第九地区南部海魔討伐作戦 襲撃編 鴉の章 【一ノ二】
聖アルフ歴1887年
襲撃作戦決行当日。湾岸要塞の港には作戦に参観する防人たちが集まっていた。
「これより作戦行動に入る。各自それぞれの役目を果たした上で全員生還して欲しい。以上だ」
襲撃作戦における総隊長である新垣上等官がそう言うと、第九地区の防人を中心として歓声が上がる。その熱狂からは、目の前の上官への強い信頼が外部からの援軍という名目である鴉たちからも読み取れた。
「やはり新垣上等官は部下から信頼されているようね」
鴉がそう言うと、黒は普段よりは幾分落ち着いた様子で答える。
「あの人は、この第九地区がまだ大和皇国の一部じゃなくて、小国の一つだった頃から仕えていた一族の末裔だからな。この土地にとってはカリスマ性があるんだよなぁ」
黒がそう言うと、鴉は冷静な様子で口を開いた。
「第九地区の事を話しているにしては珍しく冷静ね。普段ならもっと熱意を込めて話していたから驚いたわ」
長い黒髪の隠密がそう言うと、短い黒髪の隠密は苦笑いしながら答える。
「流石に、今回の作戦中に他の事に気を配るのはまずいだろ。それより、お前は大丈夫なのか? あの後昔馴染みには会えたみたいだけど、様子がおかしいぜ」
黒が真剣な面持ちでそう言うと、鴉は気まずそうに口を開いた。
「……そうね、結局あの後肝心なことは聞けなかったわ。今回の作戦では、彼の所属している第672機動部隊が所有している小型船に私たちは乗ることになるから、その時に少し話しておくわ」
「俺もついて行こうか? 真面目に心配なんだけど」
黒が何処か心配そうにそう尋ねると、鴉は口調こそ冷淡ながらも何処か嬉しそうな様子で答える。
「その必要はないわ。けれどありがとう。気持ちは受け取っておくわね」
二人が会話をしていると、第672機動部隊の隊長と思われる30代中頃の男性が声を掛けてきた。
「二人が今回俺たちと行動を共にする隠密の連中か? 話し込んでるとこ悪いが、時間は無いから船にそろそろ乗ってくれ。急かすようですまないな」
そう言った鎧を纏った男は、二人を船へと案内しながら続ける。
「俺は第672機動部隊部隊長の津島隼久二等官だ。コードネームは灼刃なんて分不相応な名前が与えられてるが、よろしく頼むぜ」
津島二等官はそう言いながら、船に乗り込むための梯子へと二人を案内し、三人はそのまま船へと乗り込んだ。
船が港から出航してしばらくすると、津島二等官は部隊の構成員と鴉たちに作戦内容の確認を始める。
「改めて俺たちの役目をまとめるぞ。俺たちは第九地区の船団が敵を正面から引きつけている間に船に大規模な幻惑術式を発動しながら襲撃地点に接近する」
「中枢への攻撃が可能な距離まで接近した時点で、上杉上等士、コードネーム魔眼は幻惑術式を解除して使い魔の鴉で上空から火行の空爆を行いつつ、船から火行の範囲攻撃で蛸どもを焼き尽くした上で最後は上陸して白兵戦で殲滅する」
大まかな流れの説明をした津島二等官は、鴉の方へと顔を向けながら話を続けた。
「鴉さんには上杉のバックアップを頼む。お前さんは上杉との連携に期待できそうだからな。黒さんには最後の攻撃段階での歩兵と、潜伏中にこっちが発見された時の護衛だ。伊藤三等官に付いて行動してくれ」
そういった。津島二等官は少し間を置くと何処か余裕のあるような口調で続ける。
「脇固めはあんた達二人に任せるぞ。まぁ、肩の力抜いて気楽にいこうや」
二人の隠密にそう言った津島二等官は、部下の方へ顔を向け直すと、仕切り直すように口を開いた。
「それじゃあ、各自持ち場に戻って死なない程度に作戦遂行するぞ」
部隊長の言葉を受けた第672機動部隊の構成員は、それぞれの持ち場へと向かう。それを見た二人の隠密も少し遅れて移動を始めた。
幻惑術式を行うために用意された個室に付いた鴉は、部屋により早く到着していた上杉上等士に声を掛ける。
「お兄さん、先日は申し訳ありません。勝手に話を切ってしまって」
長い黒髪の隠密がそう言うと、くせ毛の防人は一瞬驚いたように目を丸めながらも、何処か嬉しそうな笑みを壁ながら答えた。
「俺は気にしてねえよ。それよりも、故郷のことはやっぱり気になるか?」
上杉上等士にそう尋ねられた鴉は、少し気まずそうに答える。
「……気にならないと言えば嘘になりますけど、そのことは作戦終了後に確認してもいいですか? その方が後に楽しみも出来て生き残れる可能性も高くなりますから」
