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第九地区南部海魔討伐作戦 襲撃編 鴉の章 【一ノ一】

聖アルフ歴1887年


 作戦会議が終わった二人の隠密は、第九地区の隠密が使っている拠点に戻ると、黒に割り当てられた部屋で今回の作戦に参加する人員の大まかな戦闘能力が記述された資料を開く。


「今回の作戦の総指揮を執る新垣上等官は、主に金行と水行の術式を扱うと同時に、第九地区由来の槍術による接近戦に長けている。術式の相性を踏まえれば作戦指揮に専念するのが賢明でしょう」


 鴉は冷静沈着にそう言うと、黒は面白いものを見つけた様に口を開いた。


「おいおい、今回の作戦で主力になるはずの第九地区の防人に火行使いが、約180人の一個中隊の中で20人しか居ないぜ。主に金行や土行の使い手で固めてやがる」


 黒の言葉を受けた鴉は、少し考え込んだ後に答える。


「恐らくだけれど、第九地区所属の防人を中心とした大規模な部隊は、時間稼ぎと陽動が主な目的のようね」


「午前中の作戦会議でも大規模な第九地区の防人で構成されている船団は、陽動が目的だと言っていたからおかしくはないわね」


「付け加えると、火行使いで階級高いのは、副官の高野二等官ぐらいね。後は一等士以下ばっかり」


 そう言った鴉は、第672機動部隊の戦力について纏められた資料を取りながら続ける。


「一方で、私たちが行動を共にする第672機動部隊は、10人中半分が火行を主軸にしていることもこの作戦資料を見ればわかるわ。これがどういうことかは分かるわよね?」


 鴉の問いかけに対して黒は、少し面倒くさそうに答える。


「大規模船団で正面から相手が住処にしている無人島に突っ込むことで相手の注意を引いた上で、小規模ながらも足の速くて火力の高い別働隊が相手を後ろから攻めるってことだろう?」


 黒の的確な返答に驚いた鴉は、目を丸くしながら口を開いた。


「貴方会議中ほとんど寝てたのにどうして覚えてるの?」


 長い黒髪の隠密から悪い物でも食べたかのようにそう言われた隠密の青年は、少し不機嫌そうに答える。


「流石にずっと寝てたわけじゃねえよ。前で長い説明してた上官が最後の方で他の部隊の誰かに説教始める前ぐらいまでは起きてたぞ」


 黒がそう言うと、鴉は長い黒髪をかき分けながら少し気まずそうに視線を逸らした。


「気まずいからって無視すんなよ。まぁいいや」


 そう言った黒は、しばらく同僚の様子を見た後に意を決したように口を開く。


「お前やっぱり変だぞ。何かあったのか?」


 黒がそう尋ねると、鴉は観念したかのように答えた。


「隠しても無駄ですね。故郷の幼馴染が今回の作戦に参加しているんです」


 鴉がそう言うと、短い黒髪の青年は第672機動部隊のメンバーの戦闘能力が記された資料を手に取りながら尋ねる。


「お前の故郷って第六地区の事だから、あの機動部隊の構成員の一人か?」


 黒がそう尋ねると、鴉は無言で頷いた。それを見た短い黒髪の青年は少しでも元気づけようとするかのように続ける。


「えっと、俺が言えることじゃないかもしれないけど、一度腹割って話して見ろよ。その幼馴染と喧嘩したわけじゃナイっぽいけど、モヤモヤしてるのは確かみたいだしよ」


 黒がそう言うと、鴉は返事を返すことなく考え込み始めた。


(やべぇ。流石に余計なお世話だったか?)


