119、古の魔人の墓?
私に視界が戻ってくると、目に映るものが変わっていた。
薄暗さにだんだんと目が慣れてくる頃には、私はどこか別の場所に転移させられたのだとわかった。
ガランとした大きな人工的な空洞だ。ヒンヤリとしていて少し寒い。地下室なのだろうか。
そして壁沿いにはズラリと人の姿があった。みな、手にはランプのようなものを持っている。フードつきの黄土色のローブを着ているためか、壁に同化しているようにも見える。
(あのローブは、魔人信仰の種族だわ)
あの種族がいるということは、ここは旧帝都のどこかだろう。他の星からの移住者が占拠している場所なのか。
「ほう、さすがはアマゾネスの王女、誘拐されたというのに冷静に周りの観察ですか。泣き叫ぶと思っていたのですがね」
花束を放り投げた男が、意外そうな顔をして私を見ていた。夜の来客は三人だったのに、二人しかいない。
(まさか、謁見の間で暴れているんじゃ……)
だが、すぐもう一人も現れた。私の方をチラッと見てすぐに目をそらした。まさかこんなわずかな時間で……。
「あの部屋にいた十数人は、倒れました。室内に撒いたから、使用人も吸うと、もっと対象者は増えると思います」
「そうか、ご苦労だったな。女王には断られたが、王女ならさすがにこの状況だと断らないだろう」
(何を撒いたって? まさか、毒薬?)
花束を放り投げた男が、私に向き直った。
「王女、聞いての通りだ。人の警告を無視する彼女達は、今頃、血を吐いているだろうな。妙な商人に邪魔されたが、そもそもアマゾネスには選択肢なんてないんだ」
「何をしたの!」
「斬り捨ててもよかったのだが、それでは交渉ができない。人族にはアレは猛毒になるだろう。我々が飼う魔物を従わせるために使う劇薬だ。毒消しは効かぬ。呪いを帯びているからな」
「毒を撒いたってこと? なぜそんな……」
「タイムリミットがある方がいいでしょう? 明日の朝までに解毒すれば、後遺症は残るかもしれないが、命は助かるだろう」
「解毒薬をアナタ達が持っているの?」
「ええ、いま、彼が飲んだよ。我々も、吸ってしまうと少しダメージを受けるからな」
後から現れた男は、小さな丸薬のようなものを口に入れていた。あれが解毒薬? でも、事実かどうかなんてわからないわ。
「作り話だと思っているのか。それならそれで、一生後悔することになるだけだ」
私をここに拉致した男は、ニヤニヤしている。事実なら大変なことだ。遅れてきた男は、丸薬を飲んで安心した表情をしていた。
(こいつら……猛毒を撒いた、のか)
私はこみ上げる怒りを必死におさえた。慌てると奴らの思うつぼだ。それに、マスターのポーションもある。猛毒に効果があるかはわからないけど……。
「それで、交渉というのは何? ここは、旧帝都ね」
「ほう、なかなか鋭いお嬢さんだ。この場所は、魔人信仰の種族の聖地だそうだ。旧帝都の城の地下深くに築かれた、古の魔人の墓だよ。ここには古の魔人が作った魔道具が眠っていた。古の魔人の怨念が宿った呪具だな」
「えっ? 古の魔人の魔道具?」
(マザー兵器と呼んでいたもの?)
ここに今ないということは、怪盗が盗んだということかしら。私が依頼した件だが、マザー兵器のことは怪盗が提案してきたことだ。私はその存在さえ知らなかった。
古の魔人が作った魔道具なら、魔人信仰の種族が守っていた御神体のようなものなのかもしれない。
でもなぜ、古の魔人は、あんな魔導兵器を大量に生み出す魔道具を作り出したのだろう。魔人は、女神様の魔力から生まれた圧倒的な戦闘力を持つ者なはずだ。大量の魔導兵器が必要となるほどの事態だったのだろうか。
「この種族が隠していたから、人族は知らないようだな。魔族は知っていたようだぞ。古の魔人は、まだこの地上の支配を諦めていないようだ。魔道具に思念を残し、虎視眈々と機会を狙っているのだからな。魔人が支配欲を持つと、こんなにも面白いのだな」
(古の魔人はこの大陸を救った英雄じゃないの?)