鴉がそう言うと、くせ毛の青年は、少し考え込んでから答える。
「そうか、じゃあこの作戦が終わったら、帰りに第五地区までお前とお前の同僚を送れるように隊長に掛け合っておくよ」
「本当ですか?」
少し驚いた様子で鴉がそう尋ねると、上杉上等士は少し気まずそうに目を逸らしながら答えた。
「いや……お前の事前から隊長に話してたから理解があってさぁ。隊長普段はぐーたらしてるけどここぞって時には決める人だから」
くせ毛の防人がそう言うと、長い黒髪の隠密は少し怒ったような口調で答える。
「そういうことを他者に話すのはあまり感心しませんよ?」
「悪い。後、出来れば敬語止めてくれ」
上杉上等士が頭を下げながらそう言うと、鴉は複雑そうに口を開いた。
「まぁ、もうしないなら良いですよ。後任務中なので敬語を止めるのは無理です。ごめんなさい」
鴉がそう言うと、隠蔽の術式を貼るための部屋を気まずい雰囲気が支配する。鴉は、それを打破するために咄嗟に上杉の腰に刺されている真新しい小太刀について話しかける。
「そういえば、お兄さん得物の小太刀新調したんだ」
「ああ。高純度マナ結晶で作られたクロガネシリーズだ。刀身も真っ黒なんだぜ」
くせ毛の防人がそう言うと、通信用のマジックアイテムから津島二等官の声がした。
「そろそろ作戦海域に近づく。隠蔽用の結界術式を張ってくれ」
津島二等官の指示を受けた二人は、一瞬互いの顔を見た次の瞬間、座禅を組んで隠蔽用の結界術式を張り始める。
「「陰気、我が領域を覆い外敵の見聞を欺かん。陰行結界術式。幻想迷彩」」
一方、第九地区の船団も無人島が視認できるほどの距離である作戦海域へと到着しようとしていた。
「そろそろ作戦海域に入ります」
高野二等官の報告を受けた新垣上等官は、部下に号令を行う。
「各員、金行の術式で船の表面を硬化させつつ一定距離まで前身せよ。敵は発見次第、火行または金行の広範囲術式で砲撃しつつ時間を稼げ。なるべく接近戦は避けろ」
部下に総合礼した新垣上等官は、高野二等官に顔を向けると彼にのみ聞こえる声で別の指示を出した。
「お前は引き付けた敵を焼き尽くすための架愚槌の獄炎を練りあげてくれ。俺はこの戦術の穴を突いて船に乗り込んでくる可能性を考慮しつつ、このまま指令を行う」
新垣の指令を受けた高野は無言で頷くと、そのまま船の奥へと向かった。
「隊長。敵の蛸型海魔が早速100単位でこちらに接近中です」
探知術式に長けた防人がそう言うと、新垣は慣れた様子で部下に指示を出す。
「各員、先程の指令通りに戦闘を行え。第九地区の武勲を本国に見せつけるぞ!」
新垣が部下の士気を高めるためにそう言うと、部下の防人たちは、己の得物を天に掲げた。そして、手を休めることなく術式を練り始める。
「金気、膨大なる土塊を鉄へと変化させる。金行、大鉄鋼変化」
船の表面を鉄に変化させる術式を行うと、丁度近くまで来ていた海魔の触手が鉄に変化した船を貫くことが出来ずに弾き返された。それを待っていたかのように攻撃担当の防人が攻撃用の術式を練り始める。
「金気、無数の鋼の刃となりわが手より飛び立つ。金行、多重武装錬鉄」
「火気、幾十もの火の玉を生み出す。火行、火炎散連弾!」
牽制目的の金行と、敵の特性を踏まえて致命傷を与えうる火行の術式を広範囲に放つと、接近していた海魔の大半が術式を直接食らって灰になった。
「一匹人型が跳躍したぞ!」
一人の兵士が、船の側面を足場に甲板に乗り移ろうと跳躍する海魔を見つけてそう叫ぶ。
「やらせるかよ。火気、豪炎と成り焼き払う。火行、豪炎波」
跳躍した海魔の着地地点の近くにした攻撃担当の防人は、咄嗟に火炎放射を放つ火行の術式放つ。人型の海魔は、火行の術式によって灰になった。
「ちょっと待てよ。上だ!」
目ざとく跳躍して船の乗り込もうとした海魔を見つけた防人は、上を指差してそう叫ぶ。周りの防人が上を見ると、背中に魚の意表が存在している羽の生えた体格のいい魚顔の海魔が空を飛んでいた。
「空を飛ぶだと……!? つくづく厄介な」
空を飛ぶ海魔を見た新垣上等官は、歯ぎしりしながらそう呟く。しかし、闘志が潰えたわけではなく、手には愛用の槍が握られていた。
続く
こんばんわドルジです。9月に更新する予定がギリギリ10月になってしまいました。申し訳ありません。
今回は戦闘の冒頭といったところです。次回には全面的な戦闘パートになります。




