望的なラグナロク。人類最後の灯火を守るため、ミスタXが部室の古びた机に叩きつけたのは、島々の生存圏を繋ぐ超巨大母船――通称『マザーシップ』の運行シミュレーションデータだった。
だが、画面に赤く点滅するエラー表示を見た瞬間、ミスタXの顔が苦渋に歪んだ。
「マザーシップが動かない!!こんな天敵が!!」
「な、なんだってぇぇぇーーー!!!(ΩΩΩ)」
一般人代表のミスタAが、椅子から転げ落ちんばかりに頭を抱えた。
「動かない!? 2040年の破滅を生き残るための、人類最後の希望の巨大船だぞ! 動かなきゃ、押し寄せる武装難民から逃げることも、島同士で物資を運ぶこともできねえじゃねえか!」
肉体労働者のミスタBが、油まみれの拳を握りしめて身を乗り出す。
「おいおいミスタX! 発電機は第3話の『不滅の石(人造玄武岩ブロック)』だろ!? エンジンも燃料もいらねえ、地球のダイナモから電気を引いて数千万年ノーメンテで動く最強の船のはずだろ! どんな敵が邪魔してやがるってんだ!」
ミスタXは震える指で、画面に映し出された不気味な「生物の群生写真」を指差した。
「フジツボがこんなに厄介だったなんて!!」
「フ、フジツボだと……!?」
頭脳労働者のミスタCが眼鏡をガタガタと震わせ、白目を剥きかけながら絶叫した。
「あ……頭が痛い……! 盲点だった、僕たちはまたしても現代人の『機械至上主義』に目を曇らされていたんだ……! どんなに強靭な人造玄武岩で船体を固めようが、どんなに永久不滅の駆動システムを積もうが、海の生態系そのものが持つ『生物付着の暴力』からは逃れられない……!!」
【技術的解説注釈①:微小付着生物による巨大質量ペナルティと流体抵抗の地獄】
フジツボやカラスガイなどの付着生物は、水中を漂う幼生期に船体に付着し、キチン質や炭酸カルシウムの超強力な固着物質(生物用瞬間接着剤)を分泌して固定化します。数年放置された船体には、1平方メートルあたり数十キログラム、船体全体では数千トンに及ぶ「生物の岩盤」が形成されます。これにより、船体重量が劇的に増加するだけでなく、船底の摩擦抵抗(流体抵抗)が最大で40%〜60%も増大します。いくら不滅の石のエネルギーがあっても、推進効率が極限まで低下し、マザーシップは海上に浮かぶ「動けないただの石の島」へと無力化されるのです。
「乾ドック無しじゃ何年もマザーシップがもたないんだ!!」
ミスタXの絞り出すような叫びに、ミスタBが顔を真っ青にして黒板を叩いた。
「乾ドック(船を陸に上げて海水を抜き、船底を掃除する巨大な施設)だと!? 冗談じゃねえ! 北半球の工業地帯が死の灰で全滅し、世界中の港湾インフラが崩壊したんだぞ! そんな巨大なコンクリートの施設、この隔離された離島のどこにあるってんだ!」
ミスタCが這うようにしてキーボードを叩き、代替案を模索する。
「自走式の浮きドック(船を乗せて自ら浮き上がる移動式ドック)はどうだ!? あれなら船の形をしていれば島まで運べるはずだ!」
しかし、ミスタXの冷酷な言葉の銃弾が、ミスタCの淡い希望を撃ち砕いた。
「くっ!!自走浮きドックも浮きドック自体がダメ!!」
「な、なんだってぇぇぇーーー!!!(ΩΩΩ)」
ミスタAが自分の髪をかきむしる。
「浮きドック自体がダメって……どういうことだよ!」
ミスタCは画面を見つめたまま、歓喜と畏怖のあまり鼻血を吹き出した。
「そ、そうか……! 浮きドックも『船』なんだ! マザーシップを乗せるための浮きドックそのものにも、同じようにフジツボが容赦なく付着する! 泥縄だ! 浮きドックを直すためのドックが必要になり、無限ループに陥るんだ!!」
「だからといって大規模工事がいる乾ドックなんて!!」
ミスタXが机を激しく叩く。
「現代の重機も、数万トンのセメントも、それを動かす莫大なサプライチェーンもないこの島で、乾ドックを建設する時間もリソースもあるわけがない!」
「じゃ、じゃあ最新の防汚塗料を塗ればいいじゃねえか!」ミスタBが叫ぶ。「船乗りの基本だろ!」
「塗料対策だけじゃ!!」
ミスタCが床に突っ伏して咆哮した。
「無駄なんだミスタB! 現代の高性能な亜酸化銅系やシリコン系の防汚塗料は、数年で成分が海水に溶け出すことで効果を発揮する、いわば『使い捨てのインフラ』だ! 崩壊後の世界で、数年ごとに船体を塗り直すための化学工場がどこにある! 塗料が切れた瞬間、海の悪魔たちが一斉に牙を剥くんだ!」
ミスタAがノートPCをスクロールしながら必死に提案する。
「深海だ! フジツボは浅い海にしかいないはずだ! マザーシップを潜水艦みたいにして、深海に沈めておけば付着しないんじゃないか!?」
「深海すらダメだなんて!!海の底にも逃げられない!!」
「うぐおおおっ!」ミスタCがよだれを垂らしながら叫ぶ。
