兆候③
リハネとの連携でひとまず幻獣を輸送部隊から引きはがすことには成功した。輸送路から外れた先、遺跡のような場所に誘導し膠着状態が続いている。時間が稼げるのは結構だが相変わらず幻獣の狙いが分からず不気味だ。
「君たち中々やるな」
さきほどまで他の傭兵たちの指揮を執っていた男が話しかけてくる。
「私はヒーゴス、負傷した傭兵たちは輸送部隊に合流させた。動けるのは我々3人のみだが、もう少し時間を稼げれば御の字というところか」
一時はどうなることかと思ったが終着点が見えてきた。
このまま幻獣をやり過ごして次の調査ベースへ向かえそうだと思った矢先……
ズドンと何かが近くでぶつかる音がし、続けて近くの建造物が大きな音を立てて崩れ堕ちる。
「まずい!」
その音に反応した幻獣がこちらへと飛び掛かる。
見つかった!
幻獣は尾をしならせ鞭のように振り回し、俺たちが潜伏していた一帯を破壊していく。
「この……!」
リハネが尾の攻撃を掻い潜り、幻獣の脚に回し蹴りをたたき込む。俺も追撃できるよう接近する。
幻獣は少し体勢を崩すが、すぐに立て直し彼女にむけて両腕を振り下ろす。リハネは崩れかけた遺跡の床面に足を取られ回避が間に合わない。
「リハネ!」
俺はとっさにリハネの後ろ襟を掴み思い切り引き寄せる。
幻獣の振り下ろした両腕は空を裂き、そのまま地面を叩きつけた。
衝撃が伝播し地面に亀裂が走ると、辺り一帯が崩落する。
遺跡下に地下空間!?
崩落した先には大きな空間が広がっておりこちらも遺跡の一部のようだ。地下水路の合流先なのか底面には多くの水を湛えた貯水池のようなものが見える。
落ちる間際、掴んだままのリハネを後方へと落下から逃そうと投げ飛ばす。
「ナハド!」
リハネの声が遠くなる。
落ちている最中に幻獣が俺に腕を伸ばす。俺は避けることもできずその大きな手に身体を掴まれ、そのまま共に地下の貯水池に落下した。
貯水池は思いのほか深いようだ、巨体の幻獣ですら足がつかないほどだ。
その幻獣は俺をがっつり掴んだまま放す気はない。
まずいな、このままでは溺れ死ぬ。
落ちた衝撃で発生した気泡がだんだんと散っていき、目の前に巨大な猿のような顔が現れる。
俺を掴む巨大な腕に力がこめられ肺に残っていた空気が吐き出される。
ここまでか……。
そう思った矢先、急に締め上げる力が弱まる。
幻獣の表情からは何も読み取れないが、どこか困惑しているようにも感じる。
駄目だ……思考が定まらない。
視界がブラックアウトする間際、幻獣の頭上から巨大な遺跡の柱の一部を抱えたリハネが水面を割って現れ、そのままの勢いで振り下ろす姿が見えた。
……溺れるのは何度目だったかな
これだから水は嫌いだな
誰かの声がする……
瞼の裏から揺らぐ光を感じる。
息を……しなければ!
「ブハッ!」
飲み込んでしまった海水を吐き出しながら水面から飛び出す。
口の中が塩辛い。
海水……?
おかしい、ここは空中大陸のはず。
いや待てよ、この感じは前にも……。
見上げると満天の星空、辺り一面には海面が広がっている。
ここは……あの時の……。
「生きていたか、存外しぶとい」
背後に気配を感じ振り返る。
「お前は……!?」
そこには顔の輪郭だけがぼやけたように、もやのかかった男が立っていた。
空中大陸に来て意識を失った際に見た悪夢にいた男だ。
……ここは俺の心象風景やら深層意識というものが見せる幻だろうか?
この海も、夜空も、そしてこの男も現実ではない。それが分かる。
だが、もしかしたら喪失した俺の記憶を取り戻す鍵がこの景色のどこかにあるのかもしれない。
「探し物ならここには無いぞ」
輪郭がぼやけた男から声が聞こえる。
「いや……、そんなものは初めからどこにも無かったな」
言葉の端からどこか呆れているかのような印象を受ける。
「お前には心底同情するよ、実に空虚な男だ」
……なんなんだ、勝手に人の心に現れて、なぜこの男に哀れみを向けられねばならないんだ。そもそもなんだこいつは。
この荒唐無稽な状況にも少しずつ慣れ始めると、どこからか苛立ちが湧いてくる。
「イミが欲しいか?空の器ならまた満たせば良い。私なら与えられる」
男がこちらに手を差し伸べる。
「共に来るか?」
空間ごとその男に引き寄せられるかのような感覚。
その手からはどこか抗いがたい誘惑やら引力のようなものを感じる。
(頼りにしています)
リハネから差し伸べられた手が、言葉が俺を誘惑から跳ね除ける。
そうだ、今の俺には意味も目的もある。
「それで良い少年、その手を取るにはまだ早い」
背後から聞き覚えのある声がして思わず振り返る。
「リハネ!?」




