↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/128

第4話 優しさの偏り

 誰かが明確な悪意を向けたわけではない。

 だからこそ、始末が悪かった。


 昼下がりの回廊。私は足を止め、目の前の輪を見つめていた。


「エリナ、大丈夫?」

「分からないことがあったら、何でも聞いてね」


 弾む声。柔らかな眼差し。その中心に、エリナ=ミルフォードがいる。

 数日前まで、誰もその名を知らなかった。それが今では、昔からそこにいたかのように、輪の真ん中に収まっている。


 好意ではない。庇護だ。

 努力しているから。可哀想だから。泣きそうだから――理由など、どれでもいい。要は、“守りたい対象”に選ばれた。それだけのことだ。


「アルテミシア様……」


 エリナが私に気づいて声をかける。

 その途端、輪の温度が下がった。笑みが引っ込み、視線が集まり、言葉にならない圧が空気を固くする。


 ――私が来たから。


「提出物の形式が違っています」


 私は淡々と告げた。


「規定では、二枚目以降に家名を記す必要があります」


「……す、すみません」


 エリナは慌てて頭を下げる。その仕草ひとつが、周囲の感情を逆撫でした。


「そんな細かいところまで」

「そこまで言わなくても」


 小さな声。だが確かに、私へ向けられている。


 細かい、か。

 提出物の不備一つで評価が動き、家の将来まで左右される世界で、「細かい」で片づけられるものなど何ひとつない。それを、彼女はまだ知らない。教えずに笑っているこの輪も。


「彼女は、まだ慣れていないのです」


 その声が、決定打だった。


 レオナルト殿下。いつのまにか、輪のすぐ外に立っていた。


「殿下……」


「アルテミシア。もう十分だ」


 穏やかな声。けれど私に向けられたそれは、まぎれもない拒絶だった。しかも今度は、回廊のこちらとあちら、両側の生徒全員が見ている場所で。


「十分、とは」


 私は、退かなかった。


「規則を伝えることが、ですか」


 殿下は一瞬、言葉に詰まる。


「……君の言うことは、正しい」


 また、それだ。正しい、と認めながら、正しさの側には立たない。


「だが、今は彼女を責める時じゃない」


「責めてはおりません。教えているだけです。殿下、特例が常態化すれば、いずれ彼女は――」


「分かっている!」


 殿下の声が、はじめて硬くなった。周囲が、息を呑む。


「……でも、皆が見ているんだ。今は、空気を読むべきだろう」


 空気。

 その一語で、私の足元が音もなく崩れた。


 正しさよりも、空気。規則よりも、感情。

 この国の王太子が、大勢の前で、はっきりとそちらを選んだ。私を退けることで、輪の側に立ってみせた。


「……承知しました」


 私は、静かに頭を下げる。

 ここで言い返せば、私はただ「感情的な悪役令嬢」になるだけだ。彼が引いた線を、自分の手で濃くするだけだ。


 エリナは、殿下の背に半ば隠れて、私を見ていた。

 怯えと、安堵と、わずかな安心。守られた者の顔だった。

 喉の奥が、灼けるように熱くなる。


「アルテミシア様って、厳しすぎない?」

「完璧を、押しつけてるだけじゃ」


 誰かが、はっきりと口にした。

 それを否定する声は、どこからも上がらなかった。沈黙が、答えだった。


 私は、そこに立っていた。誰よりも正しく、誰よりも独りで。


 ――理解してしまう。

 優しさは、選ばれた者にだけ配られる。そして選ばれなかった者には、黙って耐える役が回ってくる。


 ふと、奇妙な考えがよぎった。

 私はこの役を、いつ、自分で引き受けると決めただろう。

 冷静であれ、正しくあれ、嫌われても構わない――そう言ったのは、いつも私ではない誰かだった。父。母。教師。そして今、空気を読めと言ったこの人も。私はただ、与えられた役の輪郭を、律儀になぞってきただけではないか。


 考えかけて、私はその問いに蓋をした。今は、そんなことを問うている場合ではない。


 鐘が鳴り、生徒たちが散っていく。

 誰も、私に声をかけなかった。振り返る者すら、いない。


 私は、一人で歩き出す。背に、いくつもの視線を刺したまま。


 冷たい。怖い。悪役令嬢。

 そのすべてを、私は黙って受け取った。


 叫びたかった。間違っている、と。このやり方では、いずれ誰も救われない、と。

 けれど、王太子の婚約者は、感情を表に出してはならない。正しさを、剣のように握り続けるしかない。それが、この国が私に“与えた”役目だから。


 ――蓋をしたはずのあの問いだけが、胸の底で、まだ小さく灯っていた。

今日のアルテミシア、正しいのにひとりぼっち。

「空気を読め」の一言で足元が崩れる場面、書きながら私まで喉が熱くなりました。


でも最後、彼女の胸で小さく灯った問いが、私はけっこう好きなんです。

そこ、覚えておいてもらえたら。


よければブクマの★を、そっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
教育係でも風紀委員でもない主人公が、何故にヒロインに注意をしなければならないかの根拠が薄い。意図的に主人公を『悪役』に仕立て様とする描写にしか見えなくて、違和感が残る。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。