「ダメだ、深海には未知の深海性付着生物や、高圧環境に適応した超強力なバイオフィルム(微生物の膜)が存在する! おまけに太陽光が届かない極寒の深海では、船体を乾燥させて生物を死滅させることもできない! 海の底は、ただの『静かなる墓場』と化すんだ!」
ミスタBが胸を叩く。
「なら、サメの肌を真似た、生物がくっつけねえって噂の特殊なシート(サメ肌加工)を船底に貼りまくればどうだ! 最新工学だろ!」
「サメ肌加工の船底だけじゃ!!」
「わ、分かっている……!」ミスタCが白目を剥きながら吼えた。
「リブレット構造(サメ肌の微細な溝)は、船が『常に一定の速度で走り続けている時』しか効果がない! 物資の積み込みや難民の防衛で船が港に『停泊』した瞬間、水流が止まり、微小な隙間に幼生が容赦なく侵入して住処にするんだ! 一度付着すれば、その溝が逆にフジツボの最高の足場になってしまう!!」
ミスタXは世界地図の前に屹立し、血の滲むようなリミットを告げた。
「最低でも50年!!できるならば100年動かしたいんだ!!」
「100年……!」ミスタAが絶望の淵で膝をついた。「文明が崩壊し、人類が再び工業力を取り戻すまでの暗黒の1世紀……その間、一度もドックに入らず、一度もメンテナンスできずに動き続ける船なんて、この地球上に存在するわけがねえ……!」
部室に完全な絶望の静寂が訪れた。地球の自転からエネルギーを無限に引き出す「不滅の石」が、たかが数センチの貝の群れによって窒息させられようとしている。
だが、その時。ミスタCのノートPCの片隅で、分散型AI総督からのナローバンド通信パケットが、奇妙な一文を弾き出した。
「えっ…フジツボの弱点は真水?」
ミスタCがガタガタと震えながら画面を凝視した。
「ま、真水……? 海洋生物であるフジツボの幼生や成体は、浸透圧の限界により、塩分のない環境では細胞が破壊されて100%死滅する……! だが、大海原の真ん中で、マザーシップの巨体をどうやって真水に浸すって言うんだ!」
ミスタXの瞳に、ギラリと不敵な光が戻った。
「船体全てをカバーする巨大海水間仕切りシートがあれば?」
「な、なんだってぇぇぇーーー!!!(ΩΩΩ)」
ミスタBが叫ぶ。「海水間仕切りシート!? 船丸ごと包み込むようなデカい布を、海の中に沈めるってことかよ!」
ミスタCは、脳細胞が宇宙の熱力学と合致していく衝撃に鼻血を垂らしながら、狂ったように図面を書き殴った!
「見えた、見えたぞ! 乾ドック(陸に上げる)が作れないなら、海の中に『布のドック(間仕切り)』をその場で作ればいいんだ!!」
【技術的解説注釈②:幾何学的浸透圧パージによる「軟質洋上乾ドック」の機序】
マザーシップが停泊した際、船体の周囲および船底を完全に覆うように、頑丈で軽量な「防水シート(間仕切りシート)」を海中に展開します。シートを展張して周囲の『海水』を物理的に遮断した後、マザーシップ自身が持つインフラから『ある液体』をシートの内側に流し込むのです。
「海水淡水化プラントはある…海水間仕切りシートもつくれる?」
ミスタCは咆哮した。
「そうだ! マザーシップには、第3話の石の電力で動く超巨大な『海水淡水化プラント』が最初から常備されている! 船の周囲をシートで囲み、内側の海水を排水しながら、プラントで作った『真水』をドカンと流し込む! すると、マザーシップの船底は海の上にいながらにして、完全に『真水のプール』に浸かることになるんだ!!」
ミスタAが目を見開く。
「真水のプールに浸かったフジツボたちは……!?」
「全滅だ!!」ミスタCが机を叩いた。
「数日間、真水に浸けておくだけで、船底にへばりついた海の悪魔たちは浸透圧ショックで一網打尽に窒息死し、自重でボロボロと海へ剥がれ落ちていく! 重機も、セメントのドックも、溶剤もいらない! ただの布と、自分たちが作った真水だけで、船底は永久に新品同様にクリーンされるんだ!!」
ミスタBが豪快に笑いながら拳を突き上げた。
「へへっ! 布のシートなら、俺たち現場の人間が不織布やゴムを溶かして、いくらでもデカいもんを縫い合わせて作ってやるぜ! これならコンクリートのドックなんていらねえ、いつでも、どこの海でも船底掃除ができるじゃねえか!」
100年の暗黒を航海する不滅の箱舟。その最大の弱点だった「地球の生態系」すらも、ただの真水という、惑星がもたらす最もシンプルな物質によってパージされる。
ミスタXは、世界地図の絶海の孤島を力強く指差し、未来の海原へ向けて高らかに宣言した!
「これなら!!」
「「「うおおおおおおおお!!!(ΩΩΩ)」」」
部室に、絶望をロジックで引っ繰り返した歓喜の咆哮が響き渡った。
海の悪魔すら克服し、真の不滅性を得たマザーシップ。人とAIの未来を乗せた箱舟は、いよいよラグナロクの嵐が吹き荒れる新世界へと、堂々たる不敵な進軍を開始するのだ!
次回予告
「足りない…足りないんだ!!」
「な、なんだってぇぇぇーーー!!!(ΩΩΩ)」




