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断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


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80/128

第80話 不完全な共存

 三日後、町はいつものように動いていた。完璧ではないし、早くもない。それでも、止まってはいなかった。


 倉庫の前では、三人が一枚の紙を囲んでいた。指先が数字の列をたどる。

「ここ、数字がずれてる」

「昨日の分が反映されてない」

「じゃあ、修正」

 確認の手順は増えた。手間も増えた。それでも三人の声は、苛立ちも焦りも帯びずに落ち着いている。


 まとめ役の男は、輪から少し離れたところに立っていた。

「問題ないか」

 問いは投げる。けれど、最終の判断を自分ひとりで急いで下すことはしない。


「大丈夫」

 三つの印が、紙の上に横並びになった。男は最後に、その隣へ自分の名を書き足す。


 署名は一つ。だがその一筆の背後には、三人ぶんの判断が積み重なっている。


 外からの使者が、再び姿を見せた。倉庫の様子をひとわたり眺めて、穏やかな声で言う。

「安定していますね」


「安定、とは言えません」

 まとめ役が首を横に振った。

「確認が増えただけです」


 使者は口の端で笑った。

「それを、安定と言うんですよ」


 使者が去ったあと、誰かがぼそりとこぼした。

「楽じゃないな」


「でも、怖くもない」

 別の声が、すぐにそれへ返す。


 広場では子どもが幾人も走り回っていた。炊き出しは今日も少し遅れたが、列に混乱はない。


 レオンは木箱に腰掛けて、その光景を眺めていた。以前のように、あちこちから彼が呼ばれることはもうない。それでも、必要なときには自分から声を出す。


 私が隣に立つと、彼は目線を広場へ向けたまま口を開いた。

「どう思う」


「面倒だ」

 飾りのない、正直な言葉だった。


「ええ」


「だが、壊れにくい」


 私は黙って頷いた。


 中心が完全に消えたわけではない。名は一つ、窓口も一つ。それでも、その一つはもう孤立していなかった。


 分散は理想などではないし、中心が悪というわけでもない。どちらも不完全で、そのときどきでどちらも必要になる。


「戻らなかったな」

 レオンが言った。


「ええ」


「戻る日が、来るかもしれない」


「来るでしょう」


 それでも、今は戻らない。


 夕方になった。焚き火の炎が静かに揺れ、その周りで笑い声が小さく広がっていく。誰も英雄ではないし、誰も犠牲でもない。


 不完全なまま、町は続いていた。効率はほどほど、安心もほどほど。それでも、一人にすべてを背負わせない形が、ここにはたしかにあった。


 私は空を見上げた。正解はない。あるのは、そのときそのときの選択だけだ。


 町は今日も壊れなかった。そして、壊れないまま続けていくための面倒な手間を、皆で少しずつ引き受けている。それが、この章の終わりだった。

派手な勝利ではなく「面倒だが、壊れにくい」で章を閉じました。

「安定とは言えません」「それを、安定と言うんですよ」――この掛け合いが書けて、私は静かに満足しています。


地味な着地に最後まで付き合ってくれたあなたに、そっと感謝を。

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