第84話 揺れる背中
四日目。町はいつもより静かだった。議論に疲れたわけではない。むしろ、考えすぎている。
広場の中央に、まとめ役の男が立っていた。普段よりも姿勢が硬い。肩に力が入り、両手は所在なげに腰のあたりで組まれている。
「連合の条件は悪くない」と彼は切り出した。「防衛も、交易も、安定する」
「代表は?」誰かが問うた。
「固定だ」
低いざわめきが輪を伝っていった。
「お前がやるのか」
問いに、男はすぐには答えなかった。沈黙が一拍。
「……求められれば」
その言葉は強くない。だが、否定もしていなかった。空気が重くなる。“求められれば”――それは承諾の前段階だ。口をつぐんだ顔の並びを見れば、輪の誰もがそう受け取ったのが分かった。
私は輪の外にいた。加わってはいない。それでも、いくつもの視線が背中に触れてくるのを感じた。
「一人に戻るぞ」と、誰かが小さく言った。「戻れば、守れる」別の声が続く。
レオンが口を開いた。「守れるかは分からない」一度言葉を切り、「だが、速い」
「速さが正しさではない」
「遅さが正義でもない」返答は即座だった。
思想が、初めて正面からぶつかった。
マルタが前に出た。「私は賛成だ」はっきりとした声だった。「集中すれば、防衛は速い。連合に入れば支援も来る」そう言って、私のほうへ向き直る。「分散で守れる保証は?」
私は答えなかった。代わりにレオンが言う。「保証はない」一拍おいて、「だが、集中にも保証はない」
「連合はある」マルタは引かない。
「連合は、連合を守る」レオンの声は低かった。
言葉と言葉のあいだで、空気が裂けた。
まとめ役の男は目を閉じた。自分が立たされている場所を、この男は理解している。代表になれば、町は守られるかもしれない。だが、そのとき自分は――。
「俺が潰れたら?」小さな声だった。
誰も答えなかった。
「交代すればいい」やがて誰かが言う。
「本当に、簡単か」男が問い返す。返ってくるものはなく、また沈黙が落ちた。
私はやっと口を開いた。「集中は、強い」一拍。「だが、強い構造は狙われる」
「狙われない保証は?」
「ない」
自分の声が輪の隅々まで届いて、揺れて戻ってくる。保証は、どちらにもなかった。
夜。焚き火は大きく育っていた。それでも意見は割れたままだ。
「代表固定でいい」
「分散を守るべきだ」
「折衷案はないのか」
炎越しに声が飛び交う。私は火を見つめた。町は初めて、明確に分かれた。理想派と、安定派と、様子見派。座る位置まで、いつのまにか三つの塊にほどけている。
レオンが静かに言った。「選ぶしかない」
七日のうち、四日が過ぎた。残り三日。町はまだ壊れていない。だが焚き火のこちら側とあちら側で、明日の朝には誰がどの塊に座るのか、もう誰にも読めなくなっていた。
「俺が潰れたら?」――この一言が書けて、私はちょっと救われました。
制度の話をしているのに、いちばん揺れているのは一人の背中なんですよね。
答えを出さない回で、書く私も一緒に迷いっぱなし。
アルテミシアが輪の外から動かないの、もどかしくて、でも彼女らしい。
ここまで付き合ってくださって、ありがとう。




