第6.5話:測量計(フィールド・ギア)
降り続く雨が、人工の岩で作った僕たちの防壁を叩いている。
「……あー、やっぱりダメだ。感覚だけに頼ってちゃ、地中の断面に数センチの誤差が出る。不本意だ、あまりに不本意すぎる……」
僕は塹壕の隅で、泥にまみれた「硝子の破片」を覗き込みながら、独り言を漏らす。
一昨日、地下の坑道を叩き潰したが、あの時は運が良かった。僕の足裏に伝わる振動だけで空洞を特定したが、本来、現場で「たぶんこの辺」なんて曖昧な指示は許されない。必要なのは、誰がいつ見ても一意に定まる、正確な数値だ。
「おい、ドルト。今度は何を見てるんだ? 昨日は壁を叩いて占いをしていたと思ったら、今日はゴミ拾いか?」
通りかかった歩兵が、僕の手元にある汚れた硝子を見て、鼻で笑う。
「……ゴミじゃないですよ。これ、軍学校で土の粒度を測るのに使ってた顕微鏡のレンズなんです。落とした拍子に割れちゃって、ずっと取っておいたんです」
僕が力なく答えると、彼は「そんな破片で何ができるんだよ。暇ならルミエの石窯に薪でも放ってこい」と肩をすくめて去っていく。
(エリート様が使う十万ゴールドの魔導望遠鏡なんて、この泥沼じゃ重たい文鎮でしかないんだよな)
僕の脳内にある「現場監督」のスイッチが、カチリと切り替わる。
道具がないなら、現場で作る。それが工兵の、いや、技術者の意地だ。
「バルカさん、ちょっといいですか! その辺に転がってる、一番デカい真鍮の薬莢を拾ってきてください。底の厚い部分が欲しいんです」
「おうよ、監督! 真鍮ならいくらでもあるぜ、何に使うんだ?」
バルカが拾ってきた敵軍の魔導銃の残骸を、彼の怪力で薄く叩き延ばしてもらう。僕はそれをルミエの石窯の余熱で焼き鈍し、自分の右目の形にパチリと嵌まる外枠へと成形していく。
次に、レンズの加工だ。僕は自身の精密な土魔法を全出力で硝子の破片に流し込む。
「……硝子の中のケイ砂、不純物を排除……粒子レベルで再結晶化」
不規則に割れていたレンズが、僕のマナを受けて一瞬で歪みのない正円へと形を変える。仕上げに、先日の重砲撃で砕け散った敵の魔導回路の破片を薄く削り、レンズの裏面に積層コーティングを施す。
(……よし。これで土中の振動を、可視化された断面図として受診できるアンテナができた)
「ガリク! 馬のたてがみを一本もらってきてください。なるべく細くて真っ直ぐなやつを!できれば細ければ細いほど助かります!」
「えっ、ドルトさん、今度は馬の毛で何をする気だ……?」
しばらくして神妙な面持ちのガリクから受け取った細く美しい銀色の毛を、レンズの中心で十文字に交差させる。精密測量に欠かせない「十字の照準線」だ。
紛失防止にガリクが持ってきた細い鋼線のチェーンを取り付け、僕の相棒――「測量用モノクル」が完成した。
「……ふぅ。安全確認、よし。これでやっと、本当の意味での『検査』ができる」
右目に自作のモノクルをパチリと嵌めた瞬間、世界が一変した。
ただの泥水が、地中の水分含有量を示す等値線図へと姿を変える。
コンクリートの壁の向こう側、微かな空洞が、警告を促す赤い応力分布として浮かび上がる。
「……おい、ドルト。その格好、なんだか急に『怖い監督』みたいになったな」
バルカが苦笑いしながら一歩下がる。僕はモノクル越しに防壁の脆弱な一点を指差し、低い声で指示を出した。
「バルカさん、そこ。三センチ左にクラックの予兆があります。今すぐ裏込めを。一秒でも遅れたら、次の一撃でここから弾けますよ」
「……っ! あ、ああ、分かった、監督!」
僕の視界には、もはや雨も霧も関係ない。そこにあるのは、管理すべき数値と、守るべき工期だけだ。
高価な魔導具には真似できない、現場の泥と知恵から生まれた「僕の目」。
「不本意ですよ。本当は、こんな眼鏡なんてかけずに、のんびり木イチゴでも摘んでいたいんですけどね」
それでも、映し出される「エネルギーの偏り」を数値化しするのは楽しい。
モノクルを指先で直し、僕は新たな補修計画の図面を脳内に描き始めた。
その様子を眺めるシギュン。その彼女の瞳は期待と企みの光を帯びていた。




