第45話 沈黙の合意
集会は、日没前に始まった。
特別な議題があるわけではない。
定例でもない。
ただ、
話しておこう、という空気。
それだけだった。
集会所には、
老若男女が集まっている。
顔ぶれは、
いつも通りだ。
誰かが前に立つこともない。
壇上もない。
円になる。
それが、
この町のやり方だった。
「……次は、
水路の件だな」
誰かが言う。
すぐに、
別の声が続く。
「補修は必要だが、
人手が足りない」
「倉庫の整理で、
余力は出たはずだ」
議論は、
自然に流れる。
声を荒げる者はいない。
やがて、
あの男が口を開いた。
声は低く、
目立たない。
「今すぐ全部直す必要は、
ありません」
それだけ。
理由も、
説明もない。
だが――
空気が、
一段落ち着いた。
「……そうだな」
誰かが頷く。
「今は、
様子を見るか」
「急がなくていい」
次々と、
言葉が重なる。
反論は、
出ない。
私は、
輪の外で
それを見ていた。
否定できる発言ではない。
むしろ、
妥当だ。
だからこそ――
反対する理由が、
最初から失われている。
「では、
今日はここまでで」
誰かがそう言うと、
集会は終わった。
決議も、
採決もない。
だが――
結論は、
共有されている。
それが、
何よりも強い。
人々が
三々五々に散っていく。
不満の声は、
聞こえない。
安堵の息。
早く終わって、
よかったという空気。
私は、
一人の女性に声をかけた。
「……何か、
言いにくいことは
ありませんでしたか」
唐突な問いに、
彼女は少し驚いた。
「え?」
「たとえば、
今の判断について」
一瞬、
視線が揺れる。
「……いえ」
すぐに、
首を振った。
「問題はありません」
その答えは、
本心だ。
少なくとも、
今は。
集会所を出ると、
夜風が吹いた。
冷たいが、
心地よい。
町は、
今日も平和だ。
争いもない。
不安もない。
だが――
異論もない。
私は、
歩きながら考えた。
この共同体は、
正しさを
一人に預けていない。
少なくとも、
形の上では。
だが、
判断の重さは
確実に
偏り始めている。
そして何より――
人々がそれを
自覚していない。
宿へ戻る途中、
あの男の背中が見えた。
声をかけようとして、
やめる。
今、
話すべきではない。
彼は、
まだ“問題”ではない。
だが――
この沈黙が続けば、
必ず
誰かが言葉を失う。
部屋に戻り、
灯りを落とす。
沈黙の合意。
それは、
誰も反対しなかった
という事実ではない。
反対する理由を、
考えなくなった状態だ。
そして――
それは、
いつも
正しい顔をして始まる。
私は、
まだ動かない。
だが、
この空気を
見過ごすことも
できなかった。
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