赤尖塔『中層』
「もう十階層か」
最後の段に足を乗せ、俺は感慨にふける。
楽勝だった。
ここまでの道中で出てきたのはポイズラット以外で挙げると三種。
やたら頭がデカイ蟻―――アタックアント。
羽が強靭になった蜂―――インベイビー。
粘着性の糸を吐く芋虫―――デバフキャタピラ。
全て見た目が黒系。
間接部などの一部が赤かった。
黒が弱く、白が強い。
その法則が適用されているに違いない。
「三十分か...オレらと同じぐらいだな」
「ってことは早いんだ」
「オレら三人のパーティーと同じだぞ。早すぎだボケ」
軽い拳骨が落ちる。
パーティーリーダーとしてグラムは威厳を保ちたい。
能力なんて関係なく俺はグラムを尊敬しているんだけどなー。
この想いは伝わらない。
行動で示さないとグラムの気持ちは動かない。
「ほれ、下層最後だ。さくっとやっちまえ」
はい、と返事をして中央に向かう。
下層最後と区切るだけあって、今までと雰囲気が違う。
中央の上には百個のろうそくを乗せたシャンデリアが垂れている。
その真下に外壁から漏れ出した黒い靄が集まっていく。
薄かった靄は中央で濃くなり、次第に形を成す。
ボスの登場か...。
《ショートソード》を召還して【身体強化】を使う。
【火の魔法】ではなく【炎の魔法】をいつでも発動できるように備える。
万全の体制を敷く。
靄は集まり気体から液体、そして個体へと定着する。
現れたのは―――。
黒い犬だった。
「お前かよっ!」
ズシャ。
ボト。
戦闘終了。
「マコト君お疲れ様」
「よくやった」
「おめでとうございます」
「...拍子抜けだ」
もう倒したことがあるヘルバウンドだった。
しかも一匹だ。
さらにボス犬でもなかった。
「そう言うなマコト。ここも一般の水準で言えば高難易度なんだぞ」
その理由を教えてくれた。
二体目が十秒後。三体目はさらに十秒後に出現する。
それ以後は一分に一体のペースでヘルバウンドが量産される。
ボスは三分後に現れる。
数に押され、疲れが見え始めたところで登場する。
その【火の魔法】でこれまで数百の冒険者が灰になった。
「マコトなら分かるだろ、あいつらの執念深さ」
ヘルバウンドの執念深さは足が一本なくなろうが腹を刺されようが消えない。
さらに一度獲物を定めると死ぬまで追う。
逃亡は許されない。
デットオアライブ。
殺すか殺されるかの二択しか存在しない。
初心者殺しの関門であった。
ヘルバウンドの死体を解体する。
中から魔石を取り出す。
今までの粒ではなく、石といえるだけのサイズだ。
「それで四等級だ。あと今回は魔石だけじゃなくて素材も...いやボスじゃないからいらんか」
「ボスのは高く売れるのか?」
「火の耐性が付いた皮なんだよ。そこそこな値段で売れる」
初心者なら泣いて喜ぶほどだと言う。
ちなみに普通のヘルバウンドの皮もそこそこの値段で取引される。
高いときで銀貨五枚だ。
ただし無限湧きのため、中級以上の冒険者が乱獲すると一気に値下がる。
「それじゃあここからはオレ達の番だな」
「私たちの戦闘を見ていてください」
「チームワークを見せます」
「楽しみにしてる。万が一のときは俺も参加するぞ」
「馬鹿野郎っ! 億が一だ!」
ゼロだとは言わないところはリーダーらしかった。
.........。
......。
...。
十一階層(中層)。
ヘルバウンドが二頭。
パニックベアが一頭。
「【嵐旋】」
「ぶっとべっ!」
「【イフリト】!」
即殺だった。
「チームワークはっ!?」
「ちゃんと見てろよマコト。一番厄介なパニックベアをフレイヤちゃんが一番最初に魔法で倒しただろ。そしてオレとリセルちゃんは突撃してくるヘルバウンドを叩く」
連携してるだろ、と偉そうに講釈を垂れた。
「第一、これもマコトなら知ってるだろ。パニックベアは【乱の魔法】を使う。即殺が基本なんだよ」
「ま、まぁ、そうか」
「普通ならヘルバウンドの攻撃に対応している間に【乱の魔法】を使われて腹の中だ」
犬がアタッカーで熊がサポーター。
中層は魔物のコンビネーションが恐ろしい、と話す。
「ほら、次行くぞ」
十二階層(中層)。
