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共和国と帝国

緑の楽園(ジャナット・ハドラブ)』と『水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』は、完全に分かれた国家ではない。

とは、青河を渡った後のシャフスの言葉だったが、

森の中で「もうすぐ帝国の森です。」と言われてようやく、

サドは、その意味を実感した。

旅の間に樹木を判別できるよう、訓練していたつもりだったが、

こう多種多様な木が入り混じる状況では、もはやそれは不可能なことに思われた。

これでは確かに、どこからどこまでが誰の『庭』かなど、定めようがないだろう。


「確か、帝国の一番外側に“対外商業許可地帯”とやらがあるのだったな。

門か何か、目印はあるか?」

「ええ。

入り口と言えるような物はありませんが、商業許可証を(あらた)める関所がありますよ。

その先から商業施設が並び始めるので、判りやすいと思います。」

「ここからでは、まだ見えませんね。」

「カスビは行ったことあるんでしょ?」

「残念ながら、上から直接“樹冠都市”に下りただけで、下層は知りませんよ。」

「しっかし、ここからじゃ上に都市があるなんて信じられないな。」




水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』は、遠くから見ると1本の巨木のような姿をしている。

中心部の根元には湖があり、“常磐(ときわ)宮”を始めとする帝国の“中枢域”が浮かんでいる。

湖は、立ち並ぶ樹木を利用した要塞(ようさい)で囲われ、

その周りを市街地が、その更に外側を堀が、木の年輪(ねんりん)のように配置されている。


そして、下から上を見上げたときに広がる枝葉。

その上に“抱かれし林冠都市”がある。

ここにも宮殿があるが、“翡翠(ひすい)宮”は普段、内政官の勤める庁舎になっている。

帝国民である『彩の民(アナース・ムラーナ)』の半数がこの“中層域”で暮らしており、

果樹等の栽培や、染料や薬品の生産も、ここで活発に営まれている。


そして、この“中層域”のもう一つ上に“高層域”がある。

“輝ける樹冠都市”が置かれた、帝国が共和国に開いている唯一の窓口だ。

ここでは帝国外の翼を持つ者との取引が行われており、

外交と商業の場であると言える。

シャフスの隊商や、隣接する獣勇国、灰恵国のように地上から来る者たちは、

“中枢域”の市街地での活動が“対外商業許可地帯”という形で、

限定的に開放されており、許可された者ならば商いができるようになっている。




「そして、この方々は今回我々の護衛を担当してくださった用心棒の皆さんです。」


シャフスが、傭兵一家に偽装したチュウヒ隊をサラッと紹介して、

積み荷の(あらた)めに移っている。

関所の検査官とも顔馴染みだったようで、

手続きがかなり円滑に進んでいるように見える。


「あら~。“お印”の坊やじゃないの~。」

「ああ、タキヒさん!ご無沙汰しております。お変わりありませんか?」

「無いわよ~。残念なことに娘の方も進展なし。あんた、やっぱり婿に来ない?」

「何を仰いますやら~、薬草園には良い方が大勢いらっしゃるでしょうに。」


それがね~、と世間話を始めたシャフスの横で荷下ろしを始めた隊商を、

チュウヒ隊は手伝う。

ああいった世間話が商いにとって一番大切なのだと言っていたので、

邪魔するのは悪いだろう。


「それにしても、ここっていつもこうなんですかー?」


バニがうんざりした声で言う。

上層が隙間なく枝葉で覆われているおかげで、暗い。

その上、湿気って羽が重い。


「上と下じゃ、環境がまるで違いますね。」


“高層域”経験者のカスビがそう言うということは、

帝国は層ごとで環境が大きく違う国なのだろう。

サドは若鳥の時に、とある山脈の国家を訪れたことを思い出し、

自分も、彼女たちと同じような感想を持ったな、と振り返っていた。


「隊長、あ、いえ、コホン。

・・・サド、中で色々手配してくれる者とは、どこまで話しておこうか。」

(ぷぷっ、副隊長照れてるー。)

(止めてやれ。あれでも頑張ってるんだ。)

