第83話 生活の重さ
三日目の朝、畑はいつも通りに動いていた。
土を踏む音。
水を運ぶ音。
子どもが転び、泣き、すぐに立ち上がる音。
町は、まだ平和だ。
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マルタは鎌を握ったまま、言った。
「戦が来るかもしれないって話だろ」
隣の男が苦笑する。
「まだ“かもしれない”だ」
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「“かもしれない”で準備しなかった町が、
どうなったか知ってる」
マルタの声は平坦だ。
経験の響きがある。
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私は畑の端に立っていた。
彼女は振り返らない。
だが、私がいることは分かっている。
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「代表が固定されれば、
防衛は早い」
マルタは続ける。
「連合に入れば、物資も守られる」
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「代わりに、決断は集中する」
私は言う。
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「決断は、誰かがする」
即答。
「今だって、結局は一人だ」
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言葉が刺さる。
完全な分散ではない。
名は一つだ。
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「違う」
私は静かに言う。
「今は、決断の前に確認がある」
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「確認してる間に来たら?」
彼女の問いは鋭い。
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私は答えを探す。
理屈はある。
だが、彼女の問いは理屈ではない。
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「守りたいのは、思想じゃない」
マルタは言う。
「子どもだ」
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遠くで、子どもが笑う。
その声が、議論を軽くすることはない。
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「集中は、誰かが潰れる構造だ」
私は言う。
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「潰れなきゃいい」
マルタは返す。
「強い人がやればいい」
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レオンの顔が、脳裏に浮かぶ。
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「強い人は、永遠に強いわけじゃない」
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「弱くなったら、交代すればいい」
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単純で、合理的だ。
だが、人は簡単に交代しない。
責任は、簡単に降りられない。
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「あなたは戻らないのか」
マルタが初めてこちらを見る。
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「戻れば、早い」
彼女は言う。
「あなたなら、連合とも渡り合える」
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視線が重い。
期待ではない。
選択を迫る重さだ。
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「戻らない」
私は言う。
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「なぜ」
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「一度戻れば、
次は戻るのが前提になる」
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マルタは黙る。
理解したわけではない。
だが、否定もできない。
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「私は、守りたい」
彼女は最後に言う。
「壊れにくさじゃなく、
今日を」
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その言葉が、胸に残る。
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夕方。
広場では、連合の条件が再確認されている。
代表固定。
即断権限。
防衛参加。
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「悪くない」
誰かが言う。
「むしろ、合理的だ」
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合理的。
それは、魅力的な言葉だ。
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夜。
焚き火のそばで、レオンが言う。
「迷っているな」
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「ええ」
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「守るための集中は、
間違いじゃない」
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「ええ」
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「だが、守られた後は?」
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私は火を見つめる。
守られた後も、
構造は残る。
集中は、続く。
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七日のうち、三日が過ぎた。
町はまだ壊れていない。
だが、
生活の重さが、
理想を押し下げ始めている。
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