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王子と神殿へ行くようです


 マチアルドは、王家所有の馬車に揺られていた。


 さすがは王家の馬車だけあって、地面からの振動が伝わりにくい設計が施されているし、ふんわりとした綿をたっぷりとつめた座面のおかげで、座り心地も申し分ない。内装も豪華ながら派手過ぎず、ゆったりと気持ちよく過ごせるだけの広さも備えている。


 その馬車の中にいるのは四人。

 マチアルドの隣にはターシャ、目の前にはガルド大臣、そしてその隣にはラルフィル王子が、きらきらとした眼差しで座っている。


 ――なぜこんなことに……?まさか王子と同じ馬車で神殿に行くなんて、正気の沙汰じゃないわ。婚約者でもないのに。ガルド大臣も暴挙に出たわね。一体何を考えているのかしら。


 胸の内で悪態をつきながら、表面上はあくまで穏やかに笑みを浮かべつつガルド大臣を凝視する。いっそ心の声が漏れ聞こえてしまえばいいのに!と思うマチアルドである。


 もう一台の馬車には使用人と護衛、料理人なども乗り込んでおり、総勢十数名での神殿詣でである。

 ぞろぞろとこんなに大勢を引き連れて、なぜ神殿へ向かうことになったのかといえば――。



 事の起こりはこうである。




◇◇◇◇◇◇




「いやはや、それにしてもマチアルド王女様はお会いするたびにお美しくおなりですな。もうすっかり淑女ではございませんか。あんなにお小さくあどけなかったというのに、時の流れとは早いものですなぁ」

 

 恰幅の良いたゆんたゆんしたお腹を揺らしながら、リスデールのモジューネ大使が快活な声を上げる。


「モジューネ様もお元気そうで何よりです。もうお怪我はすっかり良くなられたようで、安心しましたわ」

「これはこれは。いつまでも若いつもりで、うっかり馬から落ちましてな。医師からはそんな重い体を馬に乗せたら振り落とされるのは当然だ、と叱られましたわい」


 このモジューネ大使、実は先々月落馬事故を起こしてしばらく足が不自由な状態が続いていた。そのおかげで、先月デアルタを訪問する予定が今月にずれ込んだのである。しかもたまたま都合がついたとかで、第三王子までついてくるというオチ付きである。

 せめて王子がくっついてこなければ、これほどターシャが張り切ってコルセットを締め上げることもなかっただろうに。伴侶候補の王子がやってくるとあって、王宮内がやる気モードになってしまっているのだ。いい迷惑である。


「マチアルド王女は今年十四歳とお伺いしましたが、とても美しく、それでいて聡明でいらっしゃる。先ほどの鉱石のお話もとても興味深く拝聴いたしました。熱心に学ばれていらっしゃるのですね」


 ラルフィル王子の優しげなやわらかい声が、マチアルドに向けられる。


 リスデールの第三王子ラルフィルは、一言で言って美男子である。なんといえばいいか、美男子の特徴を全部絵に描き込んだらこの姿になる、といった風貌だ。

 あまりに整いすぎていて、正直言って胡散臭いことこの上ない。近隣諸国でもその美男子ぶりは評判で、絵姿がひそやかに取引されるほど人気らしいが。

 しかも、剣の腕も相当立つのだという。つまり外見と中身がそろった美丈夫なのである。


 この晩餐会は、隣国リスデールとデアルタの二国間で鉱石の取引に関する新たな取り決めを締結したことを祝い、あらためて今後ともよろしくといった意味を込めて開かれたものである。といっても、それはただの建前。

 真の目的は、デアルタとリスデールのさらなる密接な友好関係、つまりはマチアルド王女とリスデールの第三王子との顔合わせである。


 ラルフィルを伴侶に、との声が高まっているのはマチアルド自身も知っていた。が、十四歳のマチアルドには政治的、経済的状況からみても特段結婚を急ぐ必要に駆られているわけではない。逆にラルフィル王子は今二十四歳だというから、いまだ婚約者すらいないというのは異例である。


 ――まさか、何か訳アリなのかしら。賭け事とか女癖が悪いとか。外見が良すぎるとなんとなく胡散臭いのよね。そりゃあいつかは結婚しなければならないけれど、せめて人畜無害な人がいいわ。お父様みたいに。


 コルセットで締め上げられた体にうんざりしながらも、早くお開きになるのをひたすらに祈りながら、淑女の笑みでそつなく切り返す。


「まぁ、お恥ずかしい限りです。まだまだ勉強中の身ですのに。ラルフィル王子殿下は、大層剣がお強いとお聞きしました。ぜひその素晴らしい剣技を拝見したいですわ」


「まだまだ修行の身ですよ。機会がございましたら喜んで。ところで、デアルタの神殿にはとても素晴らしい星石がおさめられていると伺ったのですが。ぜひ一度拝見したいのですが、可能でしょうか?」


 王子はそう言って、目を輝かせた。

 その瞬間、マチアルドはその美しい笑顔には微塵も心を動かされることなく、ぴしりと表情を凍り付かせた。


 デアルタの神殿は山の麓にあり、王宮からはなかなかに遠い場所に位置している。馬車で片道三時間ほどであろうか。

 神殿にある星石は祭壇の中に厳重にしまわれており、基本的に王族しか取り扱うことができない。つまり王族の誰かを伴わなければ、星石を見ることはできないのである。

 であるからして、マチアルドが同行するのが妥当ではあるのだが――。


 庶民と違って王族ともなれば、安全上の理由からそうそう気軽に遠出などできないのが普通だ。警護の者とお付きの者などをぞろぞろと引き連れた上、万に一つもその身に危険が及ぶことがないよう最善を尽くさねばならない。


 なんとも悩ましい提案をしてくれたものだ、とこっそりため息をつくマチアルド。

 そこに割って入ったのが、父である国王である。


「神殿の他にはあまり見るものもないですし、もう少し暖かい季節になってから行かれてはいかがですかな?春などはそれはもう花々が鮮やかに咲いて、道中退屈しませんぞ」


 おそらくは娘を嫁にやりたくない一心からだろうが、グッジョブである。さすがに一国の王にそう言われては引き下がらないわけにはいかないだろうと、胸をなでおろすマチアルドである。

 しかし予想に反して、思わぬ横槍が入った。


「いやいや。景色をお楽しみいただくのはまたの機会にするとして、せっかくですから是非に参りましょう。すぐに用意をさせますゆえ、今宵はごゆるりと体をお休めくださいませ」


 まさかのガルド大臣の一言である。

 大臣がこの王子との縁談を望んでいるとは知っていたが、ここまで積極的にくるとは予想外である。思わぬ刺客に、大臣にじっとりとした視線を向けるマチアルド。


「では楽しみにしております、マチアルド王女。先ほどの鉱石についての博学も、大変興味深かったですし、できれば神殿についてもぜひご教授くださいね」


 輝くばかりの笑顔でグラスを傾けるラルフィル王子と、「私も楽しみですわ……」という一言を絞り出すのがやっとなマチアルド。

 大臣の一言ですごすごと引き下がる情けない父を小さくぎろりと見やると、小柄な体をさらに小さく縮こまらせて、ちびちびと酒を飲んでいる。


 ――もう少し強気な態度に出てくれてもいいのに、お父様ったら!


 だが、これも一つの外交である。往復六時間、加えて神殿内での数時間、我慢すればいいのだ……。


 まったく、王女家業も楽じゃない。せめてドレスだけは楽なものにしてもらおう、お菓子も忘れずに隠し持っていこう、と心に誓うマチアルドであった。




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