第6話 魔法実習の事故
王立学院の魔法演習場は、朝から緊張に包まれていた。
本日の授業は、学年合同の実技実習。
魔力量と制御力を同時に測る、危険を伴う内容だ。
「本日の課題は、複合属性の基礎制御です」
教師の声が響く。
「制御に不安がある者は、必ず事前に申告するように」
私は、無意識に視線を巡らせた。
――エリナ=ミルフォード。
彼女は列の後方に立ち、両手を胸の前で固く握っていた。
顔色が、明らかに悪い。
(……申告していない)
嫌な予感が、背筋を走る。
聖属性。
それも、不安定な兆候を見せたばかり。
本来なら、個別管理が必要だ。
「開始」
号令と同時に、生徒たちが魔力を展開する。
光、風、水、火――
色とりどりの魔力が空間を満たしていく。
その中で。
エリナの魔力だけが、歪んでいた。
(まずい)
「エリナ!」
私は、思わず声を上げていた。
彼女の足元で、魔法陣が不自然に揺らいでいる。
光が、暴走の兆しを見せ始めていた。
「集中を止めて! 一度、魔力を遮断しなさい!」
だが、彼女は動かない。
「わ、分からなくて……!」
声が震える。
次の瞬間、魔力が跳ねた。
――暴走。
私は迷わなかった。
「全員、後退!」
演習場に、鋭い声が響く。
同時に、私は前へ踏み出していた。
魔力遮断の結界を即座に展開。
制御限界を超えた光が、結界に叩きつけられる。
激しい衝撃。
視界が白く染まる。
だが――
爆発は、起きなかった。
結界が、ぎりぎりで耐え切ったのだ。
沈黙。
やがて、ざわめきが戻る。
「怪我人は?」
「……いません」
教師の声に、安堵が広がった。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
(間に合った……)
だが、その瞬間。
「アルテミシア様……」
誰かの声が、私を呼んだ。
振り返ると、エリナが涙を浮かべて立っていた。
「私……怖くて……」
その言葉に、胸がざわつく。
私は、感情を抑え、はっきりと告げた。
「事前申告をしなかったのは、重大な規則違反です」
空気が、凍りついた。
「あなたは、周囲を危険に晒しました」
――事実だ。
だが。
「そんな言い方、しなくても!」
誰かが、叫んだ。
「アルテミシア様が怖がらせたから、制御できなかったんじゃ……」
視線が、一斉に私へ向く。
違う。
原因は、制御不足と判断の遅れだ。
「殿下……?」
エリナが、縋るように声をかける。
レオナルト殿下は、一瞬だけ私を見た。
そして――
「もういい」
そう言って、彼女の前に立った。
「君は、十分頑張った」
胸の奥が、音を立てて崩れた。
「殿下」
私は、低く言った。
「今回の件は、厳正な処置が必要です」
「誰も怪我をしていない」
殿下は、私を見なかった。
「結果がすべてだ」
――結果?
私が、止めた結果だ。
「……承知しました」
その言葉を口にした瞬間、
私は理解してしまった。
もう、戻れない。
噂は、その日のうちに広まった。
「アルテミシア様が怒鳴ったから暴走した」
「平民を晒し者にした」
「冷酷すぎる」
事実は、誰も気にしなかった。
私が防いだ事故より、
エリナが泣いたことの方が、重要だった。
夕暮れの演習場で、私は一人立ち尽くした。
(……これが、答えか)
正しさは、歓迎されない。
理は、嫌われる。
そして。
悪役は、こうして作られる。
私は、静かに拳を握った。
――それでも。
もし、もう一度同じ場面に戻ったとしても、
私は同じ選択をするだろう。
誰かに憎まれても、
誰かに断罪されても。
事故を防ぐ者は、
いつだって、最後に裁かれるのだから。
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