 心の中で黒が焦り始めると、鴉は意を決したように口を開く。


「それもそうね。貴方の言う通り逃げているだけじゃ駄目よね……」


 そう言った長い黒髪の女性は、部屋から出ようとした。


「おいおいおい。いきなり行くのかよ。相手も予定が有るかもしれないんだぞ!?」


 黒が驚いた様子でそう言うと、鴉は冷静な口調で答える。


「すぐだからこそ意味が有るのよ。お兄さんの予定が開いていない場合は、その時に仕切り直せば問題は無いわ」


 そう言った長い黒髪の女性は部屋から立ち去った。それを見送った黒い短髪の男は面倒くさそうに資料を眺めながらつぶやく。


「行っちまった。まぁ、今はアイツのやりたいようにさせるしかねえか。寝よ」


 そう言った黒は、第672機動部隊の戦力がまとめられた資料を閉じて、机に突っ伏して眠り始めた。



 隠密の拠点から私服のまま出てしばらく歩いていた鴉は、少し冷静になったのか、民間の船が泊められている海に面した砂場に足を踏み入れる。


「……何やってるんだろう私。今防人の拠点に行ったって迷惑なだけなのに」


 そう言った長い黒髪の女性は、人気のない砂場に座り込んで虚ろな目で夕焼けをぼんやりと眺め始めた。


「お前もここに来てたのか?」


 聞き覚えのある声に驚いた鴉が声のした方向を振り向くと、黒いくせ毛に黒に近い灰色の胴鎧を纏った男性が砂浜の手前に立っている。


「お兄さ、上杉上等士は何でここに?」


 長い黒髪の隠密は、虚を突かれたのか、冷静さを欠いた様子で目の前の防人にそう尋ねた。それに対して、防人の男性は柔和な態度を崩すことなく答える。


「自主訓練も終わったし、気分転換できる景色の良い所を探してたら偶然ここに来たんだ。恵はどうした?」


 上杉に本名で呼ばれた鴉は、一瞬目を泳がせながらも咄嗟にそれらしい答えを返した。


「いえ、大規模な作戦を前に控えて緊張してそれをほぐすために散歩していただけです。今回の作戦では私一人だけではなく多くの人々の命がかかってますから」


 一見社交的に思える口調で長い黒髪の隠密がそう言うと、上杉は、一瞬何かを躊躇うように眉をひそめながらも意を決したように口を開く。


「いや、お前本当は何か気になることが有るんだろう? そうやって景色とか一人で眺めてるときって大体お前何か抱え込んでる時だからな」


 上杉上等士がそう言うと、鴉は顔を足にうずめながら答えた。


「違う。私はもうそんな子どもなんかじゃない……! それに、一人で考え事するぐらい私の自由よ!!」


 上杉は、怒気が込められた幼馴染の言葉に驚きながらも、相手をなだめるように答える。


「別に悪いことをしてるって言いたいんじゃないよ。俺だってモヤモヤしてることを解消するためにここ来たわけだしな」


 上杉の言葉を受けた鴉は、我に返ったのか、申し訳なさそうに口を開いた。


「そう……ごめんなさい。勝手に怒鳴ったりなんかして」


 そう言った鴉は、申し訳なさそうに顔をうずめる。それを見た上杉は少し気まずそうに口を開いた。


「俺の事は気にするな。後そっち行ってもいいか? 話を聞くにも距離が少し離れすぎてるからさ」


 上杉はそう尋ねると、長い黒髪の女性は僅かに首を縦に振る。それを確認したくせ毛の防人は砂場に蹲っている長汝身の隣に座って話しかけた。


「それでお前はどうしたんだ? 今みたいに一人で泣きそうな顔してるのは四年前以来だぞ」


 上杉にそう尋ねられた鴉は、今にも泣きそうな顔でくせ毛の防人の顔を見ると、そのまま再度顔をため込んでいた感情を吐き出すように口を開いた。


「お兄さんや使用人として今も実家に仕えてる香奈子。それに妹の事が気になって仕方なかったの。今回の任務はひょっとすれば死ぬ可能性だって大きいから」


 鴉はふさぎ込んだまま地の口調で続ける。


「こんなこと同僚にも言えなくて、お兄さんにどうしても会いたかったの。自分を慕ってくれていた妹まで振り払って故郷を飛び出しておいて、今さらそんなことを気にしてるのよ」


 自嘲するように鴉がそう言うと、話を聞いていた上杉は幼馴染の頭を少しだけ撫でる。長い黒髪の女性が驚いた様子で泣き腫らした顔を上げると、黒いくせ毛の男性はなだめる様に口を開いた。


「親しい友人や家族を恋しく思うことは、人として正しいことだろう? 恵が気にして落ち込むことじゃないさ。お前は何も悪くない」


 上杉がそう言うと、長い黒髪の女性は、安堵すると同時に、自分が言ってほしい言葉を相手に言わせたのではないかという考えが頭をよぎる。


(自分が言ってほしい言葉をお兄さんに言わせてるだけだ。嫌われたくなくて必死にしがみついてるだけ)


