第12話 辺境の問題
辺境伯領の朝は、早い。
まだ霧の残る時間帯から、人は動き始める。
畑を見回る者、警備に立つ者、魔力設備を確認する者。
誰もが、自分の役割を理解していた。
「こちらだ」
カイル=ヴァルディスは、地図を片手に歩きながら言った。
「ここ数ヶ月、魔力の流れが不安定になっている」
私は、視線を地面へ落とす。
魔力流路――
王都で設計された、国全体を支える基盤。
(……歪んでいる)
一目で分かった。
これは、偶然の不調ではない。
「王都への補修要請は?」
「出している」
カイルは、淡々と答える。
「返事はない」
それだけで、十分だった。
(切られたのね)
王都は、
“重要でない場所”を、静かに切り捨てる。
私は、しゃがみ込み、地面に手を当てた。
魔力が、濁っている。
本来なら、穏やかに循環するはずの流れが、
どこかで強引に引き抜かれている感覚。
「……王都側の主流路が、過剰に吸い上げています」
カイルが、眉をわずかに動かす。
「原因は?」
「聖属性の集中運用」
言葉にした瞬間、
マリアンヌが息を呑んだ。
「まさか……」
「ええ。
聖女候補を中心にした魔力再配分です」
王都を、
“奇跡が起きる場所”にするための仕組み。
だがその代償は――
「地方が枯れる」
私は、はっきりと言った。
カイルは、少し考え込んだあと、
短く頷いた。
「やはり、そうか」
「知っていたのですか?」
「予感はあった」
彼は、空を見上げた。
「王都だけ、異常に安定しすぎている」
私は、拳を握った。
(……やはり)
あの学院。
あの断罪。
すべてが、
“王都を維持するための歪み”に繋がっている。
「対処法は?」
カイルが、私を見た。
試すような視線。
私は、即答した。
「主流路に依存しない、
局所循環の再構築です」
「できるのか」
「時間はかかります。
ですが、可能です」
そして――
「その方法は、
王都にとっては“都合が悪い”」
カイルは、笑った。
「なら、なおさらだ」
その笑みは、
王都で見たことのない種類のものだった。
現場へ向かうと、
すでに被害は出ていた。
「最近、作物の育ちが悪くて……」
「魔力灯も、夜になると消える」
村人たちの声は、静かだ。
怒りではない。
諦めだ。
私は、胸が痛くなった。
(王都は、これを見捨てた)
私は、地面に魔法陣を描く。
簡易的な補助循環。
応急処置にすぎないが――
「……明るい」
「灯りが、戻った!」
小さな歓声が上がる。
私は、息を整えながら立ち上がった。
「完全な復旧ではありません。
ですが、これで当面は持ちます」
村人の一人が、恐る恐る言った。
「……お嬢様、
いえ……あなたは……」
呼び方に、迷っている。
私は、微かに微笑んだ。
「アルテミシアで構いません」
その瞬間。
「ありがとう」
はっきりとした声が、返ってきた。
見返りも、評価もない。
ただ、必要だから感謝されただけ。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
私は、思った。
――王都では、
正しさは嫌われた。
だが、ここでは違う。
正しさは、
人を生かす。
夕暮れ、館へ戻る途中で、
カイルが言った。
「君は、
なぜ王都で切られた?」
私は、少しだけ考えたあと、答えた。
「歪みに、気づいていたからでしょう」
彼は、足を止めた。
「……なるほど」
短い言葉。
だが、そこには確信があった。
王都が守りたかったもの。
隠したかったもの。
そして――
切り捨てるべき存在。
それが、
私だった。
私は、空を見上げた。
夕焼けは、
王都で見るものよりも、ずっと濃い。
(……これが、世界の現実)
ならば。
私は、
ここから、
世界を見直す。
悪役令嬢として断罪された女が、
本当に正しいものを、
正しいと言える場所から。
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