第24話 港湾建設(浮桟橋)
段々畑の造成と居住区画の基礎工事が完了し、陸上のインフラ構築は着実な進展を見せている。だが、拠点開発の規模が拡大するにつれ、新たな壁が立ちはだかる。
商人のハンスが、拠点の脇を流れる大河を見下ろしながら苛立たしげに帳簿を叩く。
「ドルト曹長。陸路の整備には感謝しますが、今後の本格的な都市建設に向けて膨大な資材や入植者を運び込むには、荷馬車だけでは輸送力が全く足りません。至急、この大河を利用した水運網の確立と、大型船が着岸できる港湾設備の建設をお願いします」
ハンスの要求は、物流の観点から見て極めて合理的であるし、大量輸送において水路に勝るものはないのも事実だ。
僕は右目のモノクルを調整し、大河の岸辺へと足を踏み入れる。
川岸の岩肌に残る過去の氾濫の痕跡と、地層の浸食具合をスキャンしたデータが示すのは、この川が乾季と雨季で極めて激しい水位変動を起こすという事実だ。
「ハンスさん、港湾設備が必要なのは同感です。ですが、一般的な石造りの固定された桟橋をここに造るわけにはいきません」
「どういうことですか? 頑丈な石の桟橋が最も確実でしょう」
俺は岸辺の土を指先で崩しながら、水面の変動リスクを説明する。
「この大河は季節によって水面の高さが数メートル単位で上下します。固定式の桟橋では、渇水時には船の甲板まで高さが届かず、増水時には桟橋ごと水没してしまいます。それでは港として機能しません」
「では、どうやって船をつけるのですか? 水運が確立できなければ、開拓の未来はありませんよ」
ハンスが鋭い視線を向けてくる。
水位が激しく変動する環境で、常に一定の荷役環境を維持する。
俺の脳内で、現場監督としての思考が加速する。自然の変化に逆らって固定するのではなく、変化そのものに追従する構造を構築すればいい。
「ハンスさん、自然の変化に無理に逆らって固定するから、水没したり届かなくなったりするんです。水面が動くなら、港も一緒に動かせばいいんですよ」
手元の図面を泥のついた指で指し示し、俺は新たな港湾設備の構造をハンスに説明する。
「川底に石の基礎を打つ固定式は採用しません。代わりに、巨大な鋼鉄製の浮き箱……ポンツーンを複数用意して川面に並べ、それを桟橋の土台にします」
ハンスは図面を覗き込み、訝しげな表情を浮かべる。
「鉄の箱を浮かべる? それが流されてしまっては元も子もないでしょう」
「ええ、だからただ浮かべるだけではありません」
俺は図面の接合部を指先で叩く。
「浮かべたポンツーンを、可動式の巨大な金属ジョイントであるヒンジで陸地と連結するんです。この構造なら、乾季で水位が下がろうが、雨季で数メートル増水しようが、桟橋自体が水面に浮いたまま自由に昇降します。船の甲板と桟橋の高さを、常に一定に保つことができるんです」
――――マルベリー浮桟橋。第二次世界大戦中の1944年、ノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)のためにイギリス軍が開発・建設した巨大な可動式人工港湾システムだ。
フランスの港湾を占領することなく、大規模な兵員や戦車、物資を陸揚げするために開発され、イギリス本土で各パーツを製造し、海を渡ってノルマンディーの海岸 (アロマンシュとサン・ローラン)へ曳航され、わずか数日で組み立てられた。
防波堤、桟橋、浮き橋などのパーツを組み合わせるモジュール式構造、潮の干満差(最大約7メートル)に合わせて上下する浮桟橋による自動水位調整、港全体の広さは、当時のドーバー港に匹敵する大規模なものだ。
敵の防備が固い既存の大型港(シェルブール港など)を正面から攻撃する必要がなく、港のない砂浜に数日で天候や潮位に左右されず、戦車やトラックを船から直接、陸上へ高速で送り込める大港湾が出現したため、ドイツ軍の予測を完全に外すことができた――――。