 頭によぎった黒い自己否定の意思が心を満たそうとするのを長い黒髪の隠密は咄嗟に心の中で抑えた。


(でも、今はこのことは忘れよう。作戦に集中しないといけないし、何よりもこれ以上自分がどれだけ卑怯か思い知りたくない……)


 鴉は、自分の心の内がぐちゃぐちゃになりそうなのを何とか抑えながら口を開く。


「ありがとうお兄さん。だいぶ落ち着いたのでこれで戻ります。二日後の襲撃作戦で会いましょう」


 長い黒髪の隠密がそう言って砂場を立ち去ろうとすると、上杉は少し驚いた様子で呼びとめた。


「待て待て待て。妹や香奈子の事とか聞かないのかよ!?」


 慌てた様子で上杉がそう言うと、鴉は少し立ち止まった後に最初に見せた、取り繕うような笑みを浮かべながら答える。


「妹のことは今回の作戦が終わってから聞かせてください。私はこれから拠点に戻って準備しないといけないですから。ごめんなさい」


 そう言った鴉は、上杉が何かを言う前に、術式で身体強化まで行い全力で拠点に向かって走った。



 拠点に戻って部屋に戻った鴉は、自分の布団に横たわると、天井を虚ろな目で眺めながら呟いた。


「逃げちゃった。背中を預けるって言ってくれたのに……」


 そう言った鴉は、天井に手を伸ばしながら続ける。


「けど、仕方ないか。私は闇に生きる隠密で、お兄さんは、陽の当たる場所で誰かのために戦う防人。私なんかじゃもう手の届かない場所に居るんだから、あの人の傍に居たいなんて思う方が間違っているのよ」


 自己否定の混じった負の想念が頭を駆け巡り続ける鴉の頭には、4年前に彼女が偶然見てしまった両親が行っていた歪んだ行為の光景が頭をよぎった。


「大体あんな穢れた一族と、その一族の歪んだ欲望が結びついて生まれた私なんかがお兄さんを慕うこと自体が間違っているなんて4年前に分かっていたことなのに……」


 そう言った黒髪の女性は目元から流れた涙と4年前に見たおぞましい光景を頭から掻き消すために布団に潜り込み目を閉じる。



 鴉が一人で心の闇を抱え込んでいるその頃、今回の作戦での襲撃対処杖無人島にはびこっている怪物たちは、無気味に蠢きながら人間でいう所の会話を行っていた。


「ニンゲンハ近イウチニココニ攻メテクルコトガ人間ノ住処ヲ偵察シタ結果分カッタ」


 蛸のような吸盤が全身に付いた海魔がそう言うと、今まで人間たちに目撃されたことの無い、魚のような顔をした大柄でっ筋肉質な海魔がよりはっきりとした口調で答える。


「それならそれで迎え撃つまでだ。我らが世界を取り戻すためにも人間と精霊を滅ぼし、我らが【失われた大陸】を取り戻し、そこに眠りし我らが盟主をよみがえらせなければならない」


 そう言うと、周りに無数にはびこっている知能の低い蛸のような怪物たちは、喜びを示すかのように全身の触手を振り回し始めた。


「分カッタ」


 そう答えた。蛸と人間を足したような海魔は、魚の顔をした海魔に対して一礼すると、部下の海魔たちに人間では理解できない言語で指示を送り始める。


「あのお方たちが動けるようになるまであと一年は確実に必要であることを考慮すれば、私たちがここを放棄すれば、大陸への足掛かりが一つ減ってしまう。どんな手を使ってでも愚かしい人間を皆殺しにせねばならない」


 部下たちが蠢く姿を見ていた魚のような顔をした海魔は、陀人間が暮らしている方向を忌々しく睨みながらそう言った。


                           続く


 こんばんわドルジです。

 今回は鴉の屈折した心の闇をある程度描くと同時に、敵の勢力がわずかながらも動きを見せているお話です。

 彼女の生真面目さは、悪い方向にも働きうることが今回の事から分かると思います。一人で抱え込んでしまうことが多いタイプです。こういうタイプはガス抜きしないと、どこかで壊れやすい傾向があります。どのようになるかは今後次第です。理想だけではどうにも出来ない部分がどうしても出てしまうことが内心悲しいです。


 9月25日

 誤字と一部の表現を修正しました。

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