十四歳は大人の入り口?
ずるずると足を引きずるようにして、美しい花々が咲き乱れる庭園を歩くマチアルド。
「ひどい顔だよ、マチアルド。いくら誰も見ていないからって、仮にも王女なのに」
落ち葉ひとつない庭木と美しい色とりどりの花で彩られたこの庭園は、王族のための完全なるプライベートスペースである。
その庭園を、マチアルドは付き人であるシュタルトと二人で歩いていた。
シュタルトは、マチアルドと同い年の十四歳の少年である。
赤ん坊のころから兄妹のように育ってきた幼馴染みであり、今は従者としてマチアルドの側に仕えている。
もっとも実際のところ、マチアルドが唯一愚痴をこぼせる話し相手としての役割が主ではあったが。
「二人の時くらいいいじゃない。私のこんな顔、見慣れてるでしょ。生まれた時から一緒なんだから」
「そりゃそうだけど。今日は晩餐会だろ?料理長が張り切ってたよ。王子様にお気に召してもらえるよう腕を振るわないとって」
料理長は、この国一番の料理人である。
今日のお茶の時間に出されたシフォンケーキも、ふわっふわのもっちもちで、添えられたクリームはほのかに柑橘の香りが漂って絶品だった。きっと晩餐会で出される料理も、おいしいに違いない。
何せ、王女の将来の伴侶候補に振る舞うのだ。食材もとびきりいいものを厳選しているに決まっている。
「どうせコルセットで、ろくに食べれないわ。目の前にニンジンをぶら下げられているようなものよ。苦行でしかないわ」
「王女様も大変だよな。平民だって楽じゃないけど、少なくとも好きな時に好きな物くらい食べれるもんな」
「ドレスはきれいだけどコルセットは拷問だし、食べれないし、動きにくいし、機能性に欠けてるわ」
そう言って、マチアルドは不満そうなため息を吐き出した。
「それに、王女であることにもちろん不満はないし国を大切に思っているけれど、だからって十四歳になったからって急に結婚話なんて」
「王子ってイケメンなんだろ?剣も強いらしいし、変な噂もないみたいだし、悪くはないんじゃない?まぁ、マチアルドが結婚なんて全然ぴんと来ないけどさ」
マチアルドの目下の悩みは、これである。
十四歳といえば、王侯貴族ならば大人の仲間入りにまもなくといった年齢だ。
早々に婚約を結ぶ者もいるし、子どもが生まれてすぐに口約束ながら婚約話が交わされることもあるのだから、まったくあり得ない話ではないのだが。
「私はこの国のただひとりの継承者で、いずれは女王になる。そして誰かと政略結婚して世継ぎを生んで、子どもが成長するまでこの国を守る。それが私の役割なのは分かってるわ。分かっているの。でも、なんだかそれって……。次代につなげてこの国を守るだけことだけが、私の存在理由なのかしら……」
マチアルドの声は小さく、シュタルトにはよく聞こえない。
だが、晴れない表情の幼馴染みの姿に、シュタルトは同情を禁じ得ない。
実は十四歳の誕生日を迎えた時、シュタルトはガルド大臣にがっちりと釘をさされていた。
『十四歳となれば、もう大人の仲間入りも同然。町にお忍びででかけるなど、軽率な真似はもう控えるように。それがたとえ王女様のご希望であってもな』、と。
もちろんシュタルトも、マチアルドが本来ならばこんな軽口を叩いていい身分ではないことも、子どもの時分だからこそ許されていることも、十二分に理解している。
が、シュタルトなりに思い悩んではいるのだ。急によそよそしい態度に変えるのもどうなんだろう、と。ただでさえ、マチアルドが本音を言い合える相手は限られているのだから。
「十四歳って、なんだか面倒な年なのかな。俺も全然わかんないや。自分がこれから何をして、どう生きてくかなんてさ」
「……本当ね。なんだか釈然としないことばっかりだわ」
知らず知らずとぼとぼと歩いていたふたりのもとに、ターシャが姿を現した。
「そろそろお支度の時間ですよ、姫様」
にっこりとほほ笑みつつも有無を言わさないその一言とともに、絶望的な表情を浮かべた幼馴染みは、ターシャにずるずると引きずられるように庭園から去っていった。
◇◇◇◇◇◇
詰所に戻る途中、シュタルトは料理長に呼び止められて足を止めた。
「姫様はお支度中か。ならこっち手伝ってくれるか、シュタルト」
厨房では、料理人たちが晩餐会の支度に追われていた。今夜は内々の晩餐会のため、出席者はそう多くない。とはいえ隣国の王子を招くのだ。食材の下ごしらえだけでも大仕事である。
「いいよ。何から始める?」
袖をまくり、手慣れた手つきで次々と食材を洗い、皮を剥き、切り分けていく。
「このカボチャはどうする?」
「そいつは一回蒸し上げてから中をくり抜くから、こっちの鍋を見てくれるか」
煮込まれた大量のトマトと香草の中に、ちょっと癖があるがそれがまた後を引くゴルド鳥の塊肉が沈んでいる。この国を代表する料理の一つである。
酸味との相性が抜群にいいため、トマトと合わせて調理されることが多い。この肉をちょっと固めのバケットに挟んで食べると、とてもおいしいのだ。残りのソースはバケットを付けて食べてもいいし、そのままスープとして食べてもいい。
シュタルトは、立ち上るその香りにごくりと唾を飲み込んだ。
「それにしても姫様ももう十四かぁ。ちっちゃな手でスプーンを握り締めて、俺の作ったプリンをおいしそうに食べていた姫様がなぁ。もう結婚を考えるお年とはねぇ」
しみじみと年寄り臭い物言いで、目を細める料理長である。
「お前だって背も伸びて、体つきもしっかりしてきたしなぁ。お前この先、従者のお役目ごめんになったら俺のとこに来ないか?勝手も分かってるし、手際もいい。お前なら、料理人としてもいい線行くと思うんだがな」
「料理は好きだけど、見映えするような気取った料理なんて、俺には無理無理」
間髪おかずに断ると、「そうかぁ?気が変わったら言ってくれよ」と心から残念そうに話す料理長をみて、シュタルトは小さくつぶやいた。
「将来ねぇ……。食い扶持を稼ぐだけじゃ、ダメなのかなぁ」
なんだか先を急かされるようで、落ち着かない気持ちになるシュタルトであった。




