114、二度目の依頼
「花屋さん、ここよ」
「あー、まいど〜。価格は聞いてる? 二回目やから、お金の色が変わるんやけど」
「聞いているわ。急ぎだったの、ありがとう」
「説明せんでも大丈夫やんな? ここで失礼するわ」
私が金貨1枚を支払うと、彼女は私に花束を渡して出て行った。とても忙しそうだ。
「ミューは、ここにいて」
「嫌ですぅ。何をするんですかぁ? この店は広場にしか出口がないんですから。ホラーナイトですよー? ミューを置き去りにする気ですかー」
「用事が済んだら、ここに戻ってくるわ。マスターにここで打ち合わせをしようと言われているんだもの」
そう言うと、ミューは、やっとホッとした顔をした。
「じゃあ、晩ごはんを食べて待っていますぅ」
(ずっと食べてばかりじゃないの……)
私は、店の外に出た。広場には、たくさんの人がいた。その容姿から、闇系の魔族だとまるわかりな人が多い。
まだ、いまは闇の放出中なのだろう。彼らは上を向いて手を広げていた。マスターは上空から放出しているのかしら。
私は、以前、怪盗が現れた虹色ガス灯の前に立った。花束を持って立っているのは、少し抵抗がある。
(もっと、闇が深くならないかしら)
だんだんと、広場の視界が悪くなってきた。放出された闇が広がり、薄暗い。でも、まだ怪盗は現れなかった。
前回は、わりとすぐに来たイメージだっただけに、私は不安になってきた。やはり、怪盗はこの街にはいないのかもしれない。
居たとしても、必ず現れるというわけでもないかもしれない。それに、怪盗が引き受けてくれるかもわからない。
(無理なら、どうしよう……)
でも、マスターが便乗させてくれと言っていたわね。あれは、どういうことなのかしら。マスターの仕事の内容はまだ聞いていない。先に聞いておけばよかったかしら。
『お嬢さん、私をお呼びですか』
頭の中に直接響く声に、ハッとまわりを見渡した。その次の瞬間、ふわっと浮かび上がるような感覚を感じた。
だけど、私は浮かんでいるわけではなかった。虹色ガス灯のそばに立っていた。でも、まわりの音の聞こえ方が変わった。少しくぐもったような感じだ。
『話をしやすいように、別次元に移動してもらいましたよ。今回は、何を盗んでほしいのですか』
「怪盗アール、貴方の姿が見えないわ」
『ふふっ、仮面をした私の姿を見ても仕方ないでしょう?』
「私は、姿を見て話したいわ」
そう言うと、目の前に、怪盗アールが現れた。金髪に銀色のハーフ仮面、前回見たのと同じ姿だ。口元には、やわらかな笑みが浮かんでいる。
「前回は、私、途中から覚えていないわ。魔法袋に入って、その後は気づいたら、この街の簡易宿泊所だったわ。私は死にかけて女神様に回復してもらったのね」
『ええ。私は回復魔法は得意ではありませんから。詳細のお話はできませんが、お嬢さんにとって悪い結果にはなっていないはずですよ』
「そうね、感謝しているわ。私は……男性にありがとうを言うことに抵抗があるのよ。でも、貴方にも感謝しているのよ」
(そう、カバンにも……感謝している)
「あっ、忘れ物の本は受け取ってもらえたかしら」
『受け取りましたよ。街長に預けてくれたのですね』
「ええ」
私は、なぜか、怪盗を見ていると心が痛んだ。会えて嬉しいはずなのに、彼は来てくれたのに……なぜだろう。
『何を盗めばいいのですか』
前回は、私の思念を読み取ったのに、なぜ、聞くのかしら。でもジッと私の頭の中を覗いているようにも見えるけど……。
「アマゾネス国を包囲している魔導兵器をすべて……というのは無謀な依頼かしら」
すると、怪盗はニヤッと笑った。
『余裕ですよ。ですが、どこへ運べばいいのですか。盗まれると、取り返しにくるかもしれませんが』
「どうしよう……」
『ふふっ、それなら、あの魔導兵器を動かすマザー兵器を盗みましょうか。マザー兵器を失えば、ただの兵器になりますよ』
「どういうこと? マザー兵器であの魔導兵器を動かしているの? なぜそんなことを知っているの?」
