118、クマさんマークのベアトスの倉庫
「やはり、リュックは欠陥品なのじゃ!」
「ティア様、リュックくんを物扱いしないでください。それに、欠陥品じゃないですから」
「あの魔人が残した魔道具に、支配されておるではないか」
湖上の街のベアトスの倉庫に、彼らは居た。旧帝都から盗んできた、まがまがしいマザー兵器と呼ばれる魔道具に、リュックは取り込まれそうになっていた。
「ライトさん、リュックくんの試練は失敗しただ。やはりまだ、不安定すぎるだ。古の魔人の思念が残る魔道具に、乗っ取られただ」
「ベアトスさん、大丈夫です。リュックくんは、まだ乗っ取られていません。抵抗しています」
ライトは、マザー兵器に絡みつかれているリュックへ向けて、聖魔法を放った。古の魔人の呪いの一部が浄化された。
ドタッ!
マザー兵器から落下したリュックは、そのまま動けなかった。彼は完全に、マザー兵器に魔力を吸収されてしまっていた。
リュックを分離した後、ライトはマザー兵器に向けて、聖魔法を撃ち込んだ。大きな倉庫内は真っ白に染まった。強い光が収まると、まがまがしさの消えた巨大な魔道具がショートしたような状態で倒れていた。
「ライト、浄化だけしかせぬのか」
「はい、壊すともったいないでしょう? ベアトスさんも、リュックくんも、このマザー兵器は研究したいって言ってましたし」
「じゃが、時間が経てばマナを吸収し、またあの魔人の思念がこの魔道具に戻るのじゃ。この街の魔人を支配するのじゃ」
「ティアさん、俺が核の部分を分離して改造するだ。魔人の思念は核に封じ込めればいいだ。カースさんなら、完璧に封じられるだ」
「クマは、そんなにもこのポンコツおもちゃで遊びたいのか? この魔人は、大魔王を殺して地底を支配しようとしよったのだぞ」
「でも、それは大魔王が帝国に現れたからじゃないんですか。タトルーク老師が大魔王だった頃に、地上を支配しようとしたからですよね。それを止めたのが、その魔人なんですよね」
「ライトは甘いのじゃ! たまたまじゃ。こやつのせいで、帝国はその後、長い戦乱になったのじゃ。とんでもない欠陥品じゃ」
「でも、この魔人の呪いの念は、僕なら簡単に消せます。消しても復活するようですが、ベアトスさんに改造してもらって、カースに封じてもらえば安心じゃないですか」
女神イロハカルティアは、倒れているリュックをジッと睨んでいた。
「じゃが、試練は不合格じゃ。これ以上、魔石を身体に取り込むことは許さないのじゃ。リュックがあの魔人のようになると、下手をすると星が滅びるのじゃ。リュックが支配欲を持つと、あの魔人よりも厄介なのじゃ」
「でも、リュックくんが怪盗をしていることが、他のいろいろな抑止力になっているって、ティア様、言ってましたよね。リュックくんの楽しみを奪わないでやってください」
「怪盗が楽しいのか? やはり欠陥品じゃ」
「リュックくんは、今は義賊ですよ。それに、人を助けた報酬として得た魔石を少しずつ取り込んで、魔力タンクを増やすのがリュックくんの今一番の楽しみです。地球まで余裕で往復できる魔力が欲しいんですよ。マンガ本を買いに行きたいから……」
「マンガじゃと? あの絵本のことか。タイガについて行けば地球で買えるではないか」
「タイガさんについていくと、昭和時代だからダメなんですよ。リュックくんは、平成時代の探偵や怪盗が出てくるものを好んで読んでいるみたいです。それを禁じる方が、リュックくんは不安定になりますよ」
「はぁ……。あと少しだけじゃぞ」
「はい! ティア様、ありがとうございます」
「ライト、責任を持って、管理するのじゃぞ」
起き上がれないリュックが、ライトを呼んだ。
「リュックくん、どうしたの? まだ動かないで。マザー兵器を隔離するから」
『マザー兵器なんて、どーでもいいから、すぐ動けるよーにしてくれ。魔力満タンに』
「カースを呼んで、隔離するまで待ってよ。僕では、呪いや思念を封じ込めることはできないんだ」
『待てねー。オレ、行くところができた。急ぐんだ』
