未知の世界の扉
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
たらりらりら、たらりらりら、たららったったーん。
エンドレス・ワルツである。しかもサビの部分だけを、延々と。
三人は、そのワルツを奏で続けるモノを見下ろしていた。小さな細かな装飾の施された、きれいな木箱のオルゴールである。
メロディーそのものはまったく狂っていないし、箱にも大きな傷などはみられないのだが、あきらかに壊れている。つまり、止まらない。ゼンマイでもねじを回すものでもないようだが、なぜかずっと止まることなく音楽を奏で続けているのだ。
とりあえず言えることは、――怖い。
この一言に尽きた。
三人は終わらないワルツを聴きながら、いまだオルゴールを見下ろしていた。近づいてきたように見えたのは、滑車付きの小さいチェストの上にこれが乗っていて、その滑車が何かの拍子に動いただけのようだ。その何かの拍子、というのがなんなのかはあえて考えたくない。
「まぁ攻撃してくることはなさそうだし、とりあえずこここに……」
シュタルトはそう言って、まるで汚いものでもつまみように指先でオルゴールを持ち上げると、手近にあった分厚い鉄の入れ物の中に無造作に突っ込んで、上から木の板で塞ぐ。おかげで先ほどよりは音が遠ざかる。
三人は、ぐったりと深く長いため息をついた。
「いやぁ、私ワルツ聴くたびに今日のこと思い出しそう……」
「俺もワルツ嫌いになりそうだ」
「ワルツと他の曲の違いってなに?」
もちろん、最後の質問はシュタルトである。まぁ、ワルツを知らなくても人生何事もなくやっていける。
マチアルドは、オルゴールが最初にあった辺りに目をこらした。さっき確かにこの辺に光が見えたのに、今はもうなくなっている。気のせいだったのだろうか。
「おっかしいなぁ。確かこの辺に見えたのに……」
その先にはもう道も続いていなそうだ。つまりは行き止まりである。
積み上げられた古ぼけた大きな木箱を一つ二つよけて、さらに先を探ろうと手を伸ばしたマチアルドの目の前に、石造りではない木の壁が現れた。
「ねぇ!これなんだと思う?」
わらわらと集まり、覗き込む三人。
「ん?んんん?おい!これ扉じゃないか?」
そこには、マチアルドのちょうど太ももくらいの高さの小さな扉があった。
その扉のちょうど真ん中あたりに小さな色ガラスがはめ込まれていて、そこから光が漏れている。
「これって、もしかして……」
「……出口、あったぁ~っ!」
「ダンジョン脱出だ~っ!」
歓喜の声を上げ、抱き合う三人。
もはやここを出られるのなら、怖いものなどない。マチアルドはためらいなくその扉を押す。ギィ、というきしんだ音と埃を立てて、ゆっくりと開く扉。
――ダンジョン脱出、成功だ!
こうして、三人のまさかのダンジョン探索は終わったのだった。
◇◇◇◇◇◇
扉を開けるとそこは雪国――、じゃなかった。どこかで聞いたような気もする文言だが、それはまぁいい。
マチアルドに続いてシュタルト、その次に大きな体を突っかえさせながら扉からでてきたラルフィルの目の前に見えた景色。それは――。
「ねぇ、ここ何だと思う?私、ここ地上じゃない気がする」
「うん。なんか足元はふかふかしてるし、視界が青いよな」
「この白っぽい透明なぶよぶよしてるの、何かなぁ?」
その後に続く沈黙。
確かに、ダンジョンとは地続きである。それは間違いない。
だが、明らかにこの地面は浮いていた。そう、空に。
「空を飛んでいる、ということでいいのかしら」
「そうだろうね。でも、何が飛んでるんだろうね。どうもうねうねした透明なものが視界にいくつか見えるんだけど」
「海で見るよな、こういうの。何本もこう、体から手みたいに伸びててさ。刺されると腫れたりして、結構痛いんだよな」
そしてまた続く沈黙。
三人の視界に飛び込んできたもの。それは、空高く浮遊する巨大なクラゲであった。マチアルドたちは、クラゲとともに空にふよふよと漂っていたのである。
未知のダンジョンを抜けたその先は、巨大な空飛ぶクラゲの上だった――。
立ち尽くす三人に、ふとかけられた声。
「あなたたち、そこで何をしてるんです?っていうか、どうしてこんなところに人間が?」
色白の肌に大きな目。ほっそりとした体には、白いパリっとしたドレスシャツと濃赤のベストを身に着けて、黒の細身のパンツを履いている。胸元には光沢のある黒いリボンと、なかなかに洒落た着こなしである。
真っ白な陶器のようにつるりとした肌に、ヒクヒクと動く鼻。そして頭の上にはぴんと伸びた長い耳――。
「……ウサギ?人形?」
マチアルドはすうっと遠ざかる意識の中で、神殿で見たあの光を感じた。
――今日はなんて日なのかしら……。やっぱり予定もなしに、神殿なんかくるんじゃなかったわ。私たち、これから一体どうなっちゃうのかしら。
心の中でつぶやきながら、マチアルドは完全に意識を手放したのだった。




