表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/106

第67話 代わりに決めてほしいという声

 朝の広場は、少しだけ冷えていた。


 寒さのせいだけではない。

 空気の中に、言いにくい言葉が混じっている。


 昨日から続く、あの疲れ。

 壊れてはいないのに、じわじわ削れる感覚。


 人はそれを、説明できない。

 だから、別の形で口にする。


「……今日は、誰が決める?」


 倉庫の前で、若者が言った。

 昨日と同じ問い。

 なのに、今日は響きが違う。


「決めるっていうかさ」

 別の男が笑う。

 笑いは軽い。だが、逃げ道でもある。


「とりあえず、誰かがまとめてくれた方が早いよな」


 その一言で、周囲の視線が一瞬だけ揃う。

 誰も怒らない。

 誰も反論しない。


 否定できないからだ。


「……昨日、遅れたしな」

「並び直し、二回やった」

「悪いことじゃないけど、疲れる」


 言葉が重なるたびに、

 “分散は正しい”という前提の上に、

 “でも、しんどい”が積み上がっていく。


 そして、次の言葉が生まれる。


「誰か、今日だけでも……」


 “今日だけ”。

 便利な言葉だ。

 責任を固定しないふりをして、役割を作る。


 倉庫番の男が、困ったように頭をかいた。


「昨日みたいに、俺がやるか?」

 言い方は軽い。

 だが、その瞬間、周囲の顔がほっと緩む。


 安堵。

 それが、圧になる。


「助かる」

「それが早い」

「じゃあ、お願い」


 誰も命令していない。

 誰も押しつけていない。

 なのに、役割が決まる。


 私は少し離れた場所から、その光景を見ていた。


 中心は、悪意で作られない。

 疲れと善意で、自然に生まれる。


 倉庫番の男は、咳払いをして言った。


「じゃあ、まず炊き出しは……昨日より少し早めに始めよう」

「水は、順番だけ整理しよう。変えるのは後で」

「修繕は、雨の前に屋根を優先で」


 短い判断が三つ。

 それだけで、町は動き始める。


 不思議なほど、滑らかに。


 人々の足取りが軽くなる。

 会話が増える。

 作業が進む。


 そして、誰かが言う。


「やっぱり、決まると楽だな」


 その“楽”が、危険だと気づく者は少ない。

 楽は、中心を呼び続ける。


 昼前。

 倉庫番の男は、もう二度、呼び止められていた。


「これ、どうする?」

「こっちは先でいい?」

「さっきの判断、今も同じ?」


 確認。

 相談。

 小さな依存。


 彼は笑って返す。


「大丈夫、大丈夫。今日は俺が見てる」


 その言葉に、周囲が安心する。

 安心は、さらに問いを集める。


 私は、胸の奥が少しだけ冷えるのを感じた。


 昨日は、分散で疲れた。

 今日は、中心で楽になった。


 人は、楽な方へ戻る。

 それは弱さではない。

 自然だ。


 午後。

 レオンは広場の端にいた。


 誰にも囲まれていない。

 誰にも呼ばれていない。


 そのはずなのに、

 人の視線は時折、彼の方へ流れる。


 “いつもの中心”が消えたことを、

 体がまだ覚えている。


 倉庫番の男が、ふとレオンの方を見た。

 助けを求める目ではない reminded。

 確認の目だ。


 ――これでいいのか。


 レオンは何も言わない。

 言わないことが、今日の彼の判断だ。


 夕方。

 作業は、昨日より早く終わった。

 誰も疲れた顔をしていない。


 その代わりに、

 倉庫番の男だけが肩を落としていた。


「……今日は、流石に多かったな」


 自嘲気味な笑い。

 しかし周囲は、それを労いとして受け取る。


「助かったよ」

「ありがとう」

「明日も、頼める?」


 最後の言葉は、冗談の形をしていた。

 だが、冗談は本音の衣だ。


 倉庫番の男は、笑ったまま返事をしない。

 否定できない。

 肯定もしたくない。


 その沈黙に、

 周囲の空気が少しだけ硬くなる。


 私は思った。


 中心を持たないために選んだ不完全さは、

 疲れを生んだ。

 疲れは、中心を呼んだ。

 中心は、再び疲れを一人に集め始める。


 この循環を、

 誰も悪意なく繰り返す。


 夜。

 焚き火のそばで、誰かが小さく言った。


「……毎日じゃなくていい」

「交代なら、いいよな」

「決める人を、回せば……」


 言葉は、希望のようで、

 同時に、新しい固定の始まりでもある。


 私は火を見つめた。


 分散と中心。

 どちらも、完璧ではない。

 どちらも、必要になる瞬間がある。


 問題は、いつも“楽”が勝ってしまうことだ。


 町は、今日も壊れない。

 だが、明日、

 誰が「今日だけ」を引き受けるのか。


 その問いが、

 静かに形を持ち始めていた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