縁という糸
天頂から降り注ぐ光が熱い。
リンはターバンを少し下げて、額の複眼を完全に覆う。
視界が狭くなるが、眼を焼かれるよりマシだ。
幌の付いた荷車は快適だが、一歩外に出れば熱く乾燥した風に晒される。
『水生帝国』で車輪のゴムを新しくしたため、
揺れが行きのガタガタより少しは落ち着いている、ような気がする。
リンが便乗させてもらっているのは、綾織国と『水生帝国』を往復する隊商だ。
シジミチョウ族とアリ族の“混ざり者”であるティラクが、その指揮を執っている。
今、リンの横で鼻歌を歌っている青年だ。
拉げた翅と飄々とした性格で、“混ざり者”だというのに、
何故か他者を惹きつける傾向がある雄だ。
“混ざり者”が生き難い世の中、ティラクの元に彼らが集まったのは、
必然だったのかもしれない。
そんな訳でこの隊商は、ほぼ“混ざり者”で構成されており、
その特徴で有名になった。
ティラクはそれも利用して商売をしているように見える。
そんな隊商だからこそ、リンは安心して声を掛けることが出来た。
綾織国から帝国まで生糸と織物を、帝国から綾織国まで染料を。
何度も乗せて貰っているうちに、今では懇意な関係を築けていると思う。
リンも“混ざり者”だからだ。
カゲロウ族とヒト族の合いの子。
生まれ育ったのはカゲロウ族の集落だったが、
周囲が世代交代する中に取り残されてしまい、世界に飛び出して歩き回り、
とうとう行き倒れてしまった。
助けてもらった縁でこの仕事をさせてもらっている。
(・・・今度は、どんな色にしよう。)
恩人で雇い主のラビから、途中で切れたり汚れたりしてしまった繭を譲って貰い、
リンはそれを使って細工をし、それを売って収入の足しにしている。
最近、帝国でも徐々に売れ行きがよくなっている。
考えるのは、楽しい。評価されれば、もっと嬉しい。
帝国でそれぞれの取引を成功させ、綾織国への帰途に就いた一行の空気は、
ティラクの鼻歌に現れていた。
数日前、オギ族の『庭』に着く前にすれ違った塩商人のシャフスと、
有意義な話ができたというのも、上機嫌の理由だろう。
リンはその会話には加わらなかったが、
今後、取引が増えそうだと戻って来たティラクが話してくれた。
ガラガラ、ガタガタと荷車は進む。
ティラクの隊商は木の根が這う森の中は進めないので、
こうして中央山脈に近い方の道を選んでいるが、
時々低木が生えている程度の乾燥地帯は、殺風景な気がする。
リンはぼんやりと枯れた色の草むらに目を向け、
その僅かな日陰で蹲る一団を見付けた。
1匹が頭を動かしこちらを見たので、死んでいる訳ではなさそうだ。
後方に流れ去る彼らの姿を追うように見ていると、横から声が掛けられる。
「・・・止めときな。
あんなところで行き倒れてるのは、『庭』にも入れない連中だけだ。
関わったら碌な目に遭わんぞ。」
盗賊崩れ、食い詰めた流民、もしくは流民の振りをした盗賊団。
行商の天敵である可能性がごまんとある。
どこぞの『庭』から睨まれることもあるしな、とティラクが呟く。
彼の顔からその一団に目を移すと、諦めたように項垂れる姿があった。
「・・・ティラク、ごめん。あれを隊商の後ろに付けていい?」
「リン。ごめんだって言ってるだろう?」
「お願い。俺を、助けると思って。」
―――ハアァァ
深い溜め息を吐かれた。
それはそうだ。
彼はこの大きな隊商の頭だ。
全員の命と財産を守らなければならない。
「食料は、俺が持つ。後ろから付いて来てもらうだけ。
列にいるかいないかだけで、生き残れる可能性が、全然違う。
俺が、責任もって面倒看るから・・・。」
「・・・なんでそこまで肩を持つ。
行き倒れの辛さが分かる程度じゃ、俺は許さねえぞ?」
「手が欲しい。俺の、仕事が増えたから・・・。」
「だったらこれは、ラビの工房と俺の隊商との取引になる訳だな?」
「そう。新しく雇い入れる職人を、この隊商に同行させてほしい。」
「・・・何を出す?」
「・・・卸し先に、ティラクの店の1件を、新しく加える。」
「生産量は、それほど多くないだろうが。」
