117、ティアから語られた真実
「マスター、これで金貨10枚分なの?」
「ええ、直販は、1本銀貨5枚で販売しています。店の自販機は売れすぎ防止で、銀貨10枚にしていますけどね」
「いつも売り切れている自販機ね」
「はい、リュックくんに補充を頼んでいるので、あれでも毎日3種類を100本ずつ補充しているはずですけど」
(カバンが補充しているのね、毎日……か……)
やはり、彼はあの街に居るのね。やはり……私は避けられているんだわ。
「すごい売り上げね」
「おかげさまで。自販機を設置したから行商は辞めたんですよ。たまに地底に売りに行きますけどね」
近衛兵に小瓶を数えさせていた母は、驚いた顔で口を開いた。
「ライト様、クリアポーションを200本も? いいのですか? 貴重なポーションなのに」
「女王陛下、大丈夫ですよ。リュックくんから、呪具を使われていると聞きました。弱い呪いは解除できますから、必要な人に与えるか、もしくは、どこかで買えるようにしてあげてください」
「えっ……確かにそうすればいいのでしょうけど」
「あ、女尊男卑の国では、それは難しいのかな。僕は、人は種族も性別も関係なく、みな平等だと考えています。もし、女尊男卑という思想を守らねばならないなら、女神様にそうするように指示されたということで」
「なっ? 妾は何も言うておらぬ。ライトの命令にすれば良いのじゃ。悪徳商人がポーションを売るために……」
「ティア様!」
マスターが睨んでいたが、ティアさんは知らんぷりをしていた。微笑ましい主従関係ね。なんだか平和な感じがするわ。
おそらく、これはティアさんがそういう雰囲気を作っているのね。女神様が道化を演じることで、その場がなごやかになるわ。
アマゾネスのように、女王の命令に忠実に従う規律正しさは、ギスギスした緊張感を生むことにもなる。
女神様は、配下を完全に信頼しているんだわ。そして配下は、きっと女神様の意思を理解し、彼女が望む結果を自ら考え、それを達成しようとするのだろう。
(こんな関係は、きっとストレスが少ないわね)
アマゾネスはある意味、恐怖政治だ。絶対的な上下関係がある。そして国外へ出て行った者が戻ってくることは少ない。それに裏切る者や、他国へ寝返る者も多い。
女神様の神族は、女神様の城を離れても城へは自由に出入りしている。女神様が道化を演じていることで、関係は良好なようだ。マスターのような側近は、大変だろうとは思うけど。
(女神様には学ぶべき点が多いわ)
「ティア様、女王陛下にお話って、ローズさんのことですか」
マスターの口から私の名前が出て、私は一気に現実に引き戻された。私のこと? 母に何を話すつもりなのかしら。
ティアさんは、チラッと私の方を見た。目が合うと、彼女はニカッと笑った。
「うむ。ローズの封印の件じゃ。この場におる者は、みな知っておるのか?」
(ちょ、近衛兵は知らないわよ)
母も、ティアさんのその言葉に少しうろたえたようだったが、今さらその指摘をしても遅いと覚悟を決めたようだ。
「女神様、ごく身近な者しか知らない話でしたが……。ローズの封印がどうなったのでしょう? まだ、ミューから報告を受けておりませんわ」
マスターが、ティアさんを見て、ため息をついていた。ティアさんは、皆が知らないとわかっていて話しているのかしら。
「ふむ。ローズの封印は、ライトの配下の幻術士が解除したのじゃ。珍しく苦労したようじゃがの」
「まぁ! それではローズはもう」
「うむ、封印は解除すると、神託の印が浮かんだのじゃ。ローズは、地球という星からの転生者じゃ」
「えっ?」
「神託を叶えねば、ローズの寿命は残りわずかじゃった。だから、ローズはその神託に従い、地球の神の望みを叶えたのじゃ。だが、その際に無理をした。瀕死の、かなりマズイ状態になったのじゃ」
「まさか……」
「うむ。妾が、ローズの命を繋ぎ止めたのじゃ。背負った神託のせいで命を失うのは、あまりにも理不尽じゃからな」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、ローズが負ったダメージは大きかった。だから、このままじゃと、妾が与えた時間の10%も生きられぬ」
「えっ……じゃあ、ローズの寿命は……」
「あと100年程度じゃ。ローズは、20歳そこそこまでしか成長できぬ」
「人族の寿命より長いですわ。でも、20歳そこそこの姿のまま寿命を迎えるのですか」
「うむ、そうじゃ。ローズは、後天的に妾の転生者となった。じゃが、ローズの負ったダメージを治療すれば、妾が与えた時間を生きられるのじゃ。女王、おぬしの娘じゃ。アマゾネスの次期女王の命をどう考える? バケモノだと言うか?」
「い、いえ……。ローズは、私の娘は、女神様の神族になったということでしょうか」
「神族に準ずる者、とでも言っておくのじゃ。神族なら、妾が仕事を与えるからの。ローズを転生させたのは、弱小な神じゃ。妾は、瀕死のローズを治癒しただけじゃ。ローズの能力は何も変わっておらぬ。ただ寿命が延びただけじゃ」
「そうですか……」
母は、私を見た。その目は、まさかの涙でうるんでいた。
(なぜ? まさか泣いているの?)
