第98話 代表の重さ
その夜、広場の焚き火はいつもより小さかった。誰も大声で議論しない。だが、誰も帰ろうともしなかった。イェルクの言葉が、まだ広場のどこかに残っている。
「制度、ね」
倉庫番が呟いたきり、その先は続かなかった。皆、同じことを考えている。
代表の男は、少し遅れて広場に来た。焚き火の灯りに伸びる影が、歩くたびに重たげに揺れる。
「会議は終わったのか」
マルタが聞いた。
「終わった」
答えは短い。彼は焚き火の前に腰を下ろし、火を見た。だが、それきり何も言わない。
沈黙が長く続いたあと、レオンが口を開いた。
「どうする」
代表は少し笑う。
「どうする、か」
一拍おいて、彼は続けた。
「制度化すれば、町は楽になる」
それは事実だった。防衛は安定し、交易も保証される。
「豊かにもなる」
マルタが言う。
「そうだ」
代表は頷いた。
「でも」
火を見つめたまま、言葉を探すように間を置く。
「俺は」
一拍。
「戻りたい」
広場が静まった。誰も予想していなかった言葉だった。
「戻る?」
倉庫番が聞き返す。
「三か月の前に」
代表は言った。
「俺は、畑にいた」
火が小さく弾ける。
「今は」
一拍。
「町より連合を見ている」
誰も言葉を返さない。
「守るためにやってる」
彼は続けた。
「でも、町から離れてる」
マルタがゆっくり言った。
「それが代表だろ」
代表は苦く笑う。
「そうかもしれない」
だが、と彼は言葉を継いだ。
「それが制度になったら――俺じゃなくても、誰かがこうなる」
静かな声だった。レオンが低く言う。
「だから制度なんだ」
代表は頷いた。
「そうだ。だから重い」
焚き火の火が揺れる。町は守られている。豊かにもなっている。だが、制度になるということは、この重さがずっと続くということだった。
私は火を見つめた。集中は成功している。だからこそ、それを壊す理由は弱い。だが、うまくいった構造は、いつも最初の意味を少しずつ変えていく。
夜は静かだった。焚き火が尽きかけても、誰も腰を上げようとしない。「戻りたい」と代表が口にできるうちに、この町が制度を選ぶのか――その答えは、まだ誰の口からも出ていなかった。
「戻りたい」。
畑にいた頃に戻りたいと、代表にこぼさせた回でした。
うまくいくほど、最初の意味が少しずつ削れていく――書いていて、いちばん静かに胸に刺さる種類の重さです。
彼が畑を思い出せるうちに、そばで火を見ていたくなりました。