「お前たち、聞こえているからな?」

「では今から、サド姉さん、と呼ぶべきなんでしょうね。」

「・・・!あ、ああ、そうだな。

いや、でも叔母相手にその呼び方は不自然じゃないか?」

「そうですか?大抵の女性はオバサンと呼ばれるのを嫌うと思うのですが・・・。」

「そうそう、年は離れてないし、サド姉さんでいいと思いまーす。」

「分かった。では、それでいこう。

さて、シャフスによると案内人はインコ族で、薬品を扱う立場にいるらしい。

その流通に関しても、少しは話が聞けそうだ。

まあ、どこまで協力してくれるかは会って話してみないと分からないが・・・。」

「・・・(やぶ)(つつ)きたくはありませんね。」


インコ族と聞いて、チュウヒ隊はやりづらさを感じていた。


風と雲の共和国ジュンフリヤ・アリヤ・ワフユム』と『水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』の国交が少ない理由は、

共和国内の内部分裂に端を発する。




100年以上も前の話になるが、

雲の王(マレカ・シバーハ)』と『星の王(マレク・ナジュム)』で、主に果樹園で生計を立てていた飾り羽の種族が、

現行の政治形態が不平等だと声を上げたのだ。

飛行能力の上下が、そのまま国を治める資質と見()されていることで、

飾り羽の種族が永遠に施政者になることが出来ないようになっている。

施政者が、我々の視点を理解できないのならば、

どうして我々にとって良い政策を提案できようか。

というのが、その主張内容だ。

彼らの訴えは(もっと)もだと思われたが、時は『雲上の共和国ジャンフリヤ・ファウカ・フユミ』の時代。

現統領ワジャが多様性の重要さを訴えている現代と違い、

翼を持つ者こそが『千年に一度(アルフ・サナ)』を乗り越える可能性が一番高い、

選ばれし民なのだという価値観が蔓延(まんえん)していた時代だった。

当然、飛行に特化していない種族の意見は、(ろく)に取り上げられず、

議員の選抜こそあれ、統領戦の改善はなされなかった。

そして、そのことが、

飾り羽の種族による『風の王(マレク・リヤフ)』への果実の提供停止に繋がり、

統領府による制裁を経て、『雲上の民アナース・ファウカ・フユミ』の一部であった飾り羽の種族が、

国外に移民するという事態にまで発展してしまったのだ。



対する帝国は、(はる)かな昔から多様性を重んじていた国であり、

移り住んで来た飾り羽の種族も、受け入れた。

1匹の帝が支配する国ではあるが、国の運営には多くの種族が関わっている。

その中に飾り羽の種族も登用され、そのことが後の外交で判明する。

当時の『雲上の共和国ジャンフリヤ・ファウカ・フユミ』の施政者は、さぞ慌てたことだろう。

内紛など恥部以外の何物でもない。

下手をすれば協調性のない種族として、生存の優位性が低く見られ、

翼を持つ種族といえども『千年に一度(アルフ・サナ)』を生き延びることが難しくなってしまう。

更に帝国も、「彼らは我が国の庇護を受ける『彩の民(アナース・ムラーナ)』である。」と宣言。

実質的に、国を支える一員として取り込んだ。

自国の民を他国に任せることは、()()になる。

民をある程度まで庇護できなければ、施政者を名乗るただの虚飾の集団だ。

民を取り戻したかった共和国は、帝国の宣言に「彼らは我が国の民だ。」と返し、

帝国内の飾り羽の種族が、それに更に反発。

こうして、『雲上の共和国ジャンフリヤ・ファウカ・フユミ』と『水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』の国交は縮小した。


