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迷い姫たちの想い



「待って、ティリア様。ひとりじゃ危ないよ。どうしたの?」


 マチアルドが息を切らせて、ようやくティリアに追いつく。ティリアはその声にようやく立ち止まり、肩を大きく震わせて、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「ティリア様……」


 どう声をかけるべきか分からず、その隣に座りその肩を抱くマチアルド。

 きっと、自分のふがいなさにいてもたってもいられないのだろう。


「私、今までは何も考えなくても力を発動できたんです。そこに何の疑問も持たなかったし、それが私の役割で存在価値だから。なのに、リガルド様にお会いした頃からどうしてかその力をうまくコントロールできなくなって。だからリガルド様にお会いすれば、きっとまた元の力を取り戻せるようになるって思っていたの。なのに、植物の浄化ひとつ満足にできないなんて……」


 ティリアは時折声を詰まらせながら、自分の胸の内を打ち明ける。その振り絞るような声は、マチアルドの胸をついた。


「もし私が力を失ったら、私は何のために存在するの?大地を守れない大地の精霊なんて、何の役にも立たないし、いる意味なんてないわ。だとしたら私は消えてしまうのかしら?あのガラクタたちのように。浄化の力をなくした精霊なんて存在する意味がないのよ……。私、どうしたら……」


 マチアルドは、ティリアの震える肩を抱きしめることしかできない。


 マチアルドのまわりには、両親もシュタルトもターシャもいてくれる。その他の人たちも、みんな自分をあたたかく支えてくれる人たちばかりだ。

 でもいつの日か、マチアルドが女王として即位した瞬間から、マチアルドはきっと大きな孤独を味わうだろうと思うのだ。どれほど信頼に足る家臣がいても、女王はその国にただ一人だ。平和な時も、そうでない時も。


 生まれながらにして国を治める女王となるべく、マチアルドは存在しているのだ。その重さは、実のところ逃げ出してしまいたいほど、苦しいものでもある。そして、王女である自分はそれを表に出すべきでもない。だって、自分がこの役割を疎ましがったり重いと投げ出してしまったら、自分を支えてくれる周囲の者たちや民たちに、何と申し開きをすればいいのだ。

 デアルタの国は、マチアルドを次期女王として求めている。唯一無二の存在として。


 ティリアはもしかしたら、自身の孤独に揺らぎ始めていたところに偶然リガルドに出会い、自分という存在を認識してもらって初めて自分がどんなに孤独であるのかに気づいたのかもしれない。そして、その寂しさに打ちのめされたのではないだろうか。その衝撃ゆえに、力をうまく使えなくなったのだとしたら。


 マチアルドは、ティリアの心に寄り添うことができるのは自分だけなのかもしれないと思った。





◇◇◇◇◇◇



 ぴちょん、ぴちょん、と上から雫が落ちる音しかしない薄暗い洞窟の中で話し込む、二人の少女。


「マチアルド様はいつの日か女王になることに、迷いはない?苦しくて逃げ出したくなったりはしない?」


 ティリアから見るとマチアルドの立場も重く、しかも周囲にその役割を果たすことを期待している人たちに囲まれた生活は、孤独に感じられるらしい。


「もちろん自由に生き方を選べたら、どんなふうだろうと思うことはあるわ。でも私、あの国が好きなのよ。デアルタの山々に囲まれた雄大な大地も、そこに生きる人たちも。きっと王女じゃなくてもあの国で生きたいと思うし、何かの役に立てたら嬉しいなと思うの。そう考えると、たまたま王女に生まれただけなのかもしれないわね」


 それは、マチアルドの素直な気持ちだった。


 王女という役割が重いのは、国の命運を自分が左右するからだ。自分がうまく国を治められなければ国民が苦しむかもしれない。自分をあたたかく支えてくれる人たちを不幸にしてしまうかもしれない。

