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引きこもり精霊、現る



「ひゃーっ、高いなぁ!うっかり落っこちたら絶対死ぬな、これ」

 

 シュタルトの嬉しそうな様子をうらめしそうににらみつけるマチアルド。高いところが楽しいなんて、気が知れない。想像しただけで足がすくむ。ここは地面、ここは地面、と心で唱えつつ、ここが空中を浮遊する巨大クラゲの傘の中であることを必死に忘れようとする。


「風が気持ちいいなぁ。それにリリーちゃんも透き通っててひらひらしてて、きれいだし。俺ずっとここで暮らしてもいいかも」


 ラルフィルもまた浮き浮きととした声で、身を乗り出すようにして下界を眺めている。


 ――あの二人は楽しそうね……。さっきから子どもみたいにはしゃいじゃって。


 高い場所が少々苦手なマチアルドは、仲間外れ感でいっぱいである。

 


 リリーちゃんの身体は、乳白色の半透明のドーム状の傘とその下にある部屋空間、何本もの触手とで成り立っている。

 傘の内側にいる分には、上空とはいえ風も強く吹き付けることはないし、むしろ年中快適にすごせるように空調機能まで備えているらしい。

 半透明なおかげで傘の端まで行かなければ地上も見えないため、マチアルドにとっては一安心である。



 傘の中は、四つのスペースに分かれている。


 まず一つ目。

 マルセルの部屋と、吸い上げたガラクタを保管しておくゾーンである。

 吸い上げたガラクタはマルセルによって細かく分類され、日付や大きさごとに分けて保管されている。これらを大きさや種別ごとにどの山々の地中に埋めるのかを決定するらしい。ものによってどの鉱石に適しているのかが異なるからだそうである。

 ちなみにあの謎のダンジョンにうず高く積みあがっていたものは、当然ながら未分化、未浄化のものである。


 そして二つ目。

 大地から吸い上げた思念を、ティリアが浄化するもっとも重要なスペースである。

 気の浄化の他に、吸い上げたガラクタを地中に埋める作業もここで行われるらしい。とはいっても、指先をちょん、と山に向けただけで地中深くに埋められるのだそうだが。 


 三つ目。

 ここはのんびりと過ごすためのフリースペースであるが、ティリアが部屋に引きこもって以来、最近はとんと使用されていないらしい。



 残る一つ。ここが問題である。





◇◇◇◇◇◇




「じゃあ、行くよ」


 床面もまたクラゲであるからして、足元は包み込むようにやわらかく弾力にとんでいる。ふよんふよんと波打つやわらかい床面に足を取られないよう、ゆっくりと進む三人。

 マチアルドを先頭に、男二人はその後ろに控える形でその扉の前に立つ。なぜマチアルドが先頭かというと、これから訪ねる部屋が一応女性に分類される者の部屋だからである。


 ――コンコンコン。……コンコンコン。


 間を開けて二度のノックをしてみるも、中からは何の応答もない。


 ――コンコンコン。


「……あの、こんにちは。私はマチアルド=デアルターナと申します。デアルタ国の王女です。隣にいるのは幼馴染みで従者のシュタルトと、もう一人が」


 紹介を続けようとしたマチアルドを手で制して、ラルフィルが落ち着いた声で語り掛ける。


「私はリスデール国の第三王子で、ラルフィルと申します。ラザルドは、私の剣の師にあたります。師と親しくされているとのことですので、ぜひにご挨拶をいたしたく参りました」


 言い終わるか否や勢いよく扉が開いて、ちょうどその前に立っていたラルフィルの顔面を直撃する。


 中から姿を表したのは、足元まで届くほどに長い銀髪を滑らかに下ろした絶世の美少女である。

 肌の色はほんの少し青白く見えるものの透明感があり、目の色は淡い青の中に金が散りばめられていて、まるでスター・ティリアをそのまま淡くしたような美しさである。


 思わず、その息をのむほどに荘厳かつ儚げな美しさに言葉を失くす一行。


「あの、ごめんなさい。顔、大丈夫ですか?ラザルド様の名前を聞いたら思わず飛び出してしまって……。それであの、あなたたちは?」


 後ろから息を弾ませてやってきたマルセルの姿を目にするなり、急に視線を所在投げにさ迷わせて表情を陰らせるティリア。


「マルセル、あの、ごめんなさいね。私すっかり引きこもってしまって……」


 おどおどと銀髪を一筋にぎにぎと握り締めて、マルセルの様子を窺っている。どうも様子がおかしい。なぜ主であるはずのティリアが、思念を吹き込んだ人形に過ぎないマルセルをみてこんなに怯えているのだろう。


 ――女神とか精霊ってなんかもっとこう、気高くてちょっと近寄りがたくて、なんなら高貴すぎて怖いくらいの神々しさをイメージしてたんだけど。どうも調子が狂うな。


「ティリア様、やっと出てきてくださったんですね。心配したんですよ。中は浄化が滞って大変ですし、このままじゃリリーちゃんが暴れる思念体の巣窟になってしまいます」

「はい。ごめんなさい」


 精霊を叱りつけるマルセルとしゅん、とうなだれる大地の精霊ティリア。


 ――やっぱり違う気がする。もっとこう……。まぁ、いいんだけど。


 マチアルドは釈然としないものを感じながらも、目の前の美少女精霊に向き直る。


「ティリア様にお願いがあるのです。私たちは祭壇で祈りを捧げている最中に、なぜかこちらに迷い込んでしまったのですが、一刻も早く元の場所に戻らねばなりません。それには、ティリア様のお力が必要とお聞きしました。そこで、ティリア様のお困り事にわずかながら私たちでお力になれればと」


 なんとしてでも自分たちは元の世界に戻らなければいけないし、大地の未来も守らなければならない。ここはどうにかティリアの問題を解決して、浄化の力を取り戻してもらわなければ。

 そして、帰るのだ。もといた世界に。地上で果たすべき役目が、マチアルドにはあるのだから。


 その時ふと、ティリアの背後に目がとまった。


 ――なんだかとても部屋が狭いような圧を感じるのだけれど……。いえ、違うわ。これは中に物がいっぱいでまるであのダンジョンのような圧迫感が……。精霊のティリア様の部屋がなぜこんな物置のような有様に?


 そして、その異変に気付いたのはマチアルドだけではなかった。


「あれ~?なんだ、ティリア様って片付け俺並みに下手なんだねぇ。部屋の中がものでいっぱいだ」


 無遠慮に驚きの声を上げたのはシュタルトである。


 ――シュタルト……。あなたって本当に。女性の部屋、しかも精霊をつかまえて本当のことを言っちゃだめでしょうが!もう少し何か包んだ物言いというものが……。


 慌ててシュタルトを後ろに押しやりながら、マチアルドはティリアに向き直る。


「この者がとんだ失礼を……。とにかく、私たちが元の世界に戻るためにも、この世界の安定のためにもお力になりたいのですわ。よろしければぜひお話をお聞かせくださいませ」


 王妃仕込みの品の良い微笑みでとっさに取り繕いつつ、どこにいても変わらない幼馴染みの姿にマチアルドは小さくため息をつくのだった。






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