「女神様、ローズを救っていただいて、ありがとうございます。私は、娘を諦めるしかないかと覚悟をしておりました。ローズが生まれた日に奇妙な夢をみたのです。ローズには託したものがあると……見知らぬ女性の夢でした」
「ふむ。娘の邪魔をするなと言われたか」
「いえ……強く育てるようにと。でなければ長くは生きられないと……。そのうちすっかり忘れていたことです。でもミューが封印を発見し、何かの呪いだと聞かされ、その夢を思い出しました」
「そうか。母として、辛かったであろうな」
「……はい」
「じゃが、もう大丈夫じゃ。ローズが頑張ったからの」
「はい、本当にありがとうございます……」
母は、深々と頭を下げた。肩がわずかに震えている。泣いている……のね。
私は、母がこんな感情を持っていたことに驚いた。待ち望んで生まれた女の子が、長く生きられないと聞いてどう思ったのか。私の封印が見つかったときにはどう感じたのか。母の様子から容易に想像がつく。
(私のことをこんなにも、考えてくれていたなんて……)
私は自分が、いかに子供だったかを思い知らされた。反抗期だったのかしら。
「じゃあ、そろそろハロイ島に戻りましょうか」
「ライト、その前に魔導兵器を無力化しておくのじゃ。城兵が回収する前に逃げられては困るのじゃ」
「わかりました。ちょっと行ってきます」
そう言うと、マスターはスッと消えた。そして、すぐにまた現れた。
「ティア様、一応、ショートさせてきましたが、自動再生を始めたようです」
「ふむ。まぁ、よい。もう回収に来るじゃろ」
ほんの一瞬で、魔導兵器をショートさせるなんて……。あまりにも、私達とは違いすぎるわ。マスターが消えた直後、地震のような地響きがした。あれは魔導兵器が倒れた音なのだろう。
母は、唖然としている。近衛兵が確認に行ったようだ。でも、確認するまでもないわ。マスターは嘘はつかないもの。
「じゃあ、ローズさん、戻りましょうか」
「マスター、私は、明日、戻るわ。母に、封印の話をきちんとしておきたいの。そして、私の記憶のことも」
「あ、そっか。気がつかなくてすみません。じゃあ、僕達は先に戻りますね」
マスターは、母だけでなく近衛兵にも、丁寧に会釈をしていた。それを見て、近衛兵は慌てて敬礼をしていた。
「ライト様、クリアポーションは、ご提案いただいたように、必要な者の手に渡るようにいたしますわ」
(えっ? 男達に与えるの?)
「はい、また、足りなくなったら、ローズさん経由ででも連絡ください。行商に参ります」
「ありがとうございます。助かりますわ」
母も、もしかすると男達を使い捨てにすることに、違和感があったのかもしれない。
マスターは、やわらかな笑みを浮かべ、ティアさんは元気に手を振り、この場からスッと消えた。
天使ちゃん達は、姿を消せるのね。私は、二人がクッションに乗るような仕草をしたことに気づいた。主人の能力の差なのだろう。
彼らを見送った後、私は母の方を向いた。
(さて、どこから話そうかしら)