「アナタは、何が狙いなの。私と何を交渉するつもり?」
「我々は、他の星からの移住者だ。この大陸を我々が住みやすくしたいと考えている。だが、男ばかりでな。女王が治める国があると聞いた。滅さぬよう、支配下においてやろうと考えているのだが、どうだ?」
「それなら、母が断ったはずよ。アナタ達の使者にね」
「だから、王女に問うている。明日の朝には、女王は死ぬだろう。新女王は愚かな判断はせぬだろうな」
花束を渡してきたときのような愛想の良い笑顔を浮かべ、その男は、私に近づいてきた。
そして、私に小さな容器を見せた。
「これは、散布用の解毒剤だ。いますぐに使えばあの部屋にいた者は助かる。王女が、我々に従うと言えば、差し上げましょう」
「断ったはずよ! 私に聞いても変わらないわ」
「ほう、見捨てるのか。まぁ、いま動かねば、貴女が女王になれるわけだ。ふっふっ、冷酷な女は好みですよ」
そう言うと、男は、私の手を握った。とっさに振り払ったが、今度は腕を掴まれた。
(痛っ)
「そんな目で睨まないでくださいよ。我慢できなくなるじゃないか」
男の目つきが変わった。その上気した歪んだ表情に、冷や汗が出た。
(嫌っ!)
『おやおや、無礼な真似はおやめください』
突然、直接頭に響く声が聞こえた。男達も、ハッとしたようで、あたりを見回している。
魔人信仰の種族が、何か話しているのが見えた。
「ほう、この場から魔道具を盗んだという泥棒か?」
『あぁ、そうだ』
「姿が見えぬが、近くにいるのか? いや、魔道具は、この場所に帰ってきたのだな。古の魔人は、新たな器を手に入れたということか」
『まさか、私は怪盗ですよ。大昔に朽ち果てた魔人の呪いには興味はありません。仕事に来たんですよ』
そう言うと、怪盗アールが、目の前に現れた。
「アール……」
そして、私にやわらかな笑みを浮かべて、信じられない言葉を口にした。
『お嬢さん、私は貴女を盗みに来ました。私に盗まれてくださいませんか』
「えっ!? 依頼主は……」
『私、です』
(えっ? どういうこと?)
「ほう、横からかっさらう気か。おまえは、魔人じゃないのか? なぜ、古の魔人に操られない? いや、あの魔道具からは強力なエネルギーが送られてきた。おまえを取り込んだんじゃないのか」
『魔人ですよ。確かにあのマザー兵器に触れると、魔力を奪われた。呪いも、魔人である私には抗えるものではない。だが、あれをこの場から運び出すことが、私に課された試練でした。ギリギリの及第点はもらえたようですよ』
「やはり、女神か」
『眠る魔道具なら手が出せなかった。ですが、アレを起動し、多くの魔導兵器を大量に生産されては、さすがに介入するでしょう』
「おまえを寄越したのは、女神なのだな」
『いえ、違いますよ。私はあんな人の依頼は受けない。依頼されましたがね、こんな危険なことは断りました。だけど、断れない人から、同じ依頼があったので、これはやるしかないかと思いましてね』
(えっ? 私が危険なことをさせたの?)
「なぜ魔力を吸収されたのに、すぐにここに現れたんだ? 古の魔人が、おまえを乗っ取ったのだろう? 起動してやった俺達を欺こうということか」
『は? 私は乗っ取られてはいませんよ。まだ影響は残っていますがね。頭の中につまらぬ言葉が流れてきてウザイですね』
「魔人には抗えない呪いだと、おまえ自身が言ったではないか。俺達が、おまえが残した魔道具を起動してやったのだぞ。礼を尽くすべきじゃないのか」
なんだか、侵略者と怪盗との間で、噛み合わない話が続いていた。
怪盗が魔人? 私が依頼したマザー兵器を奪うことは女神様からの試練だった? マザー兵器に魔力を吸収されたのにすぐにここに戻ってきた? そして古の魔人の呪いを受けても操られていない?
(もしかすると、彼は……)




