116、マスターのチカラ
私は、母の近くまでゆっくりと歩いていった。来客が連れてきた大勢の護衛は、私には戦闘力が測れなかった。つまり、誰一人として、私が敵う相手はいないということだ。
交渉役の使者は二人とも、私と互角といったところか。
「ローズ、なぜここに……。ミューはどうしたの」
「ミューは働かせすぎよ、眠らせているわ。期限は夜じゃなかったの? まだ昼間よ」
「ほう、やはり、王女ローズを隠そうとしていたんですね。我々の期限は夕刻と告げましたが。まぁ、降伏して我々の支配下になるのですから、いずれ、王女の居場所もわかると思っていましたがね。まさか、自分から出てくるとは……クックッ」
私は、いやらしい笑みの男を睨んだ。すると、大げさに驚いたフリをして、おどけている。
「お母様、キッパリと断ってください」
「ローズ……。ええ、わかりました。私達アマゾネスは、どこの隷属にもなりませんわ。私達は戦闘民族、その誇りを捨ててまで生き延びるつもりはありません」
「断るというのか? ならば、今夜のうちにこの地は焼け野原になるが? それでもよいのですな」
「やれるものなら、やってみなさい」
「はぁ、もったいない。こんなにたくさんの女がいるのに」
交渉役が、何かの合図をした。すると護衛が一気に私達との間合いを詰めてきた。
その次の瞬間、ふわっと身体が淡い光に包まれた。
護衛が剣を抜き、私をガードしようとした近衛兵を斬りつけたが、その剣は、キン! と弾かれた。
(えっ? 何?)
よく見ると、近衛兵も、私と同じ淡い光のベールに包まれていた。
「な、なんだと? 誰だ? 魔道具か?」
すると、ティアさんが得意そうな顔をして言った。
「妾のバリアじゃ。おぬしらのようなスカタンには、ぜーったいに斬れぬぞ。返事を聞いたじゃろ。さっさと帰るのじゃ。怪我をさせられては、話ができなくなるではないか」
(スカタンって何? カスってことかしら)
「ガキが、なめた真似を!」
彼らは、何かの魔道具を作動させた。すると、淡い光がスーっと消えてしまった。
「こんな子供騙しで喜んでいるとは……。ガキ、おまえから潰してやる」
すると、ティアさんを護衛達が取り囲み、そして剣を振り下ろした。
「ダメ〜〜!!」
だが、剣が触れる前に、ティアさんをぷよぷよしたバリアが包んでいた。剣は、そのバリアに、ぶよんと跳ね返されていた。
(これって……)
扉のそばにいたはずのマスターが、ティアさんのそばにいた。いつものマスターとは様子が違う。怒っている?
「ティア様! 挑発はおやめください。遊んでますよね」
(えっ? ティアさんに怒ってるの?)
「こやつらがしつこいのが悪いのじゃ! 妾は悪くないのじゃ」
そして、ティアさんはマスターに、あごをくいくいとして何かを促していた。
マスターは、大きなため息をついて、口を開いた。
「お引き取りいただけませんか。今なら僕の主人に剣を向けたことは、許して差し上げます。僕も、女王陛下に用事があるのです。それに、この国を潰されては困ります。この地を焼け野原にするというなら、貴方達をすべて排除しますけど」
「何を言っている? 偉そうに、おまえは何者だ?」
「僕は、ライト。この国には行商に来ました。王女ローズ様が、女王陛下なら大量に買ってくださるんじゃないかと教えてくださいまして」
「行商なら、どこででもできるだろう。この国は、我々の支配下になるべく存続しているのだ。それを断るなら死あるのみ。商人には理解できぬか? はっはっは」
「お引き取りください、最後通告です。貴方達は、僕の主人に剣を向けた。これ以上ごねるなら、貴方達の無礼を許しませんよ」
「なんだと? 小僧! 身の程をわきまえろ」
交渉役の合図で、護衛が一斉に、マスターに剣を向けた。
その次の瞬間、ブワッと黒い闇が広がった。
(えっ? 闇の放出? なぜ?)