現地生産する限り、ノルマンディ上陸作成のような輸送用の艦船が必要だったり、移動時に狙われる危険性のデメリットは発生しない。過酷な環境下においても、迅速な大量物資の陸揚げを可能にする極めて合理的なシステムである。
ハンスの顔つきが、単なる商人から物流を掌握するプロフェッショナルのそれに変わる。
「……なるほど。水位の変動に構造そのものを追従させる。それならば荷役の効率が落ちることはなく、増水による設備の水没リスクも完全に回避できるというわけですね」
「ええ。ポンツーンの製作で初期投資こそかかりますが、水位の変動による物流の停止や、固定式桟橋の流失に伴う維持管理費を考慮すれば、これが最も確実で安全な選択です」
ハンスは手元の帳簿を勢いよく閉じる。
「結構。鋼材の手配は直ちに私の商会で引き受けましょう。ですが曹長、これほどの巨大な金属の浮き箱と、水圧や波に耐えうる精密なヒンジを、この荒野で誰が作るというのです?」
俺は立ち上がり、泥を払う。
「心当たりはありますよ。以前の峡谷の架橋工事で、俺の無茶な設計通りの特製ボルトを鍛造してみせた腕利きの職人がね。さあ、忙しくなりますよ」
数日後、現場へ到着した大量の鋼材を前に金属工マイスが図面を広げ、油まみれの手で顎を撫でる。
「また無茶な図面を引いたようじゃな、ドルト曹長。トラス橋の次は、川に浮かべる巨大な鉄の箱と、それが動くジョイントだと?」
「ええ、マイスさん。水密性を完璧に確保した浮き箱――ポンツーンと、船の横揺れや数メートルに及ぶ水位変動の応力を逃がす堅牢なヒンジが必要です。自然の変化に追従させる命綱ですから、一ミリのガタも許されませんよ」
「ふん、腕が鳴る注文じゃ。任せておけ」
鋼構造のスペシャリストである彼の熟練技術により、現場に設営された仮設炉から小気味良い槌音が響き渡る。鋼板が精緻に曲げられて密閉された巨大なポンツーンが次々と組み上がり、同時に、巨大な荷重と摩擦に耐えうる可動式の金属ヒンジが鍛造されていく。
数日後、完成した数トンに及ぶ巨大な鉄の箱群が、川岸に並べられる。次はこれを大河に浮かべ、固定する工程だ。
「バルカさん、出番ですよ。このポンツーンを川面に押し出し、俺が指定する座標にアンカーを打ち込んで固定します」
「おうよ、監督! だが、流石にこの鉄の塊を流れの速い川の中で押さえつけるのは骨が折れるぜ」
バルカが腕まくりをして巨大な箱に取り付く。水流の抵抗を受けながら正確な位置に固定するには、純粋な筋力だけでは足りない。
「シギュン様、風魔法での誘導をお願いします。川の流速と水圧のベクトルを相殺し、ポンツーンの挙動を安定させてください」
「心得た。寸分の狂いもなく運んでみせよう」
銀色の鎧を鳴らし、シギュンが大剣を構える。バルカの巨力でポンツーンが川面に押し出されると同時、シギュンの精密な風魔法が激流の抵抗を中和し、巨大な鉄の箱を水面でピタリと静止させる。
俺は右目のモノクルで水理と川底の地質をスキャンし、最も支持力の高い岩盤の位置を割り出す。
「そこです! バルカさん、川底の支持層へ一気にアンカーを打ち込んでください!」
バルカが咆哮と共に重い槌を振り下ろし、頑強な鋼鉄のアンカーが川底の岩盤に深く食い込む。
マイスが鍛造した金属ヒンジによって陸地と連結されたポンツーンは、激流の中でも流されることなく、水面に浮かび上がる。船の着岸時の衝撃や水面の揺れから生じる応力を、可動式のヒンジが滑らかに逃がしていく。
ポンツーンの設置を終えた直後、上流での降雨の影響により、大河の水位が急激に上昇し始める。濁流がうねりを上げ、川面がみるみるうちに高くなっていく。
「ドルト曹長、水位が上がってきました! せっかく設置した鉄の箱が沈んでしまうのではありませんか?」
商人のハンスが川岸から身を乗り出し、不安げに声を上げる。
俺は右目のモノクルで水面とポンツーンの挙動を監視し、彼に振り返る。
「沈みませんよ。ハンスさん、よく見ていてください。あれが自然の変化に追従する構造です」
