120、私の負けね
私は、頭の中に浮かんだ考えを打ち消そうとした。でも、打ち消す要素を探そうとすればするほど、逆にそれしかないと思えるようになってきた。
(私は、あんなに傷つけたのに……まさか)
目の前で、微笑みを浮かべる怪盗は、いつもの銀色のハーフ仮面をつけていて、その表情はよくわからない。
でも、眼鏡が変身の魔道具だったから、ハーフ仮面もやはり変身の魔道具だとしてもおかしくない。
次に会ったときは仮面を外すと言っていたのに、その話は忘れろと言った。きっと、私がそう言わせたんだ。
「我々と共にこの大陸を支配しようと約束したではないか。自由になる身体を得て、忘れたとは言わさぬぞ」
『さっきから、話が全くかみ合わないですね。私は乗っ取られてはいない。私の主人は、古の魔人の呪いなど簡単に消し去る力がある。まぁ、厄介な思念は、すぐに復活するようですけどね』
「そんな苦しまぎれの言い訳など、我々に通用するとでも思っているのか?」
『貴方達と話していても、時間の無駄ですね。用件を伝えましょう。私の主人がこの地の調査命令を、女神様から受けています。彼が来る前に、この地から逃げた方がいいですよ。主人は、平和主義者ですから、貴方達のような行為は許さないでしょう』
「なんだと? この場所へ無断で入り込めるのは、魔人くらいだ。神でさえ入れぬように、おまえが作ったのだろう?」
『私ではありませんよ。古の魔人でしょ。私の主人は、壁などすり抜ける。女神様の側近ですからね』
「ここは、おまえの呪いで強い結界が張られているではないか。光の神族に、この結界は破れぬ。忘れたか?」
『はぁ、しつこいですね。私の主人は闇属性の神族ですよ。しかも聖魔法を使う。古の魔人の呪いもマザー兵器も、彼は完全に消滅させることができる。でも、魔人信仰の種族の、いわゆる神だから壊さないだけですよ』
「闇属性だと? そんな神族はいない。ふっ、ボロが出たな」
怪盗は、明らかに面倒くさそうな顔をしていた。ハーフ仮面をつけていても、そのイライラは伝わってきた。
『もう、貴方達に付き合っていられませんね』
「なんだと!?」
彼らは、カチンときたのか剣に手をかけた。だが、怪盗はそれを見て、わざとらしくため息をついた。
そして怪盗は彼らを無視して、私の方へ向き直った。
『お嬢さん、先程のことは冗談ですからご安心を。貴女を救出に参りました。アマゾネスへお連れします』
怪盗は、やわらかな笑みを浮かべていた。やはり、そうなのね。いつも私の居場所を見ていて、私に危険がせまるとやってくる。
この場所は、きっと彼には辛いはずだ。まだ影響が残っていると言っていた、古の魔人の呪いの結界の中なのだから。
それでも、助けに来てくれたーー。
(私の負け……完敗ね)
私はとっくにわかっていたのに、気づかぬふりをしていたのね。なんだか、悔しかったんだわ。
それに気づくと、妙にストンと納得できた。まさか、アイツに恋するなんてありえない、そう思っていたのに。
「私は……アナタに盗まれてあげてもいいわ」
私がそう答えると、一瞬、彼の口元から笑みが消えた。
『お嬢さん……いえ、私の……オレの女になるってこと?』
「そうよ」
『マジかよ!? じゃなくて、えーっとですね……あの、私が何者かわかって言ってますか』
「ええ、ストーカーよね。母が私の伴侶候補と認めたチャラ男でしょ」
『なっ!? おまえなー……じゃなくて、ゲホゲホ。お嬢さん、そういう言い方はどうかと思いますよ』
「取り繕わなくていいわよ。飾りたくないんでしょ」
私がそう言うと、彼はニカッと笑った。
『女に二言はないんですよね?』
「ええ、ないわ」
『じゃあ、こんな所からさっさと抜け出しましょうか』
「おい! さっきから何を……。王女、お忘れですか? あの部屋にいた人族の命は、我々の手にあるということを」
怪盗の念話は、彼らには聞こえていなかったようだ。私が一人で何かをぶつぶつ言っていると思ったのだろうか。
「アマゾネスには、伝説のポーションがあるわ。きっと今頃は、ピンピンしているわよ。私は、女王陛下を殺そうとしたアナタ達を許さないわ。ギルドに依頼して討伐してもらおうかしら」
「は? 伝説のポーション? ギルドだと?」
「私が留学している街には、冒険者ギルドがあるのよ。たくさんの魔族や神族も冒険者登録しているわ。アナタ達を討つ正当な理由は十分にあるもの。それが怖いなら、この星から出て行きなさい」
「なんだと? 助けが来たとたんに、急に……でもないか。ずっと冷静だったのは、コイツが来るとわかっていたからなのだな」
「さぁ、どうかしら」
私は、怪盗をチラッと見た。
確かに私は、心の奥底では、カバンが助けに来てくれると願っていたのかもしれない。
『では、参りましょうか』
そう言うと、怪盗はマントをひるがえし、私を抱きかかえた。そしてこの場にいた人達をジッと見た。すると彼らの表情がひきつった。怪盗が、魔人信仰の種族に何かを放り投げたのが見えた。
(何? 私には聞こえない念話?)
