第2話 平民特待生の入学
王立学院の講堂は、朝からざわついていた。
貴族の子女たちが集うこの場所で、
「平民特待生の編入」
という言葉が持つ意味は、決して小さくない。
私は最前列の指定席に腰を下ろし、背筋を正したまま視線を前に向けていた。
視界の端では、令嬢たちが抑えきれない好奇心と不安を滲ませている。
(特待制度自体は、珍しくない)
だが、今回は違う。
「本年度より、特例として一名。平民出身の生徒を迎える」
学院長の言葉に、空気がわずかに張りつめた。
「彼女は魔力測定において、これまでにない反応を示した」
ざわめきが広がる。
私は、無意識のうちに指先に力を込めていた。
――これまでにない反応。
それは賞賛と同時に、危険の兆しでもある。
「前へ」
学院長の呼びかけに応じて、少女が一歩踏み出した。
淡い色の髪。
質素な制服。
不安と緊張を隠しきれない表情。
――エリナ=ミルフォード。
それが、彼女の名前だった。
「平民……?」
「本当に、ここにいて大丈夫なの?」
囁き声が、波のように広がる。
エリナは、そのすべてを受け止めきれない様子で、ぎゅっと拳を握りしめていた。
次の瞬間。
魔力測定用の水晶が、淡く光った。
最初は小さく、
けれど次第に強く、眩しく。
「……聖属性?」
誰かの声が、震えながら漏れた。
私は息を呑む。
聖属性。
この国において、特別中の特別。
宗教、王権、民心――
すべてに影響を与えうる力。
(まずい……)
感情より先に、危機感が走った。
これは、学院だけの問題ではない。
「落ち着いて」
王太子レオナルトが、すぐに前に出た。
「驚く必要はない。彼女は正式な手続きを経て、ここにいる」
柔らかな声。
安心させるような笑顔。
それに、空気が少しだけ和らぐ。
――早すぎる。
「殿下」
私は小さく声をかけた。
「まずは、学院の規則と立場を――」
「後で話そう、アルテミシア」
彼は私を見ずに、そう言った。
その一言が、胸に刺さる。
エリナは、王太子に促されるまま、生徒たちの列に加わった。
その背中は、ひどく小さく見えた。
(守られている……)
その事実が、私を不安にさせる。
特別な力。
特別な扱い。
それは、必ず反感を生む。
式が終わり、生徒たちが解散する。
廊下では、すでに噂が走り始めていた。
「聖女候補かもしれないって」
「王太子殿下が直々に……」
私は立ち止まり、深く息を吸う。
そして、覚悟を決めた。
――誰かが、伝えなければならない。
「エリナ=ミルフォード」
呼び止めると、彼女は驚いたように振り返った。
「あ、あの……はい」
怯えた声。
それでも、私は目を逸らさない。
「ここは王立学院です。あなたの力がどれほど特別であっても、規則は平等に適用されます」
一語一句、選び抜いた言葉だった。
「それを理解できないままでは、あなた自身が傷つくことになる」
エリナは、唇を噛みしめた。
「……すみません。私、何も分からなくて」
その姿に、胸が揺れる。
――分かっている。
彼女は、悪くない。
だが。
「分からないままでいることは、許されません」
冷たい言葉だと、自覚している。
それでも、言わなければならなかった。
エリナは深く頭を下げ、涙をこぼしそうな目で、私を見た。
「が、頑張ります……」
その瞬間、周囲の視線が一斉に私へ向けられる。
――まるで、私が彼女を追い詰めたかのように。
遠くで、誰かが小さく舌打ちした。
(始まった……)
胸の奥で、嫌な予感が確信へと変わる。
私は背を向け、歩き出した。
誰かに嫌われることなど、慣れている。
それでも。
この時、私はまだ知らなかった。
この出会いが、
私を“悪役令嬢”として完成させる第一歩になることを。
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