王女家業も大変です
領土の四分の一を高く連なる山々で占められているデアルタ国は、周囲を大国に囲まれた小国である。
が、貴重な鉱石が大量に産出されることもあって、その財政状況は非常に良好だ。
中でも、周辺国では産出されない非常に稀有な星石、スター・ティリアとも呼ばれる鉱石がこの国の特産物である。
ティリアとは広く信仰されている女神の名で、デアルタにある神殿にもひときわ美しい輝きのスター・ティリアが大切に祀られている。そして、星石はその女神ティリアの象徴として、各国で高値で取り引きされているのである。なぜこの国に稀有な星石が多く産出されるのかは不明だが、女神ティリアに愛される国としてその名は広く知れ渡っている。
つまり、デアルタ国は今日も平穏、かつ安泰なのであった。
さて、ご挨拶が遅れましたね。私の名前はマチアルド=デアルターナと申します。
名前に国の名を有していることからもお分かりですわね。私は、このデアルタ国の第一王女でございます。
ちなみに第一とは言いましても第二、第三の王子、王女はおりません。つまり、このデアルタ国のただ唯一の後継者なのでございます。
「マチアルド、さっきから何をぶつぶつと話しているのです?お勉強の最中ですよ」
「……なんでもありません。お母様」
とっさにいつもの呼び方が口をついて出てしまい、ぎくりと体をこわばらせるマチアルド。
「マチアルド、もう少し自覚を持ちなさい。あなたはこの国の次代を担う王女なのですよ?私のことは王妃と呼びなさいとこれほど言い聞かせているのに、あなたときたら……」
「申し訳ありません、王妃様。以後気を付けます。ところで、そろそろガルド大臣がいらっしゃる頃ではなくて?」
確か今日の午後に、ガルド大臣が鉱石の輸出事業に関して会談予定だったはずだ。
「そうだったわね。仕方ないわ、ここまでにしましょう。明日は、今日の分も含めてやりますからね。しっかりと用意しておくように」
そう言って、たっぷりとしたドレスの裾を品よく翻しながら部屋を出て行く。その背中を、お行儀よくドレスのドレープをつまみ、腰を落として見送るマチアルドである。
王妃、つまりマチアルドの母は愛情深い性質ではあったが、ここのところ娘の王女教育に躍起になっていた。それもしかたのないことではある。何せこの国の次代を担う後継者はマチアルドただひとりなのだから。
なかなか子宝に恵まれず、母にべた惚れだった父。その愛ゆえに、決して側妃を持とうとはしなかった。そのため、母にのしかかる世継ぎプレッシャーは相当なものであったようである。
結婚後十数年たってようやくマチアルドが生まれた時には、国を挙げての盛大なパレードが行われたのだという。
つまりマチアルドの肩には、生まれながらにしてこの国の次期女王としての責務が重くのしかかっているというわけである。
もっともマチアルドは、この国を深く愛していた。国民は皆温和で、雄大な山々に囲まれた自然豊かな国土。
その美しく豊かな自然に守られるように、マチアルドもまた一人の民として、温かくのびのびと育ったのだった。
国を守る責務は、国を愛するが故にさらに重く感じるのでもあったが、それでも自分がこの国のためになせることがあると思えば、それは喜ばしいことでもある。
が……。とはいえ。
さすがのマチアルドも辟易していた。
ここのところ、いつにも増して力を入れて熱心に繰り返される歴史や鉱山、多国間との交渉術、女性としての振る舞い方、ダンスレッスンなど、それはそれは多岐にわたる勉強の毎日に、もはや我慢の限界を超えていた。
マチアルドとて、自分の役割も立場も、学ぶ必要性も理解している。
だが十四歳になったとたん、王女としての自覚をもって次期王妃としての威厳を、とか縁談をとかいわれても……。
「はぁ~……。息苦しい。王宮を抜け出して街に行きたい。久しぶりに屋台のクリーパイを思いっきり食べたい」
「それは無理でございましょうね。今や姫様の身辺は厳重に警備されていて、とても抜け出すなんて無理ですもの。それに、王都にも姫様が来たらすぐに知らせるようにって、お達しが出ているそうですよ。すぐに見つかってしまうでしょうねぇ」
ターシャの言葉に、がっくりと肩を落とすマチアルドである。
ターシャは、マチアルドにとっては姉代わりの侍女である。
すでに結婚していてもおかしくない年ではあるのだが、マチアルドの結婚が決まるまでは、とずっとそばにいてくれている。
「ターシャ、私限界よ。疲れたわ。もう頭の中に一文字も入ってこない。覚えたそばから、耳から流れ出てきそう」
耳の穴から、鉱石の成分だの他国との折衝術だの淑女マナーだのがだらりと流れ出す光景を想像する。
そんな得体のしれないものをだらだらと垂れ流しながら、豪奢に着飾ってしゃなりしゃなりと歩く姿は見物だろう。
「今紅茶と甘いものでもお持ちしますから。それでご機嫌を直してください、姫様。お茶が済んだら、少しお庭でも散策されたらどうですか?夕方のお支度までは、ごゆっくりされても大丈夫ですよ」
ターシャにそう言われて、マチアルドはさらに深くため息をついた。
そういえば今夜は、隣国から第三王子ご一行が来るとかで晩餐会が開かれるのだ。嫌すぎるあまり、すっかり忘れていた。どうにも気が重い。
晩餐会にいたるまでの苦行を思うと、地面に深く深くめり込みたくなるマチアルドだった。