第62話 決めない自由の代償
朝の空は、
少しだけ明るかった。
雲はあるが、
雨は降らない。
判断を
先延ばしにするには、
ちょうどいい天気だった。
広場の端で、
一人の男が
荷をまとめていた。
旅装だ。
それほど大きくない。
だが、
迷っている様子もない。
「……もう、
行くのか」
声をかけたのは、
顔なじみの商人だった。
「ああ」
男は、
短く答える。
「ここは、
居心地いいだろ」
「そうだな」
即答。
否定しない。
「だから、
長くいるつもりだった」
その言葉に、
商人は
首を傾げる。
「……じゃあ、
どうして」
男は、
少しだけ
言葉を探した。
「仕事の話が、
流れた」
それだけだ。
話は、
三日前に出ていた。
物資の運搬。
定期的な取引。
条件も、
悪くなかった。
だが――
正式な返事は
出なかった。
「急がなくていい」
「もう少し
様子を見よう」
その言葉が、
何度か
交わされた。
悪意はない。
「向こうは、
待ってくれなかった」
男は、
それだけ言った。
責める調子ではない。
事実だ。
私は、
少し離れた場所で
それを聞いていた。
誰も、
約束を破っていない。
誰も、
拒否していない。
ただ――
決めなかった。
昼。
倉庫の前で、
同じような話が
もう一つ
交わされていた。
「……資材、
入らないらしい」
「何で?」
「返事が
遅かったから」
それだけだ。
作業は、
中断される。
怒号はない。
代案を
探す者もいない。
「仕方ないな」
という空気だけが
残る。
レオンは、
その報告を
聞いていた。
表情は、
変わらない。
「……そうか」
短い返事。
彼は、
計算していなかった。
待たない相手が
いることを。
「責任は、
誰にある?」
誰かが、
冗談めかして言う。
「誰にも
ないだろ」
すぐに、
別の声が返る。
皆、
笑う。
その笑いは、
軽い。
だが――
失われた機会は
戻らない。
夕方。
町の入口で、
男が
振り返った。
「……悪くなかった」
そう言って、
手を振る。
誰も、
引き止めない。
引き止める理由が
ないからだ。
私は、
その背中を
見送った。
彼は、
恨んでいない。
怒ってもいない。
ただ――
ここでは、
決まらなかった。
夜。
焚き火のそばで、
人々は
いつも通りだ。
「今日も、
静かだったな」
「揉めなくて
よかった」
その評価は、
正しい。
だが、
私は知っている。
今日、
町は
一つの可能性を
失った。
それは、
事故ではない。
失敗でもない。
代償だ。
レオンは、
火を見つめていた。
「……決めなかった
だけなんだが」
誰にともなく
言う。
それが、
この章の
すべてだった。
決めない自由は、
人を守る。
だが、
すべての相手が
待ってくれる
わけではない。
それを
学ぶために、
誰かが
傷つく必要はない。
ただ、
機会は
黙って去る。
町は、
今日も壊れない。
だが、
未来の選択肢は
少しだけ
減った。
誰のせいでもなく。
それが、
決めない自由の
静かな代償だった。
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