パニックベアが五頭。
「【風嵐】!」
即殺だった。
というか階段のぼっている途中からフレイヤが準備していた。
「マコト、パニックベアは―――」
「即殺が基本なんだろ。よくわかったよ」
数が多いので解体を手伝う。
「どうでしたマコトさん。私の魔法」
【嵐旋】は範囲が狭く、攻撃力が高い。単体向きの魔法。
【風嵐】は範囲が広く、攻撃力が低い。複数向きの魔法。
「《嵐精の杖》の効果で威力が上がっているので【風嵐】でも一発なんですよ」
「もしかしていつもは中層までその魔法で?」
全体魔法で雑魚狩り。
快適だろう。
「魔力が切れるので無理です。出来たらいいんですけど」
「そりゃあそっか」
「そのためにオレ達がいる。これがチームワークだな」
「また取ってつけたように...」
「(私は本当に、頼って...ばかりです...)」
口を動かしながらも手も動かす。
素材の回収はせず焼却処分。
「パニックベアの素材はかさばる。グラム単位だとヘルバウンドの方が高く売れんだよ」
ちなみにこの階層がパニックベアの住処だった。
下の階層で混乱させたのを運び、皆でムシャムシャするそうだ。
十三階層(中層)。
「...赤だ」
初めて全身が赤い魔物がいた。
赤といっても黒に近い褐色だ。
鑑定結果
名称:スカースネイク
状態:健康
種族:魔物
説明:群れで行動する
十...いや百はいる。
折り重なって身動きを止めている。
蛇の海だ。
「あの中に入るか、攻撃しない限り襲ってこないから安心しろ」
「なんだ、ビックリした」
「ここは武装魔法潰しの階層になってんだよ。一匹斬ってる間に十匹が這い寄って来るんだ」
広範囲、高威力の支援魔法が求められる。
ダンジョンもパーティーを推奨していた。
「フレイヤちゃん。いつもの頼む」
「はい! 【嵐壁】っ!」
文字通り嵐の壁。
設定した長方形から、面に直角の強風を吹かす魔法。
数百匹のスカースネイクが奥に吹き飛ばされる。
「リセルちゃん!」
「はい! 【炎の魔法】!」
ボッ、と固まった蛇達に火がつく。
風を受けて燃え広がっていく。
【嵐壁】によって酸素が供給され、火は大きく燃え上がる。
どうやらフレイヤのイメージは魔力で空気を作る感じだ。
気圧の高低を操作しているのではない。
「やめっ」
グラムの掛け声で魔法が停止する。
蛇は全て燃やし尽くされた。
「こいつらの厄介さが何か分かるか?」
「数が多い...?」
「そうでもあるけど、正しくは【火の魔法】を使いたくなることだ」
『赤尖塔』で、ここまでで赤の魔石が溜まっている。
火をつける程度なら魔石で可能だ。
使いたくなる。
「どういう理屈か知らんが狭い部屋で【火の魔法】を使うと意識を失っちまう」
酸素の欠乏だ。
「そうすると下の階層のロックベアがやってきてな...まぁムシャムシャだ」
「コンビネーションっていうか共生か」
分業体制が行き届いた、魔物にとっては優良な仕事場だった。
十四階層(中層)。
牛だ。
スペインで赤旗に突撃してそうな、褐色の闘牛だった。
鑑定結果
名称:スカウ
状態:怒り
種族:魔物
説明:角がとても硬い。
部屋の照明は中央のシャンデリア一つだけ。
それは舞台のスポットライト。
主演は闘牛。
フシュー。
荒げる鼻息は闘志で熱している。
今にも突撃してきそうだ。
だが、下の階層と同じくエリアに入るか、攻撃するかしないと動き出さない。
「マコトさん。どうぞこちらへ」
「あ、ああ...?」
よく分からないが、フレイヤの背後に隠れる。
「行くぞっ! 《オルクスの破槌》」
赤茶げた龍鱗に覆われたハンマー。
並々ならぬ雰囲気が立っている。
鑑定する。
鑑定詳細
名称:《オルクスの破槌》
種別:槌
ランク:7
習熟度:251
説明:かつて災厄を撒き散らし、最後には勇者の命を代償にして討伐した魔龍オルクスの素材を使った伝説の武器。
効果:物理攻撃+500 【煤の魔法】強化
条件:【煤の魔法】習得
進化:《なし》
カッコいいなぁ...。
グラムがエリアに侵入すると、闘牛が駆け出した。
直撃すればひとたまりもない威力だ。
回避が安定だと思うけどグラムはどうす―――。
キーン!
なにっ!?
