目覚め①
三大陸に面する大洋メディウス海。その海洋の中心部に一夜にして巨大な浮遊大陸が出現した。海抜1500~2000mに存在する未踏の大陸について、浮いているそもそもの原理が不明、生物相豊で遺跡等の人工物が確認できるものの原住民の気配はなし、鉱物等はじめ資源豊富、そして大陸中心部には巨大なクリスタルが確認されるなど、世界中の冒険家や資本家にとって夢のようなフロンティアが広がっていた。
国際環境調査機関は飛空艇団を用いて大規模な調査に乗り出すが巨大クリスタルに近づいたところを突如として出現した獣たちによって壊滅的な被害を受ける。その獣たちはかつて世界を圧倒的な力で蹂躙し震撼させた覇王の僕、幻獣であった。
「国際機関は実務については事実上のギブアップ、メディウス海沿岸国家に調査を任せようものなら領有権やら資源争奪やらで火種になるのは明らか。そこで民間企業に白羽の矢が立つこととなった。領有権問題は後回しにするとしても、クリスタルから湧いてくる幻獣どもは捨て置けない。国際機関は企業に領有権を主張させない代わりにある程度の資源採取というリターンを餌とし、幻獣討伐と調査を任せることとした。だが彼らだけではノウハウ不足、冒険者ギルドや傭兵ギルドが動員されることは必然だった。空中大陸はやがて三大企業による未踏査地区調査という名の資源争奪の争いの場となり、その先兵となるのが大小さまざまなギルドとそれに所属するクランというわけだ」
暗闇の中で聞き覚えのない声が反響する。
「ギルド間の争いなど珍しくもないが、それらはあくまで本人らの意志に基づく争いだ。ギルドは常に信念を持つものたちの居場所だ。それが利権にしか目のない企業の走狗となり命を散らすなどもってのほかだ」
年配の男の声だ。憤りを必死に抑え込むように話しているようだ。
「私はそれに耐えられそうにないのだ」
「君にしか頼めないことだ。どうか争いを止めてはくれまいか」
仄暗い視界が中心から徐々に開けてくる。
仰向けに夜空を見上げているのだろうか。満月が見える、しかしそれは吹き上げる黒煙によって不気味に揺蕩う金色と化している。
すぐそこに熱気を感じ、焦げ付くにおいが鼻を衝く。
誰かが肩を揺さぶっている。
「……きて、起きて!」
今度は女性の声だ、焦燥をにじませた呼びかけだ。
その声に呼応するかのように身体がドクンと大きく脈打ち、身体中の感覚器官を上書きしたかのように意識が冴えわたる。
「目が覚めた?よかった」
こちらをのぞき込む安堵の表情を浮かべた少女。元は艶やかであろう青髪は煤と熱気を浴びてボサボサとなり、身にまとう旅服と外套はところどころ焦げている。
ゆっくりと身体を起こし辺りを見渡すと熱気の正体がすぐに分かった。
飛空艇が地に抉り込むようにして炎上している。
「あなたも飛空艇から投げ出されたのね、目が虚ろだけど大丈夫?」
「自分の名前が言える?ここがどこか、今の日付がわかる?」
俺の名前……、俺は一体、ここはどこだ?何もわからない、何故。何かを思い起こそうとすると、頭に電撃が走るような感覚、不安が、焦燥が濁流となって押し寄せる。
「落ち着いて」
少女が俺の両手を包み、まっすぐにこちらを見つめている。深い緑色の瞳に顔が映り込む。暗い赤色をした髪、不安な表情、それが自身のものだと認識するのに一拍時間を要した。
「一時的な記憶喪失ね、大丈夫きっと元に戻る」
少女の見た目の年齢にそぐわない落ち着いた声に我に返る。
「まず……そうね、ここは空中大陸トリナクリアの未踏査地区。この大陸は文字通り空中に浮かんでいてね、一夜にして突如出現したとされているの」
「この大陸は三角形の形状をしていて、飛空艇が発着できるのはそれぞれの頂点部分のわずかな地点のみ、三大企業とギルドたちはその頂点地域に各々分かれてベースを設置し、中心部に向かって調査を進めている、目標はあの巨大クリスタル」
少女が視線を向けた先かなりの距離はあるだろうか、山間部から光を湛えた巨大な結晶石がわずかに姿を覗かせている。
「わたしたちはペクテン・マクシムスという企業の所有する調査ベースに到着予定だったのだけど」
今度は炎上する飛空艇に険しい視線を投げる。
「御覧の有様ね、生存者は一通り確認したけど私たち二人だけ、炎上する前に回収できた物資もわずか、最寄りの調査ベースまでは40kmほどかしら」
ここは大陸の端側だろうか墜落した飛空艇の奥側は夜闇のせいで何も見えないが、本来ならはるか下に海が見えるのだろう。反対側には深い森林が広がっている。
「調査ベースからも墜落の様子は観測できたと思うから、そのうち救助は来ると思う」
少女が手を差し伸べる。
「記憶喪失でしかもこんな状況は不安でしょうけど、私たちにできることをしましょう。生き残るためにも」
自身も不安だろうにそれをおくびにも出さず淡々と話しを進める少女。その強い意志を受け、俺は少女の手を取り立ち上がる。
「状況はなんとなく分かった、手間をかけたようだ、礼を言う。えっと……」
「監査局のリハネよ、あなたも自分の名前を思い出したら教えてね。あぁ、でもそれまでなんて呼べば良いかしら」
リハネは健気な笑顔を見せる。
……ナハド
「ナハド……」
脳裏に浮かんだ言葉を不意につぶやく、俺の名前だろうか。
リハネが目を丸くしている。
「思い出したのね。まずは名前から、だけどあせらないで、ゆっくりね」
俺は頷き、これからのことに思いを巡らそうとしたその時、
森林側から突如として小刀が二本、物凄い速さで飛来する。
俺はとっさにリハネの腕を掴んで引き寄せ、ともに地に伏せる。小刀はすぐ上方を掠め、後方にあった岩に突き刺さった。
「敵襲!?未踏査地区で!?」
リハネが驚愕の声をあげる。
小刀が飛んできた方向、森林から人影が二つ現れる。どちらも黒装束に身を包み、口元はマスクで覆われて表情はうかがえない。その二人は同時に鞘から剣を抜き放ちながらこちらへと歩を進める。鞘ずれの音が全くしなかった。殺気もまるで感じないがこちらを害する気なのは間違いない。
手練れだな。
またも頭の中で言葉が浮かぶ。
俺は立ち上がってリハネの前に出て、迎え撃つ姿勢を取る。考えるよりも先に身体が動いていた。
黒装束の二人は鞘を放り、大きく踏み込んだかと思うと、二手に分かれあっという間に距離を詰めてくる。
こちらを挟みこむようにして、一人は跳躍しつつ左側から首後方を狙う振り下ろし、もう一人は姿勢を伏せつつ右側から正面胴を狙う切り上げ。
あまりに正確な連携
こちらは丸腰
避けられない!
殺られる!
俺が死んだらリハネは……!
刃が迫る刹那、思考が駆け巡る。