『マザー兵器は、昔、女神様の魔力から生まれた魔人が、自衛のために作ったものです。他の星からの移住者が、眠っていたアレを稼働させたから、大量の魔導兵器が生産された。そして生産した魔導兵器の、遠隔操作もできる。長く生きている人達の間では有名な話だそうですよ』
「貴方は長く生きているの?」
『私は、その時代のことは直接は知りません。ふふっ、お嬢さん、私に興味があるのですか』
「あ、いえ……そうね、興味はあるわ」
『そうですか。嬉しいですね』
怪盗はそう言うと、私が持っていた花束をスッと吸収した。
『今回は、お嬢さんとご一緒できませんね。そうですねー、盗んだマザー兵器は、この街のベアトスさんにでも売りましょうか。それとも、アマゾネスが所有しますか?』
「アマゾネスはいらないわ。それを奪い返そうとして攻め込まれたら国が滅びかねないわ。それに、魔導兵器を動かすような膨大な魔力を持つ者はアマゾネスにはいない。所有しても、害にしかならないわ」
『わかりました。では、ベアトスさんへ売りましょう。売却代金は、お嬢さんがベアトスさんから受け取ってください。それを、私の任務完了の報告にしますね』
「えっ? 直接報告してくれないの?」
『私は、今はちょっと別件もかかえていましてね』
「そう……わかったわ」
『では、準備ができ次第、すぐに行ってきます。お急ぎのようなので、今夜中になんとしますよ』
「助かるわ……あの、前回のとき、次に会ったときには仮面を外すって言っていたのは……」
『あー、あれは忘れてください。きっと、お嬢さんは知らない方がいい』
「えっ? ということは、私は貴方を知っているの?」
彼は、やわらかな笑みを口元に浮かべていた。
(あっ……)
私は、落下するような感覚を感じた。私は虹色ガス灯にしがみついていた。まわりの音は、元に戻っていた。そして、怪盗の姿は消えていた。
(依頼は、受けてもらえたのよね?)
私は、なんだかスッキリしない気分のまま、バーに戻った。ミューは、さっきのままのテーブル席で眠っているようだった。
「ミューさんは、ずっと眠っていなかったようなので、ちょっと休んでもらっています」
「そう、やはり無理していたのね」
マスターは、優しい笑みを浮かべて頷いた。あれ? マスターは、いつもと雰囲気が違う。あ、ローブ姿だからね。
「あの、マスター、その服装は?」
「ローズさんと打ち合わせが終われば、すぐに出発できるように準備しました。これからアマゾネスに向かわれますよね?」
「えっ? ええ。明日の夜までに降伏しないと、攻め込まれるらしいから、明日の朝に、迎えを呼んでもらおうかと思っているわ」
「あの、ローズさん、時差を計算されていますか? アマゾネスのある旧帝国側と、この島とでは、約半日の時差があります」
「そうなの? アマゾネスのワープワームは移動が遅いからわからなかったわ。確かに、夜の太陽の色が違うものね。時差があるのは当たり前だわ」
「おそらく、この島の明日の朝が、アマゾネスの明日の夜だと思います。もしくは、逆にもう一日の猶予があるかもしれません。国によって日付の捉え方が異なるので……」
「半日早いか遅いか、気にしていなかったわ……」
「最悪を想定すると、もうあまり時間がありません」
「そうね……。マスターの用事って何なの? 便乗するとかなんとか言っていたわよね」
「ええ。この街に住人が増えましたので、いろいろ資金が必要になりましてね。ポーションの行商に出ようと思っていたんですよ。というのは口実で、大昔の魔道具の無力化を命じられましてね〜」
「もしかして、それって、マザー兵器?」
「おや、ご存知でしたか。魔人信仰の種族が守っているんですが、彼らは他の星からの移住者に操られているようでしてね……。マザー兵器は、普通は入り込めない場所にあるので、僕が行くしかないんですよ」
「あの、それ、怪盗が盗んでくれるって……」
「えっ? 嫌だと言っていたのに」
(怪盗の方から提案してきたけど?)