第22話:大大名・武藤家との対等会談
第22話:大大名・武藤家との対等会談
鳴神役所の大広間に、重厚な威圧感が満ちていた。
上座に対峙するのは、西の大国・武藤家より派遣された筆頭家老兼軍師・勘兵衛と、十数名の歴戦の武者たち。勘兵衛の鋭い隻眼が、目の前に座る作務衣姿の一馬をじっと値踏みするように射抜いていた。
「……まこと、噂通りでござるな」
勘兵衛が低く唸るように口を開いた。
「追放された橘の三男坊が、死の魔境に泥遊びの村を作ったと聞いておったが……。街道の石畳、水車の機構、高炉の配置、そしてあの機能美に満ちた丸太要塞。……城郭建築と兵站の粋を集めたようなこの街並み、何十年の普請の果てに築かれたのかと思えば、わずか一年足らずとはな」
「現場の安全と、みんなが働きやすい動線を考えたら、自然とこうなっただけですよ」
一馬がお茶をすすりながら穏やかに微笑むと、勘兵衛の隣に座る若武者が眉をひそめた。
「無礼な! 大大名・武藤家からの同盟の申し出であるぞ! 我が武藤の庇護下に入り、規格農具と米を優先的に差し出せば、橘本家や他国の侵略からこの地を守ってやると申しておるのだ!」
その高圧的な物言いに、背後に控えていた源蔵がピクリと眉を動かし、篝が天井の梁から冷たい殺気配をわずかに漏らした。
しかし――。
「勘違いなさらないでくださいませ」
一馬の隣に座る千代が、凛とした声で一喝した。白銀の陣羽織を翻し、机の上に一枚の条約案の巻物をピシッと叩きつける。
「鳴神は、どこかの傘下に降るつもりなど毛頭ございません。我が白金家と鳴神はすでに対等な交易同盟を結んでおります。武藤家殿が鳴神の米と鉄を欲するのであれば、それは『主従の貢納』ではなく、『対等な二国間の通商条約』であるべきですわ」
「な、小娘が生意気な……! 対等……だと?」
「控えるのだ、若造」
勘兵衛が手で若武者を制し、静かに千代の条約案を手に取った。そこには、一馬の現場感覚と千代の行政手腕によって練り上げられた、極めて合理的で公正な取引条件が記されていた。
・武藤領からの金子・鉱物資源の安定供給。
・鳴神からの新米・規格農具・温泉湯治枠の提供。
・鳴神領内における武藤軍の軍事行動の一切の禁止(完全不可侵)。
・鳴神商人の武藤領内における自由通行と商業活動の保証。
「武力の大小だけで条約を結ぶなら、それは同盟ではなく臣従ですわ。鳴神は武藤家より兵が多いなどとは申しておりません。ただし、武藤家が欲するものを、武藤家自身では短期間に生み出せない。だからこそ、取引条件においては対等なのです」
「……一馬殿」
勘兵衛が巻物を置き、一馬を真っ直ぐ見据えた。
「貴殿は、我が武藤の武力が恐ろしくないのか? 我が領には一万を超える兵がおる。その中核を担う騎馬衆も三千を超える。力づくでここを奪おうとは思わぬのか?」
「思いませんよ」
一馬は即座に首を振った。
「だって、武藤さんたちほど頭のいい人たちが、一番損する選択をするわけないでしょ」
「……ほう? 損、とな」
「力づくで奪っても、水路を壊したら米は穫れなくなるし、高炉の温度管理は職人が逃げたら誰もできない。温泉だって配管が詰まったらただの泥水です。……無理に奪って焼け野原にするより、対等に取引して毎年美味い米と頑丈な農具を手に入れる方が、武藤領にとっても絶対に得じゃないですか。土地を奪うだけなら、もっと簡単な土地はいくらでもあります。でも、ここで働いている人たちまで殺してしまったら、農具も高炉も水路も動かせなくなる。だったら、みんながここで働き続けられるようにする方がいい」
「…………」
勘兵衛の隻眼が大きく見開かれた。
(恐ろしい男だ……。この男は、強固な城を一つ持っているのではない。『人が生き、富を生み続けられる仕組みそのもの』をその身に宿しているのだ……! つまり、鳴神を奪っても、その瞬間から鳴神の価値そのものが失われる……)
「先の親書では、米五百俵と神刀百振りを求めた。だが、こちらの要求が過大であったことは認めよう」
「鳴神の年間生産量を考えれば、神刀百振りは現時点では供給不能ですわ」
一馬が即答した。
「作れないからです。正確には、百振りを作ろうとしたら、今いる鍛冶職人を刀作りに全部回さないといけない。そうしたら農具も釘も水車部品も作れなくなる。刀を百本作るために、鳴神の暮らしを止めるわけにはいかないよ」
勘兵衛は深く息を吐き、膝に手を置いて深々と頭を下げた。
「……武藤家が鳴神を守ってやるのではない。鳴神と敵対することこそが、我が武藤家にとって最大の損失である……か。我が主君の見立て通り、貴殿は日ノ本を動かす器でござった」
武藤家の使節団全員が、一馬に対して一斉に平伏した。こうして、西の大国・武藤家との【鳴神・武藤対等通商条約】が完全に締結された。
「よし! 話がまとまってよかった!」