 だからこそ、たくさんの知識も経験も、自分の能力を高めることも怠ってはならないと思うのだ。そのどれかがこの国を幸せに導くために役立つかもしれないのだから。


 マチアルドは顔を上げて、ティリアを見つめる。


「ティリア様の役割も、とても重くて孤独なものだと思うわ。自分を見てくれる人がいない分、私なんかよりずっと孤独だし。でも、ティリア様がこの世界にいてくださるから、私たちはこうして生き延びることができるの。大地から恵みを得て、作物を育てて、鉱石を採って。ティリア様はこの世界に必要な大切な存在よ。たとえその存在が、人間の目には見えないとしても」


 その言葉は、ティリアの胸にまっすぐに届いた。自分を必要だといってくれる存在。それはティリアにとって、初めての経験であり、初めて知る喜びだった。


「でもね、私神殿からリリーちゃんに運ばれて、ひとつ気が付いたことがあるの。私は王女である前にただのマチアルドなんだって。王女として、次期女王として恥ずかしくない自分でいなきゃとか、いつも考えて生きてきたわ。正直、それはすごく窮屈で苦しかったの。どんな時も、民が求める女王として正しく振る舞わなくちゃいけないって思っていたわ。でもどう振る舞えば正解なのか分からなかったし、内心はどうすべきか迷ってばかりだったの」


 マチアルドもまた、ティリアと同じく人生に迷ってばかりだったのだ。毎日必死に正しいと思えることを積み重ねようとしたけれど、王女としても女王としても自信なんて微塵もなかった。

 女王とはこうあるべき、といった教えの中には答えなんてどこにもなかったのだ。


「でも王宮を離れてリリーちゃんの中にきて、私分かったの。私はどんな場所にいても、何をしていても、やっぱり私は私でしかないんだって。肩書があってもなくても、私は私としてしか生きられないんだって」


 ティリアは、ひとつひとつの言葉にじっと耳を傾けている。何かが伝わればいいなと願いながら、想いをこめて話すマチアルド。


「王女として何ができるかとか、女王として立派だとかそういうことじゃなくて、私は私として何ができるか。どう生きたいか。それは、ティリア様も同じだと思うの。ティリア様が精霊としてだけじゃなくて、ティリア様自身としてどう生きるか、何を思うか」

「私が……精霊としての私じゃなくて、ありのままの私が何を思うか。何をするか……?」


 マチアルドは、リリーちゃんの上に運ばれてからというもの初めて王女という肩書を外して、デアルタを思ったのだ。

 高い空の上から見るデアルタは、とてもとても美しく、愛おしかった。連なる山々も、幼い頃シュタルトと遊んだ森も、空から見るとちっぽけに見える王宮も、たくさんの国民が暮らす街も。そのすべてが宝物のようにきらめいて見えた。


 ここは私が暮らす大切な国で、大切な人たちが暮らす場所だと、心から思ったのだ。その時に感じた体が震えるほどの感動と嬉しさを、これから先絶対に忘れてはいけないと思った。


 王女だから国のために頑張るんじゃない――。

 女王になる運命だから、この国のために生きるんじゃない――。

 この国を大切に思うから、守るだけじゃなくこの先もっともっといい国にしたいから、この国のために私ができることをしていくんだ――。


 自分を強くつき動かす思いを、ティリアにも知って欲しかった。きっとティリアも同じ思いのはずだ。精霊だから大地を浄化してきたんじゃない。きっと、大地を、この世界を愛しているから守り続けてきたんだと思うのだ。


「ティリア様が大地を愛しく思う気持ちは、私がデアルタを愛する気持ちと同じなんじゃないかと思うの。ティリア様は、大地の精霊だから守ろうと思うんじゃなくて、大地を大切に思うからこそ守ろうと頑張ってきたんじゃないのかしら?」


 マチアルドの言葉は、ティリアの中にある当たり前すぎて見失っていた思いを、強く深く揺さぶったのだった。





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