川の水位が上昇するにつれ、川底のアンカーで固定された巨大なポンツーンもまた、浮力によってそのまま持ち上がっていく。陸地とポンツーンを繋ぐマイス特製の金属ヒンジが、軋む音一つ立てずに滑らかに回転し、陸とのスロープの角度を柔軟に変化させる。
水位がどれほど激しく上下しようとも、浮桟橋自体が水面に追従して昇降するため、港湾としての機能が損なわれることは一切ない。
やがて、大河の下流からハンスが手配した最初の大型物資運搬船が姿を現す。
増水した激しい流れの中でも、ポンツーンは安定して水面に浮かび、大型船はトラブルを起こすことなく桟橋の側面へとスムーズに着岸する。水位が上昇していても、浮桟橋と船の甲板の高さは常に一定に保たれている。
「さあ、バルカさん! 荷揚げを始めますよ。足場は平坦です、一気に運んでください!」
「おうよ、監督! 船から直接荷車に積めるから楽なもんだぜ!」
バルカと工兵隊が、船に積まれた大量の建築資材を次々と陸揚げしていく。固定式の桟橋によくある、水位の高低差に起因する荷揚げの困難さは発生せず、極めて迅速に荷役作業が進んでいく。
ハンスは次々と陸揚げされる資材と、淀みなく動く物流の動線を見て、興奮した様子で帳簿を開く。
「素晴らしい。これなら乾季でも雨季でも、季節を問わずに大量の物資を途切れさせることなく運び込める。水路と陸路が完全に繋がりましたね」
「ええ。これで物流のボトルネックは解消されました。拠点を支えるインフラの要です。安全第一、工期が惜しいんで、この調子でどんどん荷下ろしを進めますよ」
次々と陸揚げされる膨大な資材を見つめ、ハンスが帳簿を片手に満足げな笑みを浮かべている。
現場には開拓の熱気が満ちている。
だが、その熱気に水を差すように、銀色の鎧を鳴らしてシギュン中尉が俺の背後に歩み寄ってくる。
「見事な手際だな、ドルト。陸路の整備から始まり、軟弱地盤の改良、斜面の安定、治水、そしてこの水位に追従する港湾。貴公が設計、施工したこの現場は、もはや単なる前哨基地の枠を遥かに超えている」
「光栄です、シギュン様。ですが、これらはインフラの土台に過ぎません。入植者が増えれば、さらなる居住区画や施設の整備が必要です」
「そうだな。そして、これほど高度な構造物群を将来にわたって維持管理し続けるには、それらを一から設計した者自身の目が必要不可欠だ。百年先を見据えた保守計画……貴公の重視するライフサイクルコストの観点からも、それが最も合理的だろう?」
シギュンの言葉に、俺の脳内のセンサーが最大級の警告を鳴らす。
「……シギュン様。それは、どういう意味ですか?」
「簡単なことだ。王国議会は、この基盤の上に新たな巨大都市を建設する計画を本格的に始動させる。十や二十の建物ではない。数万人の人口を支える都市形成だ。もちろん、その基礎を築いた貴公には、引き続き全区画の施工管理を任せるつもりだ。貴公の任期は、まだたっぷり残っているからな」
都市形成という次なる大規模工事の気配が、逃げ場のない巨大な包囲網となって俺を包み込む。
実家の畑を耕すための帰省など、当分先の話になりそうだ。不本意だ、あまりに不本意すぎる。
「安心しろ、ドルト。貴公の『工期』は、これからも私が責任を持って管理してやる。共に王国の基礎を盤石にしようではないか」
シギュンが俺の肩に手を置き、決定的な指示を下す。
「あーもう! 分かりましたよ! 安全第一、工期が惜しいんで、さっさと次の図面を展開します! 全員、休んでいる暇はありませんよ!」
僕は絶叫と共に泥だらけの長靴を踏み鳴らす。
未開の荒野に巨大都市を築き上げるための、次なる果てしない工程へと僕たちは突き進んでいく。
読んでいただきありがとうございます。
2章フロンティア開拓編(基盤構築期)は以上となります。
3章フロンティア開拓編(都市形成期)では、貯水ダム(グラウチングとか魚道とか)、軽量素材、制振構造(心柱)、閘門運河、橋脚(流体力学とか並列螺旋流とか)、地下放水路、デルタ計画など個人的に盛り込みたいところですが再開未定になります。




