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断罪された公爵令嬢は、完璧であることをやめました  作者: 月影 すずり


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第14話 招かれざる交渉

 王都からの二通目の書状は、

 一通目よりも、ずっと丁寧だった。


 形式張った言葉。

 柔らかな表現。

 そして――「お願い」。


(……遅いわ)


 私は、書状を机に置いたまま、しばらく眺めていた。


「王都より、正式な協力要請、ですね」


 マリアンヌが静かに言う。


「ええ」


 私は頷いた。


「“確認”ではなく、“協力”」


 言葉を選び直しただけで、

 中身は同じだ。


 ――制御できないものを、

 再び枠の中に戻したい。


「呼び出しの名義は?」


「王太子殿下、レオナルト様です」


 その名を聞いても、

 胸は波立たなかった。


 もう、

 婚約者ではない。


 応接室には、再び王都の人間が現れた。

 今度は、年配の貴族。


 言葉遣いも、

 態度も、

 慎重すぎるほど慎重。


「アルテミシア殿」


 彼は、私を“令嬢”とは呼ばなかった。


 ――対等として扱う、という意思表示。


「王都は、現在、

 魔力循環の不安定化という、

 重大な問題を抱えております」


「存じています」


 私は、淡々と返す。


「原因も?」


「……承知しております」


 言葉を濁した。


 つまり、

 知っていて放置していた。


「そこで」


 貴族は、頭を下げた。


「貴殿の知見を、

 王都の安定のために、

 お借りしたい」


 ――要請。


 だが、その裏には、

 恐れがある。


「条件があります」


 私は、即座に言った。


 空気が、張りつめる。


「第一に」


 私は、指を一本立てた。


「私の行動に対する、

 王都からの一切の干渉を拒否します」


「それは……」


「交渉です」


 静かに、しかし断定的に告げる。


「第二に」


 指を、もう一本。


「辺境および地方の魔力循環を、

 王都の裁量で切り捨てないこと」


「それは、国家運営上――」


「それが、

 今回の歪みを生みました」


 言葉を、遮る。


「第三に」


 最後の一本。


「私の断罪に関する記録を、

 公的には“誤解による処分”として修正すること」


 貴族の顔が、引きつった。


「名誉回復を求めるのですか?」


「いいえ」


 私は、首を横に振った。


「記録の是正です」


 感情ではなく、

 事実として。


 沈黙が落ちる。


 長い、長い沈黙。


 やがて、貴族は深く息を吐いた。


「……殿下は、

 あなたがこう言うと、

 分かっておられました」


 私は、初めて眉を動かした。


「殿下が?」


「はい」


 彼は、視線を伏せる。


「レオナルト殿下は、

 あなたを失ったことで、

 ようやく理解されたのです」


 ――理解?


「必要なのは、

 理解ではありません」


 私は、はっきり言った。


「選択です」


 王都が、

 これまで通りの世界で生きるか。


 それとも、

 歪みを直す覚悟を持つか。


「返答は、急ぎません」


 私は、立ち上がった。


「王都は、

 もう“命令する側”ではありません」


 貴族は、

 何も言えなかった。


 その日の夕方、

 カイルが言った。


「強気だな」


「いいえ」


 私は、外を見ながら答えた。


「対等です」


 それだけの話。


 王都は、

 私を切り捨てた。


 だからこそ今、

 私に頭を下げている。


 ――皮肉な話だ。


 夜、窓辺に立つ。


 王都の方向に、

 遠く光が見えた。


(……次は)


 交渉では終わらない。


 王都が選ぶのは、

 妥協か、

 対立か。


 そして――

 どちらにせよ。


 私はもう、

 断罪される側ではない。


 世界の歪みを、

 突きつける側に立っている。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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