「彼らに、増やしてもらう。」
ティラクは長考の末、了承してくれた。
リンはお礼を言い、
もしあの一団が隊商を後ろから襲った場合の対処と保険について話を詰めた。
そして、“黒”と“穏”のハチ族が、隊商の最後尾に加わった。
ただいま、と敷居を跨ぐ。
彼の返事が無いのはいつものことだ。
いつもより軽くなってしまった荷物を玄関に下ろし、
連れて来たハチ族を離れに案内し、そこで待っていてもらう。
この時間なら、彼はきっと母屋にいる。
「ラビ?」
シットリとした、何処か清涼な香りがする母屋は、
主に彼の眷属を養うための建物だ。
彼と自分はその片隅で寝起きしている。
背の高い棚の中で一生懸命、桑の葉を食んでいる無数の眷属の横を通り、
その姿を探す。
と、ガサガサと音がして、棚に桑の葉を追加している彼を見付けた。
「ラビ、戻ったよ。」
声を掛けると、振り向いて頷いてくれる。
無表情な彼には珍しい、大きな動作だ。
「えっと・・・その・・・」
家計を考えると、大変言い出しにくい事柄ではあったが、
連れて来てしまった以上、後戻りはできない。
「・・・従業員を雇おうと思って・・・。」
不思議そうに首を傾げるラビ。
それもそうだ。事前に相談も何もしていない。
2匹だけで暮らしていた家に12匹も追加することになるなんて、
想像も付かない出来事だろう。
「・・・実はもう、連れて来てて・・・。」
ターバンがずり落ちてきたのを手で押さえる。
沈黙が怖い。
「しばらくは、俺が養―――」
「・・・会えばいい?」
「!・・・うん。」
ラビが屈んで空になった籠を拾い上げ、歩いて来た。
ふわふわした白い髪から生える触角が、歩みに合わせて揺れる。
彼は、どこもかしこも空気を含んでいるんだな、と場違いなことが思い浮かんだ。
それから2匹は、無言のまま離れまで来た。
目の前で縮こまっている12匹のハチ族を見下ろすラビを伺いながら、
リンは彼の言葉を待った。
自分とて居候の身だ。追い出されてもおかしくはない。
その時は、と覚悟を決めていると、振り返ったラビと目が合った。
「・・・何してもらうの?」
歓喜の風が吹いた。
ハチ族も目に見えて安堵している。
「取り敢えず、桑の収穫と、5齢の子の食事を手伝ってもらおうと思ってる。」
「・・・わかった。」
じゃあ、と戻っていく背中に、ありがとうを言う。
彼に出会うまで忘れていた、その言葉。
彼に渡すときは、いつでも心の中にある感謝のすべてを込めているのだが、
その重さも大きさも、彼は感じてくれているだろうか。
ハチ族と改めて向き合うと、何度も何度もお礼の言葉を投げられた。
「ありがとうございます。何でもやります!何でも言って下さい!」
前列にいたダクという青年がハチ族の代表者だ。
リンが拾う前から、ハチ族を統率していたらしい。
連れて来た離れで寝起きしてもらおうと考えていたので、荷物はそのままに、
家と桑畑を簡単に案内し、昼食の確保も兼ねて外に連れ出す。
少し離れた場所にある商店街がいいだろう。
2匹での生活が、これから14匹になる。
毎日の買い出しが大変そうだ。
これもハチ族にしてもらおうと考える。
(桑畑の拡大もしたい。
そうすれば桑の実も、もっと採れるから、ジャムを売り出してもいい。
・・・働かせすぎかな?)
以前から考えていた計画が、現実味を帯びて輝き始める。
手が足りなかったというのは、ある意味、事実だった。
リンの夢を叶えるには、リン1匹では足りなかったのだ。
(酷い雇い主にはなりたくないから、仕事量には気を遣わないとね。)
リンの記憶の中で、カラリ、カラカラとチャルカが唄う。
ラビが路上で生糸を売っていたときの、音。
土埃の臭いと、彼の翅の温もり。
あのとき芽吹いた夢と、確かに感じた繋がり。
今夜もまた、彼は糸を紡ぐだろう。
回るチャルカ。
どうか、このハチ族によい夢を。
”夢路を漂う” リンジラフ・アルフラム(カゲロウ族)
”小石の絆” ラビタット・ハサ(カイコ族)
”飛び石” ヌクタト・ティラク(シジミチョウ族)