怪盗は、私を見てクスクスと笑った。そして、ふわっと身体が浮遊する感覚のあと、急に身体に圧を感じた。
(加速した? 空を飛んでる?)
寒いと感じた瞬間、淡いベールに包まれた。防寒バリアかしら。なんだか、私はくすぐったい気分になった。
『べ、別に、おまえが寒そうだから慌ててバリアを張ったわけじゃねーからな』
私は反論しようとしたが、高速移動中で話せなかった。なんだか悔しい。絶対に、慌ててバリアを張ったんだわ。
これまではずっと、頭の中を覗かれることに嫌悪感を感じでいたのに、今は嫌じゃなかった。思っただけで叶えてくれると考えれば、なんだかとても大切にされているのだと感じた。
(身勝手ね、私は)
彼が、ニヤッと笑ったような気がしたが、彼に抱えられているから、仮面の下の表情は見ることができなかった。
『国境の手前で降りるぞ』
そう言うと、旧帝都側の国境が見える平地に降り立った。このあたりは、焼け野原になっていた。
「ここは草原だったのに……」
「女神の城兵がなんとかするんじゃねーか」
(あっ! しゃべった)
私は怪盗の方を振り返った。金髪に銀色のハーフ仮面が、焼け野原では妙に目立つ。
彼は、仮面に手をかけた。
「女に二言はねーんだよな?」
「ないわ。しつこいわよ」
私がそう答えると、彼は仮面を外した。その瞬間、髪色は銀色になり、あのチャラいアイツがいた。
「服は変わらないのね。そんなクールなマントは、チャラ男には似合わないわね」
「ひでーな、おまえ。彼氏にそんなこと言う?」
彼はそう言いつつ、照れているようだ。なぜか、明後日の方を向いている。
「自分で言って、自分で照れてるわけ?」
「なっ!? わりーかよ」
「ふふっ、バカね」
彼は、言い返す言葉が見つからなかったらしい。ぷいっとそっぽを向いていた。なんだか、女神様に似ている。
「とりあえずアマゾネスに行けばいーんだよな? ライトが売ったクリアポーションでなんとかなったみてーだけど、おまえのことを心配してるぜ」
「クリアポーションで、猛毒は消えたの!? すごい」
「ライトのクリアポーションは、毒ならどんなものでも完全に消える。呪いは弱いものしか消せねーけどな」
「だから伝説って言われているのね。さっき、魔人信仰の種族に何を渡していたの? 侵略者がなんだかひきつった顔をしていたけど」
「あれは、媚薬ポーションだ。洗脳解除ができる。魔人からこの墓守への贈り物だと言って渡してやった。ま、オレは魔人だから嘘じゃねーしな。数時間は媚薬効果でムラムラするだろーが、それは洗脳された罰だな」
「そんなポーションがあるの? マスターのポーションよね?」
「あぁ、アイツの考えを具体化してオレが作ってる。変なもんの方が多いがな。まぁ、いろいろ使えるんだ」
「へぇ」
「じゃあ、アマゾネスの城に移動するぜ」
私が軽く頷くと、彼は再び私を抱きかかえた。
(なんだか悔しいけど、少しドキドキするわ)
皆様、いつも読んでいただき、ありがとうございます。
今回のポーションは、『カクテル風味のポーションを〜魔道具「リュック」を背負って行商する〜』で出てくるカンパリソーダ風味のポーションです。
ちなみにクリアポーションは、パナシェ風味のポーションです。
興味があるよという方、この作品の50年前の世界の話ですが、よかったら覗いてみてください。




