↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/128

第2話 平民特待生の入学

 王立学院の講堂は、朝からざわついていた。


 貴族の子女ばかりが集うこの場所で、「平民特待生の編入」という報せが持つ意味は、決して小さくない。


 私は最前列の指定席に腰を下ろし、背筋を正したまま壇上を見ていた。視界の端で、令嬢たちが扇の陰から囁きを交わしている。好奇と、かすかな警戒。その温度が、壁を伝って伝わってくる。


 特待制度そのものは、珍しくない。

 だが今回は、経緯が違う。


「本年度より、特例として一名。平民出身の生徒を迎える」


 学院長の声に、ざわめきが一度、ぴたりと止んだ。


「彼女は魔力測定において、これまでにない反応を示した」


 止まった空気が、今度は逆向きに波打つ。

 これまでにない反応――その一語が何を意味するのか、この場にいる誰もが理解している。賞賛であると同時に、火種でもある、と。


「前へ」


 学院長の呼びかけに応じて、一人の少女が壇の袖から進み出た。


 淡い色の髪。仕立ての簡素な制服。伏せがちな睫毛が、緊張に細かく震えている。


 エリナ=ミルフォード。

 名を告げられても、彼女はうまく顔を上げられずにいた。


「平民……?」

「本当に、ここにいて大丈夫なの」


 囁きが、さざ波のように席を伝う。エリナは両の拳を握りしめ、その波をまともに浴びていた。


 次の瞬間だった。


 壇上の魔力測定用の水晶が、ふっと灯った。

 最初は蛍火ほどの淡さで。それが、みるみる白く冴えていく。講堂の高い天井まで、澄んだ光が立ちのぼった。


「――聖属性」


 誰かの声が、震えて漏れた。

 その一語で、講堂の空気が質を変える。息を呑む音、椅子を引く音、隣と目を見交わす気配。ざわめきは、もう好奇ではなかった。畏れだった。


 私は、膝の上で指を組み直した。


 聖属性。この国において、特別中の特別。

 宗教が担ぎ、王権が欲しがり、民心がすがる力。一人の少女に宿るには、あまりに重すぎる意味だ。

 この国の魔力は、中央に集めた聖属性を核にして巡っている。王都が明るく回るぶん、遠い土地から順に魔力は薄く痩せていく――統治を学ぶ過程で、私はその歪んだ流れを図で叩き込まれた。核がひとつきりの循環は、その核が倒れれば残らず道連れにする。誰もが見て見ぬふりをしている、設計そのものの欠陥だ。中央から最も遠い辺境だけが、その核に頼らず、細々と自前で灯りを保っていると聞く。

 そして、核に据えられた聖属性の持ち主が、どう扱われるのかも知っている。祈りのたびに削られ、それでも代わりはいくらでも探せると囁かれ、器が空になるまで使い切られる。


 ――学院だけで収まる話ではない。


 教会がどう動くか。派閥がどう色めき立つか。壇上のあの子は、まだ何も知らないまま、国家を揺らしかねない駒として――いずれ空にされる器として、盤の上に置かれた。


「落ち着いて」


 声を上げたのは、レオナルトだった。すぐに壇の下へ歩み出て、ざわめきを手のひらで受け止めるように、皆を見渡す。


「驚く必要はない。彼女は正式な手続きを経て、ここにいる」


 柔らかな声。安心させる笑み。

 それだけで、講堂の張りつめが少しだけほどけた。


 ――早い。早すぎる。


 まだ、彼女の立場も、この力が招く危うさも、誰にも整理されていない。安心を配るのは、その後でいい。


「殿下」


 私は、低く呼びかけた。


「まずは、学院の規則と、彼女の立場を――」


「後で話そう、アルテミシア」


 彼は私を見ずに、そう言った。

 喉の奥が、ひやりと冷たくなる。庇うべきものの順序を、彼はもう決めてしまっている。


 エリナは、王太子に促されるまま生徒たちの列に加わった。その背は、大きな講堂の中でひどく心細げだった。


 守られている。

 その事実そのものが、私を落ち着かなくさせる。特別な力に、特別な庇護。二つが揃えば、次に生まれるものは決まっている。


 式が終わり、生徒たちが散っていく。

 廊下では、もう噂が先回りしていた。


「聖女候補かもしれないって」

「王太子殿下が、直々に……」


 私は足を止め、ひとつ息を吸った。

 誰かが、伝えなければならない。今の彼女に必要なのは、優しい言葉ではなく、身を守るための輪郭だ。


「エリナ=ミルフォード」


 呼び止めると、彼女は弾かれたように振り返った。


「あ、あの……はい」


「ここは王立学院です。あなたの力がどれほど特別でも、規則は誰にも平等に適用されます」


 一語一語、選び抜いて置いた。


「それを理解しないままでは、いずれあなた自身が傷つくことになる」


 エリナは唇を噛み、視線を落とす。


「……すみません。私、何も分からなくて」


 その声に、指先の力がわずかに緩みかけた。

 分かっている。彼女は、悪くない。何も知らずにこの場所へ連れてこられた、それだけの子どもだ。


 だからこそ。


「分からないままでいることは、ここでは許されません」


 冷たい言葉だと、自分でも分かっていた。それでも、言わずにおくほうが残酷だと知っていた。


 エリナは深く頭を下げ、涙を溜めた目で私を見上げた。


「が、頑張ります……」


 その瞬間、周囲の視線が一斉に私へ集まった。

 まるで、私がこの小さな子を追い詰めたかのように。

 どこかで、舌打ちがひとつ落ちた。


 ――始まった。

 予感が、確信の形に固まっていく。


 私は背を向け、歩き出す。

 嫌われることには、慣れている。慣れているはずだ。


 ただ、今日この講堂に灯った光は、学院の壁の外まで届いてしまった。あの光をめぐって、これから誰が手を伸ばし、誰が誰を切り捨てるのか。

 その最初の一手が、明日にも動き出す。

エリナに冷たく言い放つアルテミシア。

でも書いている私は知っています、あの子、本当は誰より心配しているんです。


優しく撫でるより厳しい輪郭を差し出すほうがマシだなんて、不器用な優しさに思わず苦笑い。

嫌われ役、そんなに率先して引き受けなくてもいいのに。


ブクマの★、そっと灯していってもらえたら跳ねて喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人間関係においての関係値が構築されていない相手からのアドレス程、耳に残らない言葉はない。 主人公が若さ故の未熟からそれに気付けないなら、その様な描写をいれた方が苦言を呈する意味の説得力があった。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。