迷子、発見
「リガルド様っ!」
一同の目の前で、ティリアはその体ごとその人物に預けるように思い切り飛びついた。
「一体どこへいらしていたのです。ずっとお探ししていたのですよ?とても会いたかった……リガルド様」
涙で頬をぐしゃぐしゃに濡らしながら甘えるようにその顔を胸にすりつけるティリアと、はっはっはっ、と快活に笑いながらその体を抱きとめる一人の男の姿。
白いものが混じった髪を後ろでひとつに縛り、それをティリアがしているのと同じ赤い紐で束ねている。機嫌が良さそうに笑みを浮かべるその男は、四十歳代といったところだろうか。鋭い眼光をたたえた目と渋みのある整った顔立ちをしている。
「師匠!お久しぶりです。今までどちらにおいでだったのです?あなたの行方が分からないおかげで、世界は大変なことになっているんですよ」
師匠とその弟子の、久々の再会である。
いまだにティリアは周囲の目など気にするふうもなく、リガルドの胸に顔をうずめて幸せそうな顔をしている。それをなんともいえない顔で見つめているマルセルの姿が、なんとも対照的である。
「ん?とりあえず腹が減った。何か残り物はないか?あったらぜひ俺にも分けてくれ」
呑気な声でなおもにこにこと笑うリガルドに、シュタルトが慌てて魚を焼きにかかる。その間に、鍋に残っていたキノコのスープとリコルの実をおいしそうに頬張るリガルド。
さあこれからリガルドの捜索に、と思った矢先にまさかのご本人登場である。探す手間が省けたとのはいいことではあるが、なんとも拍子抜けである。
――見た目は渋くてかっこいいけど、なんていうか飄々としていてつかみどころがないというか、マイペースというか。ちょっとシュタルトに重なるわね……。
これが、正直なマチアルドの第一印象である。
魚が焼けるまで、リガルドの口から語られたこれまでの行動は、一同の予想を裏切らないものだった。
やはり、森の中で迷っていたらしい。いつもの洞窟に行こうとしてうっかり知らないルートに入ってしまい、気が付いたら山頂にいたというミラクルである。
「お、坊主なかなか料理上手だな。素材の味を引き出していて、こりゃうまい。久々に人間らしい食べ物を食べたよ。ここのところ食料と言えばこれくらいだったからな」
そういって胸元から取り出したのは、茶色い紐のような代物である。しなしなとひからびたそれは、どうやら元は薄緑色をしていたようで、心なしか先の方がくるん、とカールしている。ついさっき、これとよく似たビジュアルのものを見たような気がする。
全員の脳裏にあるものが浮かんだ。
「それ、もしかしてつた……?」
「あ、やっぱあれ食べれるんだ!リリーちゃんの中で食べたものに似てたから、そうじゃないかなと思ったんだよね。やっぱりさっきのやつ、切り取っておけばよかったなぁ。保存もききそうだし」
マチアルドは確信した。やっぱりこの人、シュタルトと同類だわ、と。
シュタルトがさきほどきた道を戻ろうとするのを、ラルフィルが全力で止めにかかる。
――たとえ高栄養で美味であったとしても、あれだけは食べたくない。絶対に嫌だ。
リガルドとシュタルトを除く一同は、皆同感である。
強い力で阻止されて、しぶしぶ元の場所に座るシュタルト。
「お前さんたちはなんでここに?それにクラゲまであんなところに待機して、何かあったのか?」
よもや大地の精霊が自分を探すためだけに、はるばる二国間を旅してきたとは思いもしないリガルドである。しかもティリアの恋わずらいによって大地の浄化バランスが崩れ、一国の王女と王子、その従者ともども元の世界から絶賛行方不明中という笑えない事態まで引き起こしているのだ。
一連の出来事を話すマチアルドたち。
「ふぅん。そんな事態になっていたのか……。それで俺を探していたのはなんでだ?人生の師匠に相談か?ん?」
マチアルドたちは、曖昧に頷くしかない。
ティリアの力が弱まった原因がリガルドに会えない寂しさならば、こうして再会できたことで力を取り戻せるはずではある。だが、マチアルドたちにそれを確かめるすべはないのだ。
そこでひとまず、一同はリガルドとティリアをしばらく二人きりにして、少し離れた場所で一休みすることにした。あとは二人の問題だ。恋にうとい面々には出番はなさそうである。
二人の様子を離れた所から見ていたマチアルドが、ラルフィルに問いかける。
「ねぇ、精霊には寿命もないし存在は永遠なのよね。ならどんなに愛し合っていても、人間が寿命を終えるのを見送らないといけないのよね。それって、なんだか……」
「少なくとも一時は幸せな時間を共有できるなら、それもひとつの幸せなんじゃないか。でもリリーちゃんの上では時間の流れがゆっくりになるなら、人間の寿命も少しは延びるかもな」
食を必要としなくなるくらい、マチアルドたちにも身体的な変化があったのだ。長い時間ティリアとあのクラゲの中で生活を続ければ、そのうち寿命も精霊並みとはいかなくてもある程度は延びるのかもしれない。
――だったらいいな。愛してくれる存在がそばにいてくれたら、少しは孤独が和らぐかもしれないし。あんなに重圧に苦しんでいるんだもの。誰かそばで支えてくれる存在が必要よ、きっと。
ティリアとマチアルドは異質の存在ではあるが、抱えているものの重さと孤独に耐えねばならない運命は同じである。同じ孤独と苦しみを分かち合える存在同士だからこそ、ティリアには幸せに笑っていてほしい。
リガルドの胸に飛び込むティリアの姿はなんだかとてもかわいくて、マチアルドからみても思わず抱きしめたくなるくらいひたむきだった。恋とはあんなふうに、人をかわいくも弱くもするものなんだろうか。
マチアルドはきっと永遠に理解できないだろうもの。女王が恋をしたって、その相手と結ばれるなんてこと、きっとないから。ならば初めから恋など知らない方がいい。
「ティリア様の恋路の結末はともかく、浄化の力が戻ることを祈るしかないな。こうして無事に再会できたわけだし。これで気持ちが安定してくれれば、力も元通りに……」
ラルフィルがそう言いかけたその時、リガルドとティリアのいる方から大きな物音が聞こえて、一斉に立ち上がる。
「おい!今何か声がしなかったか?何かあったのかもしれない、行くぞ!」
三人と一体は、慌てて声のした方へと駆け出した。
そこで見たものは、もちろん――。