一馬が笑顔で手を叩くと、勘兵衛が恐縮した様子で切り出してきた。
「時に、一馬殿。……不躾なお願いではござるが、この鳴神で用いられている『暗渠排水』や『高炉の送風機構』、そして『石畳の道路工法』を、我が武藤領内にも導入させていただくことは叶いませぬか? もちろん、相応の対価はお支払いいたします」
「え? 技術を教えてほしいの?」
「ははっ! 我が領も水害と凶作に悩まされておりまして……」
「いいよ、全然構わないよ!」
「ま、誠でござるか!?」
勘兵衛が驚愕する。他国であれば門外不出の軍事機密として隠すはずの技術を、一馬はあっさりと快諾したのだ。
「ただし――」
一馬は人差し指を立て、現場監督の厳しい顔つきになった。
「図面だけ持って帰って、現場も見ないで素人が真似すると、確実に土砂崩れや炉の爆発事故が起きるよ。技術っていうのは、地質や水の流れに合わせて使うものだからね。人が死なないための技術は広めたい。でも、人を殺すための技術まで広める必要はないよ」
「ぐっ……そ、それは重々承知の上……」
「だからさ、武藤領から腕利きの工匠や大工を鳴神に派遣してよ。十兵衛さんや鉄心さんの現場で実際に研修を受けて、安全管理と基礎をしっかり学んでもらおう。その方が、事故もなく確実に武藤領を豊かにできるでしょ」
「け、研修……!? 鳴神の現場で直々に技を教えてくださると!?」
「うん。お互いの領地が豊かになれば、戦なんて馬鹿らしいこと起きなくなるしね! ……五十人?」
「ははっ」
「……多すぎない? うちの人口、二百十人だよ? 五十人を一度に受け入れたら、宿も食事も作業場所も足りなくなる。十人ずつ五期に分けよう」
「承知いたしました! 我が武藤領より選りすぐりの職人を、期を分けて鳴神へ留学させますぞ!」
千代が隣で呆然と呟いた。
「……一馬殿。貴方、何が起きているか分かっていますの? 武藤領が鳴神の技術を取り入れるということは……この鳴神の工法と規格が、『日ノ本の新たな標準になり得る』ということですのよ……!」
「え? みんなで同じ規格使った方が、修理も楽で便利じゃん」
「……はぁ。本当に、貴方の常識の外れっぷりには敵いませんわ」
千代は深くため息をつきながらも、誇らしげに一馬の横顔を見つめた。
条約文に双方の印が押された。その瞬間、千代はふと気づいた。これまで鳴神にやって来る者たちは、「助けを求める者」だった。流民も、職人も、商人もそうだった。だが――今日初めて違った。武藤家は、鳴神から何かを「学ぶため」に人を送ってくる。
「……立場が変わりましたわね」
千代が小さく呟く。
「え?」
「いえ。これまでは鳴神が、他国から物を受け取っていたのです。これからは、他国が鳴神から何かを学びに来るのです」
一馬は少し考えてから、
「……じゃあ、先生役を探さないとね」
と笑った。
こうして鳴神は、単なる「一地方の独立都市」から、周辺諸国へ技術と文化を輸出し、乱世の常識を塗り替えていく「技術中枢都市」へと進化を遂げたのだった。一馬は街を見て、ふと呟いた。
「……なんか、最初に作りたかった温泉宿から、ずいぶん遠くまで来ちゃったな」
「今さらですわ」
十兵衛が言う。
「五十人も教えるなら、もう一棟じゃ足りませぬぞ」
鉄心が続ける。
「鍛冶場も増築だ!」
千代が帳面を開く。
「帳簿と規則も必要ですわ!」
一馬は頷いた。
「じゃあ、教室と実習場と宿舎をまとめて作ろう」
一馬は帳面を開き、炭を走らせた。
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【鳴神開拓記録:二百七十日目】
・現在人口:210人(常住者)+白金領滞在15人
・都市区画:長屋十棟、職人街、商業街、宿場区画、中央市場、公共広場
・行政機構:【鳴神役所】五係分業制による自立運営
・公共施設:共同大浴場、総合診療所、寺子屋、共同便所
・産業:第二高炉、大型水車製材所・精米所、薬草研究所、石畳幹線道路
・農業:水田・畑 約3町歩、余剰米備蓄中
・外交:【武藤家との対等通商・不可侵条約締結】
└ 鳴神の自治権を武藤家が尊重
└ 武藤領内での鳴神商人の自由通行を保証
└ 武藤家より技術研修生50名の派遣決定(十人ずつ五期)
・技術交流:【鳴神技術研修所】設立準備開始
・影響力:鳴神式排水・道路・農具規格の周辺領への普及開始
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【本日の反省:技術を広めるなら、図面だけでなく安全思想と現場教育までセットにすること】
【現在の目標:武藤家技術研修生を受け入れ、鳴神式工法の教育体系を確立せよ】
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