だが、それっきり、護衛は動かない。交渉役も動きを止めた。近衛兵も、私も、訳がわからずキョロキョロしていた。
「お、おま、な、何者だ。魔道具は作動中なのに」
マスターから放出された闇は、意思を持つかのように一部が竜の形になった。
「魔道具は役に立たないみたいですね」
マスターは、スッと剣を抜いた。放出された闇が、どんどん剣に吸収されていった。いつの間にか、マスターの目が青く光っていた。
「えっ」
母が小さく驚きの表情を浮かべた。母は、戦闘力を測る魔道具を王座に付けている。母の視線は、その魔道具に向いていた。
私には今のマスターの戦闘力は見えない。いつもなら私より弱いのに……でも、これが、彼の本当の力なんだわ。
「僕の主人に、謝りますか? 反省しないなら、いっぺん死んでみる? 僕、蘇生は得意ですよ」
マスターは、笑顔で怖ろしいことを言った。
交渉役も、その護衛も、その顔から血の気がひいているようだった。笑顔であんなことを言われると、敵意を向けられていない私でも背筋がゾッとした。
マスターは、冷たい笑みを浮かべながら、奴ら一人一人を見ていた。誰一人、声を発しない。
「ライト、その顔でそんなこと言うと、怖いのじゃ。こやつらは、みんな帰るそうじゃ。拘束を解いてやったらどうじゃ」
ティアさんのその言葉で、奴らは動けるようになったようだ。じりじりと、マスターから距離を取ろうとしている。
「隙をみて、近衛兵を人質に取ろうと考えているなら、やめた方がいいですよ。この闇の中では、貴方達が動くより前に、再び拘束もできるし、闇撃で貴方達の命を奪うこともできますよ。やって見せましょうか」
そう言うと、マスターはニコッと笑った。
「ひっ! 化け物……」
だが奴らは母を睨んだ後、最後に不吉なことを言った。
「もう、この国は終わりだ。残念だったな」
そして、その場から、スッと消えた。
「何が終わりなんじゃ? あの使者はバカなのじゃ」
謁見の間に広がっていた闇は、マスターの身体に戻っていった。マスターは剣を鞘におさめた。
はぁぁ〜
誰もが、緊張から解放されたような顔をしている。
「女神様、ライト様、ありがとうございます。ライト様のチカラ、驚きましたわ」
母は、二人のことを知っているのか、親しげな笑顔を向けていた。
「お母様、こんなときに、ライトさんの能力を測っていたのね」
「すべての者を測りますよ。リュックさんは、測定妨害をされていたので、わからなかったですけどね」
「ライトは、奴らを追い払うために、見せていただけじゃ。じゃが、その数値は実際の戦闘力ではないぞ。怒るとその数倍になるのじゃ。ライトは平和主義じゃからの。あんな奴らは殺してしまっても構わぬのに」
その言葉を聞いて、母は目を見開いていた。マスターは、とんでもなく強いのね。じゃないと、奴らが逃げ帰ることはないわ。
「ティア様、殺せば恨みが生まれます。泥沼化しますよ」
「チッ! あー、奴らのさっきの終わり発言は、魔導兵器じゃな。総攻撃が始まったのじゃ。マザー兵器はまだ稼働しておるようじゃの」
「ええっ? ここには攻撃は届いていないようですが」
「女王陛下、この国全体にバリアを張っていますから、大丈夫ですよ。魔導士の方々にバリア維持をしてもらえたら、ずっと消えませんから」
マスターの目は、いつもの色に戻っていた。
「そ、そう。いつの間に……」
マスターはやわらかな笑みを浮かべていた。さっきの冷酷さは微塵もない。いつもの癒し系の笑顔だった。
「そういえば、お二人は私に用事があって来られたんですわね」
「はい、僕は、この国がポーションを必要とされていると、ローズさんから聞きまして、行商に参りました。皆さんが必要なのは、クリアポーションでしょうか。直売価格でお譲りしますが」
「ぜひ、いただきたいわ! この国に出入りする商人から買うと1本金貨1枚なんだけど……」
「おや、ぼったくられていますね。ギルドの査定は銀貨50枚なんですが、倍ですか。どれくらい必要ですか」
「あるだけ欲しいと言いたいところだけど……そうね、金貨10枚分をお願いするわ」
「かしこまりました。では、このテーブルに出してもいいですか」
「ええ」
すると、マスターはとんでもない数の小瓶を並べた。
(これで金貨10枚分?)