「ダメじゃ! リュックには、あの魔道具の影響が残っておる。今、リュックの魔力を回復すると、奴も回復する。乗っ取られるのじゃ」
『オレは乗っ取られねーよ。もしそーなったら、オレを壊せばいーだろ。でも今は、本当に急ぐんだよ』
リュックの必死な様子に、ライトは魔ポーションを飲み、リュックの魔力を回復し始めた。
「ちょ、ライト、何をしておるのじゃ」
「リュックくんがこんなに必死になるのは、初めてのことなんです。理由を言わないけど、きっと何か大事なことを察知したんです」
そして、補給が終わると、リュックはスッとその場から消えた。
「ライトは、リュックに甘すぎるのじゃ! 乗っ取られたら、本当にリュックは処分するからの。リュックが、この星の脅威になってしまうのじゃ」
「ティア様、リュックくんなら大丈夫ですよ」
「まぁ、リュックくんは、旧帝都から、このマザー兵器をここまで運び出すことができただ。そう簡単に乗っ取られないかもしれないだよ」
怒る女神とは逆に、ライトは、嬉しそうな笑みを浮かべていた。そして、ベアトスは、マザー兵器を改造する準備を始めた。
「ライトさん、マザー兵器が、さっき、またリュックくんから魔力を吸収したみたいだよ。もう一度、聖魔法を撃ち込んでもらいたいだ」
「了解です」
ライトは、リュックの無事を祈りつつ、マザー兵器を再び無力化した。
「お母様、封印の件をお話しますわ」
「そうね、じゃあ場所を変えましょうか」
私は、母と食事の間に移動した。そして、夕食を食べながら、これまでのいきさつをざっと話した。母とこんなに長話をしたのは、初めてのことかもしれない。
母は、ときおり驚きの表情を浮かべながら、穏やかな顔をしていた。母親の顔ね。
私は、前世の記憶が戻ったことで、精神年齢が上がったのだろうか。客観的な捉え方ができるようになっていた。
以前の私は、母が私を遠ざけようとしていると感じていた。でもこれは、母が私を隠し守るためだったのだとわかった。やはり、所詮は16歳の子供だったのだ。
「ローズ、なんだか大人になったわね」
「前世では、子供がいてもおかしくない年齢まで生きていたからかしら。この世界とは価値観も異なるし」
「そう、なんだか貴女が羨ましいわ。人としての幅が広がったようね。各地を見て学ぶ以上の、貴重な記憶があるんだもの」
「お母様こそ、私への態度が変わったわよ。いつもは上から叱りつけてばかりだったのに」
「ふふっ、そうね。なんだか、ローズとは対等な話ができるようになったわね。以前の貴女は反抗期の子供だったわ」
「そんな風に言われると、返す言葉が見つからないわ……」
コツコツと早足で近づいてくる靴音が聞こえた。鎧の音も聞こえることから、おそらく城門の警備兵だ。
「お食事中、失礼いたします。女王陛下、訪問者です」
「こんな時間に、約束はしていないわ。どちら様かしら」
「昼間のお礼にと……男が三人です。能力測定不能、ですが、剣の所持はありません。礼儀正しく、にこやかに花束を持つ者もいます」
(昼間のお礼? 嫌な予感がするわ)
「もしかしたら、魔導兵器をライト様が退けてくださったお礼かもしれないわね。短時間なら、会うわ」
「お母様、嫌な予感がするわ。夜なので、明日朝に出直してもらう方がいいかと。本当にお礼のつもりなら、出直すはずよ」
「ローズ、心配しすぎよ。悪意の有無の検知も、城門に設置した魔道具で確認しているわ。夜行性の種族もいるのよ」
「じゃあ、私も同席するわ」
「ふふ、心強いわね」
そして、私は母の後について、謁見の間へと移動した。客人は、見たことのない男が三人。昼間に来た奴らの報復かと思ったが、違ったようだ。にこやかな好印象の男達だ。
「女王陛下、それに王女ですな。なるほど、聞いていたとおり、お二人とも凛としていて美しい。どうしましょう、花束は一つしか持って参りませんでした」
「ふふ、ならば、ローズに」
母がそう言った瞬間、男達の様子が一変した。
「では、王女をいただくとしましょうか」
男は、パッと花束を私に向けて放り投げた。束がほどけ、花が舞った瞬間、私の視界が白くなった。
(えっ? 何も見えない)




