第32話 連合という名の空気
連合定例会議は、いつもより人数が多かった。
誰かが招集したわけではない。議題が特別だったわけでもない。ただ、集まるのが当然になっていた。それだけのことだった。
「南部第三領の改革についてですが」
議長役を務める老領主が、穏やかに切り出す。手元の書類を一度撫でてから、顔を上げた。
「他領でも、同様の成果が報告されています」
卓を囲む顔が、次々に頷いた。反論する者はいない。その静けさが、私には少しだけ異様に見えた。
「我が領でも、循環補助役の再編を行いました」
西部第二領の代表が言う。
「初期には戸惑いもありましたが、今は落ち着いています」
「同様です」
「こちらも」
“問題なし”の声が、席から席へと渡っていく。誰も「やりすぎでは」とは言わなかった。言えない、というほうが近い。異を唱える言葉そのものが、いつの間にかこの部屋から抜け落ちていた。
「……少し、確認したいことがあります」
私が手を挙げると、視線が一斉に集まった。かつては、この重なりから逃げていた。今は逃げても仕方がない。私は指を卓に置いたまま、続けた。
「各領で、補助役から外れた人間のその後は、把握していますか」
一瞬、部屋が静まる。答えたのは、その沈黙に耐えかねた一人だった。
「深刻な問題は、報告されていません」
別の者が引き取る。
「希望者は、別の職に就いています」
「支援も、必要に応じて」
どの答えも間違ってはいない。ただ、どれも“今”しか見ていない。報告されていない、ということと、起きていない、ということの違いを、彼らは口にしなかった。
「……把握していない、ということですね」
私の言葉に、卓の空気が音を立てて硬くなった。
「いえ」
若い領主が慌てて身を乗り出す。
「そういう意味では……」
言葉は、そこで途切れた。彼も分かっているのだ。ここで否定すれば、“連合の流れ”に逆らうことになる、と。
隣で、マリアンヌが小さく息を吸うのが分かった。それから、静かに口を開く。
「連合は、強制をしないはずでした」
声は決して強くない。それでも、天井の高い部屋の隅々まで、よく通った。
「誰も、命令していません」
議長が静かに返す。
「各領が、自ら判断している」
「それが、一番危険です」
マリアンヌが、珍しくはっきりと言い切った。卓の周りに、抑えたざわめきが走る。
「皆が同じ判断をする時、それはもう“自由な選択”ではありません」
誰かが、居心地悪そうに椅子を引いた。木の脚が床を擦る音が、やけに大きく響く。
「……では、どうすればいいと?」
問いが、まっすぐ私に向けられた。最も避けたかった瞬間だった。答えを出せば、私は裁定者になる。出さなければ、この空気が続く。私は喉の奥で一度、息を整えた。
「連合は、正解を配る場所ではありません」
静かに、しかし言葉を選ばずに言う。
「正しさが一つに収束した時点で、それはもう“連合”ではなく、“別の王都”になります」
重い沈黙が落ちた。誰も反論しない。けれど、納得した顔もどこにもなかった。
会議が終わり、部屋を出る。廊下で、数人の代表が身を寄せて小声で話しているのが、通りすがりに耳へ届いた。
「……結局、どうすればいいんだ?」
「流れには、逆らえないだろう」
「連合基準から外れたら、不利になる」
その一言に、指先が冷たくなった。始まってしまった、と思う。命令はない。罰則もない。それでも、外れることが怖くなっている。連合という名の空気が、一人ひとりの判断を、内側から縛り始めていた。
夜。私は自室で、一人、卓に広げた地図を見ていた。各領の境が、細い線で分かたれている。
連合は、まだ壊れていない。だが、健全でもない。完璧であることをやめたはずの世界が、再び“正しさ”を一つにまとめようとしている。それはたぶん、人間の癖のようなものだ。放っておけば、みなが同じ方角へ寄っていく。
地図の上を、指でなぞる。次に本当に壊れるのは、この線のどこかにいる誰かだ。廊下で「不利になる」と口にした、あの声のうちの一人かもしれない。その前に、私は決めておかなければならない。裁かない覚悟か、関わる覚悟か。どちらを選ぶにせよ、明日の会議までに、答えは私の手の中に用意しておく。
命令も罰則もないのに、「外れるのが怖い」だけで人は同じ方を向いてしまう。
書きながら私までうすら寒くなった回でした。
今日はマリアンヌが珍しく言い切ってくれて、内心そっと拍手。
理屈っぽい回に付き合ってくれるあなたが、やっぱり好きです。