そして時は流れ、共和国が『風と雲の共和国ジュンフリヤ・アリヤ・ワフユム』と名を改めた現代。

ぎこちない関係は世代交代と共に穏やかになり、

こうして通商が可能なまでに落ち着いた。

しかし、世代を超えて反発を持つ者も少なからず存在する。

チュウヒ隊が面会する予定のインコ族というのは、

共和国を離れた飾り羽の種族の1つであり、

チュウヒ隊は(くだん)のインコ族が、反感を抱いている可能性を危惧していた。

隊の活動内容を帝国に密告などされた日には、

最悪、国家間の関係が再び冷え込むだけではすまないかもしれない。




「でも、シャフスの紹介だし、信用するしかないんじゃなーい?」

「バニ、お前な。」

「まあ、バニの言う通りだな。ここで活動するには、現地の者の協力が必要だ。

私達だけでは、とても達成できそうにない。」

「紹介してくれるのは、その方だけではないのですよね、姉さん?」

(すご)いな、もう役に入っているのか。」

「様になってるな。」

「そうだな、私も慣れないとな。」

「叔父さんが一番下手なんだよねー?」

「ぐっ・・・。」

「俺のことは、ちゃんと兄さんって呼べよ?ユーティル。」

「さて、もう1匹は古道具を扱っているカメ族、か。・・・カスビ、仲良くな?」

「その1点だけで任されるんですか?」

「大丈夫だってー。この中の誰より近付けそうじゃない。」

「熱くなりすぎて喧嘩(けんか)になるなよ?」

「なりませんよ。ヴィー伯父(おじ)さんじゃあるまいし。」

「あれ?もしかして、私も伯父さんって呼ばないといけない感じ?」

「・・・やはり、サドさんではダメでしょうか・・・?」

「「無理があるな。」」

「おお、珍しい組み合わせー。」

「叔父さんも割り切ればいいのに。」

「・・・お前は、思い切りが良いな。」


チュウヒ隊が最後の塩を高床式倉庫の中に積み上げたとき、表から声が聞こえた。

聞き慣れたフラミンゴ隊の声である。

揃って見下ろすと、ここまで同行してきた水牛族が背を向けて去る所だった。

そう、シャフス以外の隊商との旅は、ここで終わるのだ。

慌てて飛び下り、その背中でお世話になっていたザワヤに最後の挨拶をしに行く。

口々に礼を言うチュウヒ隊に、ザワヤは低いがよく通る声で「またな。」と言って、

去っていった。

サドが、渋いとは彼のことを指すのだろうと考えていると、

ヘビトンボ族のタワジャも(いとま)を告げに来た。


「そうか、貴殿も()たれるのか。」

「ああ、俺も仕事はここで終わりだ。

またどこかであったら、そん時は手合わせしてくれ。」


潜入工作中のチュウヒ隊は、道中の訓練も(ろく)に出来なかった。

そのせいでタワジャとの手合わせも見送らざるを得なかったのだが、

サドはそれが残念でならなかった。


「ええ、その時を楽しみにしています。」

「隊ちょ、じゃない、サド姉さん。

そのキラキラ、早く仕舞(しま)ってくださいねー。」

「タワジャ殿、お世話になりました。」

「若えの、お前さんはまだ伸びそうだ。・・・楽しみにしてるよ。」


どことなく含み笑いをして、用心棒も飛び去った。


「本当、比べてみたかったぜ。」

「ええ、次の機会があればぜひお願いしましょう。・・・兄さん。」

「お、お、いいね。・・・・・・なに悔しそうにしてるんだよ。」


「皆さーん!お待たせしましたー!」

「あ、シャフス!終わったー?」

「はい。ああ、隊商が解散したんですね。」

「涙のお別れだったのに、そんなアッサリ・・・。」

「えーっと、私はここの取引が終わったら、また彼らと戻るので・・・。」

「ああ、そうだったな。」

「それより、お待たせしてすいません。食事に行きましょう。

その後で、先日お伝えした方々をご紹介させて頂きますね。」

「やったー!」

「お、飯か。待ってました!」

「カスビは、帝国料理を食べたことがあるんだったな。」

「そうだった!ねえ、何食べたのー?」

「残念ながら、“高層域”しか行ったことが無いうえに、

出された物しか食べてませんよ。ちなみに、あのお土産で配った果実です。」

「カスビらしいな。」

「そうですね。」

「帝国産の果実が食えるのはありがたいが、魚が食べたいな、俺は。」

「では、活きの良い魚が出る店にしましょう。」

「・・・ヴィーの食道楽が、本領発揮か。」

「兄さんだぜ、サド?・・・おい、睨むなよ2匹とも。」

「・・・さて、緩んでいるぞ、お前たち。気を引き締めて、・・・食事に行こう。」


隊員達の笑いを誘ってから、サドはシャフスに食事処へ案内してもらった。

まだ、ユーティルに心の内を伝えていなかったことを思い出しながら。

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