天井に張り付いていた蝙蝠たちが超音波を発したのだ。
部屋の照明が一つだけだったのはこのためかっ。
黒い蝙蝠が俺達の頭上に隠れていた。
暗闇に隠れて不意をつく。
幸い【乱の魔法】ではなかったので混乱はしない。
「【炎の魔法】」
リセルの詠唱で業火が天井を染める。
飛び立とうとしていた蝙蝠たちが燃える。
「おらぁぁああ!!」
超音波の影響をものともせずにグラムが破槌を振り切る。
ミシッ、と牛の体を捉え、ドガッ、と外壁に飛ばす。
一撃で絶命した。
「―――ャァアアアァァァ...」
蝙蝠たちも死の悲鳴を響かせながら死んでいく。
火のついた蝙蝠がバタバタ、と逃げようとして他の蝙蝠に触れて火を移す。
俺達から逃げるために燃えながら部屋中へと広がる。
力尽きたものから地に爛れた体と魔石をばら撒く。
それは雨。
燃えながら飛び回る蝙蝠たちが赤い雨雲で、死んで焼け落ちる体が赤い雨で、転がった魔石が赤い水溜りだった。
真っ赤な雨だ。
「...すげぇ」
「どうだマコト!」
「ああ、すごいよ。リセルの魔法」
「...おい」
「ありがとう、マコト君」
ふに落ちないグラムに謝り、《破槌》を良く見せてもらった。
やっぱり武装魔法...いいな。
その後。
中層の魔物は打ち止めとなった。
種類は増えず、配置や数が変更されていた。
中層最後の二十五階はオールスターだった。
コンビネーションの中層ならではといったラストだった。
物量と不意打ち。
【乱の魔法】と超音波。
それらが冒険者の連携を崩し、押し潰す。
普通であれば。
「【煤の魔法】【震衝】」
「【イフリト】」
「【風嵐】」
グラム達には関係なかった。
ちなみに【震衝】ではダンジョンの床を割れない。
ただの地を走る衝撃波を生み出す魔法になる。
本当は割りたい、と悔しそうに言っていた。
「回収の時間だっ!」
苦労の対価。
オールスターだけあって数が多い。
魔石と素材を大量にゲットする。
「おっし! 帰るぞ」
「「「はい」」」
四時間。
二十五階までにかかった時間だ。
「かなり順調だったな」
「そりゃあグラム達が無双すればそうでしょ」
「今度からマコトも加わって鎧袖一触だな」
「期待してますよマコト君」
「ほどほどに頑張ってください」
雑談しながら降りていく。
最初に聞いたとおり、帰路は安全だった。
その途中、後続の冒険者が戦っている場面に遭遇した。
「あ、やばそう...助けに入ったほうがいいのか」
「やめておけ。知人以外への助けは禁止だ」
「え。ギルドのルールなのか?」
「ああ。争いが絶えなくてな、最終的にギルドが禁止にしたんだよ」
戦闘に入って、わざと邪魔をする。
とどめを横取りする。
魔物を攻撃するふりして味方を攻撃する。
「そんなことが相次いだ。だから戦闘中に他の冒険者は入っちゃいけねぇ。ダンジョンに入った時点で自己責任だ」
「...そんな」
「これでもまだ不十分なんだぞ。今の禁止ルールだと自称知人が多くて困っちまう」
「......」
「冒険者って奴は命を賭けてる。いるんだよ、そういうやつは...」
新人講習での言葉を思い出す。
命の価値がパンに負ける場所。
深く心に刻んだ。
「どうやら勝ったみたいだな」
「...良かった」
そして。
「おかえりなさいませ!」
ギルド職員に迎えられた。
「お疲れでしょうが、こちらにサインをお願いします」
帰還報告。
「確かに確認しました。魔物討伐お疲れ様でした。オルニアンを代表して感謝申し上げます。ありがとうございます!」
.........。
......。
...。
「悪い気はせんだろ。オレ達が倒せば都市の危険は減るんだ」
背後には『赤尖塔』。
前方にはオルニアン。
「ああ。ただ出来れば可愛い女の子に言われたかった」
「ははっ。そりゃあそうだな!」
「(姉さま。チャンスですよ)」
「(っ!)...マコト君、ありがちょっ―――(って、噛んじゃったぁぁああ!!)」
「(姉さま。レオグの実はお預けです)」
「.........ぅん」
この態度、俺の自意識過剰かな?
好意を持ってる...よな?
リセルはかなり可愛いので胸がときめく。
男なんて顔が可愛ければ性格が相当ひどくない限り、イケる。
数日程度の付き合いだが、リセルの性格は好きだ。
好意を向けられたら意識してしまう。
あんな勝負を持ちかけたし...機会があったら、ちょっと話してみるかな。
機会があれば。
都市が大きく見えてきた。
グラムが今回の総評をする。
「今回の目的である様子見は達成できたか?」
「よく分かった。危険な場所だって」
一歩間違えれば死んでいた。
無双しているようだけど、あれは事前知識があったからだ。
この階層ではこの魔物が。
この階層では不意打ちが。
それらを経験しているからこそ安全だった。
「グラム達はすごいな」
「ようやく褒めやがったな...ま、マコトに足りない経験はオレ達が埋める。これがパーティーだ」
「痛感したよ」
「あとは『赤尖塔』のコンセプトも理解しただろ」
考える。
鉱石や植物がなく、ただひたすらに魔物が湧き出るダンジョン。
「明暗を利用した不意打ちと多種の攻撃、かな」
「正解だ。中層以下のコンセプトはそうなってやがる。嫌らしいぜ」
「上層は違うのか?」
「間逆だ。正々堂々のぶつかり合いだ。魔物は一種のみ。こいつが強い」
「どこまで分かっているんだ?」
「四十八階層までは到達している。あの勇者がだ」
「そんな強いのか、あの人」
「強いぞ。あいつの言葉を借りて言えば『人類最強』だ。あいつとマコト、そしてオレ達が合わされば、もしかしたら―――」




